3章 山猫とティアラ 09

 その機体は予想以上に華奢な印象をカザル達に持たせた。

 手に持つハルバードが長大であるが故に、そのギャップがそうさせたのだろうか。

 いや、実際に華奢なのだ。

 マギナギアの出力は今の所概ね決まっている。あまり装備重量を増やしてしまうと出力が重量に耐えきれず、機動力が大幅に低下してしまう。

 恐らくはあのハルバードを扱うが故に、機体の装甲を極力削り重量に余裕を持たせているのだろう。


「ふっふっふー。馬鹿な野盗ッス!わざと残した足跡でまんまと誘導されたッスね!今度は逃げられないッスよ!」


 青のマギナギアが引き抜いたハルバードを肩に担ぐと同時、カヤ達が来た道から2機のマギナギアが姿を現す。

 こちらはハルバードではなく少し長めの片手剣を手にしている。柄も片手剣にしては長くおそらくは両手での運用も想定しているのだろう。


「3機!2機じゃなかったのか!?」


 どのような方法を使ったのかは定かではないが、後ろから現れた2機は元からあの場所に隠れていたようだ。

 ハルバードを持つマギナギアの言う通り、待ち伏せしていたと考えていいだろう。

 己の迂闊さにカヤが小さく舌打ちをすると、その音が聞こえたのか否か、相手の自信ありげな声。


「ふふーん、戦力を隠すのは戦闘の基本!とじっちゃんが言ってたっスよ!」

「ふん、めんどくさいな」


 思い起こせば、あの如何にも追いかけてきてくださいと言わんばかりに直角に曲がった足跡は不自然ではあった。

 それに気づいているのだろう、カザルも声に不機嫌さを隠さない。


「さぁ、野盗ども!覚悟するっスよ!」


 肩に担いでいたハルバードを腰だめに構え直すと、足を広めに広げ、腰を落とす。

 その堂に入った構えにカヤとカザルの二人も警戒度を上げざるを得ない。

 とはいえ、カヤには言わねばならぬ事があった。

 それは、


「ちょ、ちょっと待ちなさい!さっきから野盗野盗と、私達は野盗ではない!」


 そう、相手はカヤとカザルを野盗と勘違いしているのだ。そこにずっと疑問を感じていた。

 マギナギアはとにかく高い。故に、野盗ごときが持てるものではない。

 こうして現れた正体不明のマギナギアを野盗と断ずるのは本来であれば無いはずだ。

 故に、こうして弁明すれば分かってもらえるのだと、カヤは思っていた。

 が、そう状況は甘くなかったようだ。


「ふん、そんな見え透いた嘘を言ってもダメッス。そのマギナギアで商隊を襲っているところをなんどもこの目で見てるんスからね!」


 その言葉にハッとする。ブラホーンは言っていたではないか。このマギナギアを奪った野盗は何者かに妨害されたのだと。


「ち、違う!その野盗から奪ったんだ!」


 つまり物証が揃ってしまっている状況だ。どう弁明すればよいのか分からない状態で、ともかくカヤは状況を説明しようと口を開くが


「えーい、煩いッス!もはや問答無用ッスよ!」


 元来短気なのか、それとも物証が揃っている以上どんな言葉も誤魔化しにしか聞こえなかったのか、文字通り言葉は不要とばかりに巨大なハルバードを持ちながらも想定外の速度で瞬時に距離を詰める。

