第55話 歴史の授業
チャロアイトから国王との謁見を申し渡された日付けは、蛇を退治した日から僅か3日後だった。
まだベルモの村で宴会を続ける他の
「国王陛下とお会いするのに、そんな雨曝しで埃塗れの服など着せて行けるか。すぐに仕立て屋に行くぞ!」
などと慌てふためいていたのがクロニアだった。俺の一張羅って着たきり雀の中古の皮鎧しかないから、まぁ真面目な性格の役人上がりのクロニアからしたら「ちゃんとしろ」と言いたくなるのも分からなくは無い。
「無理だよクロニアねーちゃん、今から仕立てて明後日の謁見に間に合う訳ないじゃん」
モンモンのツッコミでクロニアも冷静さを取り戻す。だが逆に「ではどうするのだ?!」とクロニアに聞き返されてモンモンも答えに窮する。
「誰かに服を借りるにもそんな宛ては無いし、なにより『おまえ』の太った体型ではその辺の服では収まるまい。あぁ、どうしたら…」
クロニアが苦悩している。王様と会うってのはそこまで気を遣わないといけないのかねぇ…? 俺にはよく分からん……。
「とりあえず外套だけでもキチンとしませんと、城の守衛に物乞いと間違えられて追い返されてしまいますわ。外套の裾直しくらいなら、お時間頂ければ
結局ティリティアの提案通り、小綺麗な外套だけ用意して『基本脱がない方向で型通りの挨拶だけで謁見を終わらせる』という作戦に落ち着いた。
☆
「では行ってまいります。どうにも状況が読めないのが不安ですが、
謁見の場に向かうのは俺とティリティアの2人。呼ばれたのは俺だけだが、上流社会とアイトゥーシア教会の両方に
道中の暇つぶしがてら、ティリティアは俺にこの国の成り立ちを簡単に説明してくれた。
「実はこのバルジオン王国は25年前に一度魔族の侵攻を受けて滅亡しかけています。その際に当時冒険者だったバルジオン陛下… 以前は『ジマコゲス』という名だったそうですが、彼の一党の奮闘によって魔族がこの地より放逐され、その功績を以てジマコゲス一党は貴族として序されます」
なるほど、『功績を上げて成り上がる』典型的なパターンか。俺も王様とコネが出来たなら同じパターンで成り上がれないかなぁ…?
「領地を持たない名だけの貴族ではありますが、王城の
冒険者と王様の親衛隊では仕事の内容もガラリと変わってくるはずだ。それでも卒なく仕事をやり遂げて見せるのは純粋にカッコいいよな。
ここの王様は知能が高くて要領が良く、おまけに抜け目ない性格なのだろう。うっかりしてると色々と丸め込まれて良い様に利用されて終わりそうだ。気を引き締めないとな……。
「そしていつしか王女であるガーリャ殿下と恋に落ちますの。当然身分が違いすぎて正式なお付き合いなんて望むべくもありませんでしたが、お二人は静かに恋の炎を燃やしていたと聞きます。そんな折、事件が起きます…」
話題が宮廷ロマンスになってきて、ティリティアの口調が芝居掛かってきた。この辺の物語は人気の出そうなテーマだけに、多くの吟遊詩人達に散々擦られていそうだな。話すティリティアも楽しそうだ。
「前王が流行り病に罹り、後継者を定めないまま崩御あらせられます。そこでガーリャ殿下と、わずか4歳の弟君ボリク殿下のどちらを立てるかで貴族達が紛糾、二分されて大きな内戦が勃発します」
魔族に滅ぼされかけて、外敵や内敵を抱えてなおその傷も癒えないうちからまた内戦とか、この世界の人間も救われない
「ジマコゲス卿は
個人の戦力と部隊の戦力は似て非なるものだ。腕自慢が良将とは限らないし、虚弱体質が悪将とも限らない。現に(チート前提ながらも)無敵の俺でも、対『蛇』戦での指揮は散々だった。勇者とチャロアイトのお蔭で勝てただけで、死者が出なかったのが奇跡なくらいだ。
「王位に就いたガーリャ殿下… いえ『陛下』でしたが、
「へぇ、ぽっと出の冒険者に国の裁量権を与えて良かったのか…? 政治とか知っていたとは思えないけど…」
「そこは周辺の貴族達と一党のお仲間が苦労して『帝王教育』を叩き込んだと聞き及んでますわ。加えて国王陛下その人が粗暴な蛮人ではなく、理知的な殿方だから出来たのだとも…」
クスクスと笑いながら解説するティリティア。その真意は当時の『お仲間』とやらの苦労を、俺を鏡に自分に投影しているからなのだろう。
「ジマコゲス卿はお仲間を含む周囲の助けもあってか、そつなく政務をこなし、国力を盛り返します。やがて反抗勢力を平定した頃合いでガーリャ陛下はジマコゲス卿との結婚を発表し、お二人は結ばれ、ジマコゲス卿は晴れて『バルジオン』と改姓します」
なるほど、婿入りして親族になれば、そこから王位継承権も発生する訳だな。
「実はガーリャ様には隣国に
これまた確度の怪しいゴシップを楽しそうに語るティリティア。意外とこういう俗っぽい話の好きな子だったのね……。
「その後お二人の間にはミア姫という愛の結晶が生まれます。私より1つ年上のとても美しくて聡明な方ですわ。でもくれぐれも彼女には触れては駄目ですよ…?」
王女様の人柄を知っているって事はティリティアは会った事があるのだろう。まぁ侯爵家の娘ならさもありなんか。
しかし「触れては駄目」というのは、文字通り「色気を出すな」という意味なのか、俺の魅了の仕組みを既に理解しているのか…? ティリティアはどちらもありそうで読めないぶん余計に怖い。
「ただガーリャ陛下は産後の肥立ちがよろしく無かったそうで、ミア様の出産から程なく崩御されています。その際にガーリャ陛下の遺言でバルジオン卿が後位に指名され、晴れてカーノ1世陛下の誕生と相成った訳ですわ」
「なるほどねぇ… でもそこまで混乱していたなら自分が王様になろうとした貴族は居なかったのか?」
「この王都の復興費用だけでもいち領主には手に余る金額ですし、いつまた魔族の侵攻があるとも知れない地を好んで治めようとする酔狂は、我が家を含み周辺の貴族には居なかったと思います」
まぁ、そりゃそうか… 考え様によってはバルジオン王は、その地位と引き換えに魔族の攻めてくる土地の防衛を任された貧乏くじって事にもなるかもなぁ……。
「内戦時『男爵』であった私の祖父は、いち早くガーリャ陛下の国体継承を承認し恭順の意を表しました。その後の内戦にも兵と糧秣を供出し、ガーリャ陛下の勝利に貢献しました。その祖父の慧眼のおかげで、我が家は領地も加増され『侯爵』として新たに封じられ、今に至るという訳です」
ティリティアの話が一段落ついた所で城門の前までやってきた。楽しい時間ではあったが、お喋りはここまでのようだ……。
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