第12話 鬼

 盗賊団の頭目はやはりこの鬼女で、名前は『ベルモ』というらしい。

 森の更に奥まった所に簡単な野営地があり、そこを拠点にこの森の近くを通る隊商を襲って生計を立てているそうだ。


 そのベルモの天幕で俺達は今、3人でお楽しみの真っ最中だ。

 獣の様な荒い息をしているベルモ。ベルモの顔にはクロニアが跨っており、俺に尻を向ける形で四つん這いになっている。

 クロニアの股間をベルモが舐めている、そんなシュールな光景を眺めている俺。そしてクロニアを舐めているベルモの股間には、俺の一物が激しく出し挿れされているのだ。


 クロニアの嬌声はきっと天幕の外にも聞こえていた事だろう……。


 ☆


 そんな状況になる少し前。

 野営地に着いてベルモ個人の天幕に招かれたがどうにも落ち着かない。終始ピリピリした空気が漂い、火が点いたら一気に燃え上がりそうな雰囲気だ。

 

 その原因は俺と一緒に連れられてきたクロニアだろう。彼女はまだ俺の聖剣の能力を知らない。ほんの数分前まで殺そうとしていた男を自分の天幕に招いてもてなしている状況は確かに異様だよな。

 これはクロニア自身にも当てはまる。渾身の力でぶん殴ろうとした男に、十秒後にはもたれかかっていたのだから。


 クロニア自身に起きた不思議な現象が、ベルモ相手に繰り返されている。クロニアの中に俺に対する不信が湧き上がるのが外からでもよく分かる。それでいて俺を非難したり離れられないのは、彼女が俺を『愛している』からだ。


 同様にベルモの視線はクロニアには厳しい。俺のお供という理由で生かされているだけで、ベルモに招待されている訳では無い。ベルモの心持ち一つでいつでも盗賊団の男達の慰み物にされてしまうだろう。


「んで、お前らは結局何なんだ? アタイらを退治しに来た兵隊か? それとも冒険者か?」


「我々は…」


 ベルモに答えようとしたクロニアを制する。ベルモから『クロニアおまえの発言は許可していない』という苛立ちが電気の様に伝わってきたからだ。ここでまたベルモに切れられると面倒な事この上ない。


「お、俺達は馬賊討伐の任を帯びてここに来た。任務通りだとせっかく仲良くなれたベルモさん達と、また一戦交えないといけなくなるんだよ。だからさ、俺に免じてもう馬賊なんて悪い事やめないか?」


「ふざけるなっ!!」


 怒りの形相で立ち上がるベルモさん。あれ? あまり魅了の効果が出てないのかな? 人間じゃないから?


「アタイ達の3割は人里を追放された『オーガ』だ。中には何にも悪い事をしてないのに、鬼ってだけで村を追放されたり家族を殺されたりした奴も居る。残りの連中だって高い税を払えなかったり、食うに困って盗みを働いただけで追放された奴らばかりさ。こんな魔物や猛獣の蔓延る暗い森の中で生きていくには金持ちから物資や食料を頂くしか無いんだよ!」


 今まで溜まっていた鬱憤を一気に晴らすべくベルモさんは捲し立てた。決して好きで悪事を働いている訳では無いらしい事は理解できた。


「オーガに生まれた者は強い力と強い破壊衝動を持つ。理性の高い者は兵士として採用されたりもするが、大抵は子供の頃から手の付けられない暴れん坊となって、集落から放逐されるのが通例だ」


 クロニアが後ろから補足してくれる。この世界のオーガはゴブリンみたいな純粋なモンスターとは違って、人間の亜種として存在しているんだな。女神の言っていた「細かい差異」とはこう言った事を指すのだろう。


「うん…? だとすると、森のモンスターを退治できればひょっとして森で自活できたりするのかな?」


 俺の提案にもベルモはハンと鼻で笑って返してきた。


「そんな簡単な話じゃ無いよ。第一オーガが10人居ても手が出せない様な手強い奴も居るし、盗賊を辞めただけじゃ領主は許したりしない。また追い立てて来るに決まっている」


 うーん、結構根深い社会問題なんだなこれ。どうすればいいんだろう…?


「なぁ、クロニア。仮にベルモさん達が盗賊辞めて、真っ当な職に就いたら討伐指令ってどうなるの?」


「うん…? そうだなぁ、口だけの報告で『はいそうですか』とはならないと思う。『決して再犯は無い』と断言できる証拠が必要だろうな。例えば首謀者の首とか…」


 クロニアがベルモを横目で見て、またしても2人の無言の熾烈な視線バトルが始まる。横にいる俺の胃が痛くなるから、それやめて欲しいんだよね。


「俺の考えを言って良い? まずその森のモンスターとやらを倒して、それから木をって畑を作って、まずベルモ達が自給自足が出来るようにしようよ。森の街道を通る隊商も襲うのではなくきちんと取り引きをする。森の動物の肉やモンスターの希少部位とかを売って、必要な衣類や野菜や穀物を合法的に手に入れれば、もう無駄な争いはしなくて良くなるよ」


 俺としては唯一無二のベストアイデアだと思って、鼻息荒目に御開陳した訳だけど、クロニアもベルモも何故か渋い顔をしている。


「机上の空論だね。最初の『森のモンスターを倒す』からしてこちとら何年も躓いているんだがね?」


「それにさっきも言った様に、盗賊団が改心したという何らかの証が必要だ。そこはどうするのだ?」


 2人で仲良く俺を責めてくる。こんな時に結束しなくてもいいんだよ?


「じゃあ、その厄介なモンスター退治は俺に任せてくれ。そんで『そのモンスターに馬賊達は既に蹴散らされて死体も残ってません。そこに旅のオーガの傭兵団が俺達の任務を助けてくれました。彼らは森に住みたいそうです』みたいな筋書きにすれば良いんじゃね?」


 俺の新しい提案にクロニアもベルモも、目を閉じしばし考え込んでいた。先に目と口を開いたのはベルモだった。


「全体的な筋書きはともかく、言ったからにはモンスター退治はアンタ1人でやってもらうよ? それまでクロニアこの女は人質としてアタイが預かる。まずはそこからだよ?」


 ベルモが俺を挑発する様にクロニアの肩を抱く。クロニアも上手い言い訳が思いつかずに、困り顔で黙っている。


 余計なひと仕事を抱える羽目になったけど、なんとか俺とクロニアの首は繋がった。俺は安堵の息を吐いてベルモの肩に手を掛ける。

 

「オッケーオッケー。じゃあまずは交渉成立って事で、皆で『仲良しの儀式』でもしましょうか…?」


 そして冒頭のシーンに繋がる訳だ……。

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