 速度の乗った大ぶりの一撃がゴゥと空気を断ち切る音を響かせながら鋭くカヤの首を狙った。


「あぁもう!」


 手を出されてしまえば抵抗しないわけにはいかない。

 苛ついた声を上げながらも振りに合わせ大きくバックステップを取るカヤ。

 長大なハルバードはそれでもカヤの胸部に切っ先を僅かに引っ掛け、ギィンという金属の擦れる異音を発した。


「くっ、思った以上に、早い!」


 大きく距離を取ったカヤは山中方面に、そしてカヤの正面にハルバードを掲げるマギナギア。

 その背後、入り口方面にカザルが剣を構え、更にその先にはマギナギア2機が行く手を阻むように並んで戦闘態勢に入っている。

 状況は1対1と1対2。カヤとカザルが距離を取ったが故に、二人ともども挟撃に合う事はなくなったが、人数的にはカヤ達が不利。

 そしてこのハルバードを操る相手は、恐らく自分と同程度の腕前はあるのではないかとカヤは推測する。

 久々のマギナギアでの実践、果たしてこのマギナギアを相手にして無傷で居られるだろうか。

 そう考えると、ヒヤリと背中に汗が流れていることに気づいた。嫌な予感を振り払うべく首を振ろうとした瞬間、あの憎たらしい声が届く。


「カヤ、そっち大丈夫か」


 その声は、果たしてあの憎たらしい男と同一人物の声なのだろうか。

 いつものふざけた憎たらしい口調はどこへいったのか、真面目そのものの声。


「正直……やや辛いが、行ける。むしろ貴様は自分の心配をしろ」


 何故かいけると、そう思えた。

 カザルの声にいつものように軽口で返事を返したカヤ本人でさえ気づいていないのだ。

 いつの間にか、背筋を冷やす嫌な予感が消えていることを。


「ふん、こんな雑魚などさっさと片付けてやる」


 答えるカザルもいつもの口調へと。


「なら、任せた!」


 そう言い放ち、カヤが自身が受け持つべき相手へと駆け出していく。



 カザルの視界には2機のマギナギア。

 シルエットはハルバードのそれに近いが、それほど華奢な印象はないくカラーリングはやや黒みがかった茶色に近い。

 1機は右手に剣を握り、やや半身の姿勢。もう1機は柄を両手で握り、顔の横に剣を水平にした構え。


(構えからして両手持ちが前衛、片手が遊撃ってところか?)


 しばし3機の間は時が止まったかのような膠着状態であったが、カザルの背後から再びゴォンという爆音が響くと、それを合図にして両陣営が動き出す。

 カザルが距離を詰めると同時に両手持ちが大きく一歩を踏み出す。お互いの間合いからするとやや遠いようにも思えるが、


(あの構えから出すのならば初撃は…)


 両手持ちの構えから左手を離し右手一本で機体を最大限に伸ばした


(突き!)


 ガリッとマギナギアの足が地の石を踏み砕く音とともに放たれたそれに対し、カザルは体を回し、刃に向き合うような右半身となって回避。

 続けざまに左下からの逆袈裟に剣を振り上げる。

 狙いは突きを放った腕。

 一撃で断ち切るつもりでやや大ぶりに振り抜く。

 が、それを読んでいたかのように、相手は伸び切った腕をすばやく引き戻すと同時に、右足を軸にした左回転。

 その勢いを利用し、剣を振り上げがら空きとなったカザルの右脇腹へと向けてミドルキックを放った。


「うおっ」


 大ぶりが仇となったか、振り抜く勢いを殺しきれず右のガードが間に合わない。

 ガンッと強い衝撃を受けたカザルがたたらを踏むようによろけるが転倒には至らず。

 足を大きく開き踏みとどまったカザルが次の攻撃に備えるべき剣を引き戻した時、すでに相手は離脱の体勢を取っていた。


「追撃無しだと?何を……なにぃ!」


 左に離脱していく相手の機体。その機体がカザルの視界から消えていくにつれ、その背後から現れるのはもう1機のマギナギア。

 それは、剣を持たぬ左手を前に突き出し、そしてその更に前に発光する複雑な文様を内包する円を描きつつあった。


「攻勢術式だとっ!」


 前衛の機体が完全に視界から外れると、その文様を持つ円が一層強く発光し、そして


「やっべ」


 円から滲み出るように炎が溢れ出したと思うとそれが一気に収束。人の頭程度のサイズになると共に高速でカザルへと飛翔した。


「ちっ、くそっ、がぁ!」


 飛翔する火球がカザルへと接触した瞬間、ハルバードでの轟音以上のそれが二度響き渡り、カザルを取り囲む様に炎の華が一瞬で開花した。

 致死の炎によって発生した衝撃が小石を吹き飛ばし、カヤのマギナギアでカンカンと軽い音を立てた。


「っ!カザル!」


 突如響き渡る轟音に慌てて視線を向けるが、爆煙が巻き上がりはっきりとした様子は伺えない。

 生身で野盗を一瞬で片付け、マギナギアでの操縦ですら野盗がまるで赤子であるかのようにあっさりと鎮圧したカザルだ。

 大丈夫だ、そう信じたい気持ちと、あの爆発の中では無事では居られないという気持ちが背反する。

 どちらにせよ、状況を確認しないことには始まらない。

 そう思い、カザルの元へと駆け寄ろうとするも、


「おぉっと!よそ見してる暇は無いッスよ!」


 ハルバードの刃がカヤの行く手を防いだ。

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