3章 山猫とティアラ 04

 ブラホーンの言葉にカヤとティアが息を飲む。


「その条件とは一体なんなのです?」


 僅かな静寂を破るのはティアの一言。

 ブラホーンが鷹揚に頷くと茶を一口含み、口を開く。


「ふむ、まずは上納金ですの。まぁこれは分かりやすい話ですな」


 野盗の手助けをする代わりに、その一部を上納金として収めさせる。黒い金を得るには至極単純でありがちな内容だ。

 だが、それに納得し難いのか、カヤは眉を潜めている。


「しかし、貴重な戦力であるマギナギアをその程度の理由だけで与えるものなのですか?」


 野盗ごときの得られる収入など大したことはないだろう。果たしてマギナギアを与えるだけの利益出るのだろうか。

 そう考えるカヤの疑問は最もな話だ。

  

「まぁまて。条件はまだいくつかあっての。二点目が活動範囲。基本的にはアラスタとその南東の街、ダッカスとを繋ぐ街道で活動するように言われていたようですぞ」

「活動範囲を限定する…?どういう事ですか?」


 野盗の行動とそれに付随する利益の関連性に今ひとつピンときていない様で、ティアが怪訝な表情を浮かべる。

 

「野盗が活動するということは、その地点を経由する交易が麻痺するということでしての。そうなると…どうなりますかの?」

「必要な物資が不足する…と、当然価格は上がります。意図的に価格を釣り上げている…?」


 ややうつむき加減で口元に手を当てながら思案していたティアが、何かに気づいたようにパッと視線を上げた。


「価格の釣り上がった物資を持ち込むことができれば、その分高値で売ることができる」


 教え子が正しい答えにたどり着いた事に満足したように、大きく2回首を縦に振るブラホーン。


「そういうことでしょうの。奴らの提示された三点目の条件。それが、特定の目印を付けている商隊には襲わない、ということですぞ」

「自分たちは価格の高騰した商品を売り利益を得ると共に、妨害をしている野盗からは上納金が入る。二重の集金システムということですか」

「なっ!じゃぁウルスキアの連中は自作自演をしているということなのか!」


 ティアとブラホーンの会話を首をひねって聞いていたカヤだが、ティアの回答で要約理解したのか、勢いよく立ち上がりながら拳を握る。


「くそっ!なんなんだ!なんなんだこれは!こんな事が許されるのか!」


 湧き上がる怒りを抑えきれないのかカヤの両拳が、ドン、と強く机に叩きつけられ、テーブル上の2客のティーセットがガシャと音を立た。

 カヤの隣に座っていたカザルが自分のティーカップから茶が僅かに溢れるのを見て、迷惑そうに他の2人へと視線を送るが、ティアとブラホーンはちゃっかりとソーサーも含めて持ち上げて回避していたことに気づき、フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 そんなカザルのことは気にせず、ティアが真剣な面持ちで続ける。


「アラスタとダッカスとの交易、というのがまた厄介ですね」

「そのダッカスってのだと何が厄介なんだ?」


 今まで会話に混じってこなかったカザルだが、ゆっくり茶を飲むのも難しそうとでも思ったのか、ティアへと疑問を投げかける。


「ダッカスはルフェール山脈の麓にある採掘と工業が盛んな都市です。その分周囲の土地は痩せているので作物はあまり採れないのです」

「ほほう、ということは、どういうことだ?」


 わかっているのか居ないのか、うむうむと頷くカザルに割り込むようにブラホーンが続ける。 


「ダッカスの食料は概ねアラスタからの交易頼り、ということですの」

「ジジイには聞いてないんだが」

「ほっほっ、これは手厳しい」


 ティアとの会話を遮られたのが気に食わなかったのか、再びブスッとした表情で腕を組み直すカザル。

 まるで子供のような仕草に思わずクスクスと小さく笑うティアだが、一息つくとその表情は硬いものへと戻った。


「ダッカスとの交易が滞るということはアラスタにも影響はありますが…食料の供給が滞るダッカスの方が深刻ですね」

「お嬢様!これは放置して良いことではありません!」


 ダンダン!と唐突にテーブルを叩き始めるカヤに再びティーセットを避難しそびれたカザルがもう諦めた、とでも言うように頭の後ろで手を組み始めている。


「えぇ、これは決して許される事ではありません。けれど、野盗は私達が討伐したのですから、今後は正常になるのでしょう?」

「あ、確かに、そうか。そうですね。ならもう大丈夫という事ですね」


 自分が熱くなりすぎていたと気づいたのか、カヤが恥ずかしそうに小さく笑いながら椅子に座りティーカップに手をのばす。

 しかし、それにうんと言わない男が、少々言いづらそうに切り出した。


「ふーむ、それがのぉ、奴の話では他にもマギナギアを持っているグループがあるようでしての」

「同じことをしてる奴が他にもいるのか!」


 持ち上げ掛けていたティーカップをガシャン!とソーサーに叩きつけるように乱暴に置く。

 良くもまぁ割れないものだ、とでも言いたげにカザルが呆れ顔でティーセットを眺めた。

 ちなみにもうカザルのカップには半分も茶が残っていない。


「同じかどうかは分かりませぬが、捉えた野盗が以前マギナギアで妨害されたことがあると言っておりましたぞ。縄張り争いですかのう」

「アラスタとダッカス間での略奪を条件とされていた野党がアラスタの南に現れたのはその影響でしょうか」

「お嬢様、これは早急に対処しなければ!」


 またもや拳を握りながら立ち上がったカヤが身を乗り出す様にしてティアへと迫る。


「えぇ、そうですね。できる限りの事をしましょう」


 その圧力にやや引き気味になりながら、ティアの視線は興味無さそうに耳をかいているカザルへと向けられていた。


「カザルさん」

「ん、おぉ?なんだ、話終わったのか?」

「貴様聞いていなかったのか!」

「ジジイの話なんぞ聞いてられるか。茶も冷めたしな」

「どこまでも自己中心的な…っ!」


 騒ぐカヤを抑えるように、まぁまぁとジェスチャーをするティア。ふぅ、と一息つけると、そっぽを向いたままのカザルをまっすぐに見据える。


「カザルさん。私達はこれから野盗の討伐に向かいます」

「そうか。まぁ野盗くらいならティアちゃん達でも平気だろう。マギナギアもあることだし」

「いえ…カザルさんも見たと思いますが、私の機体は少し特殊な機体で、長時間の戦闘はできないのです」

「まぁ、昨日もすぐへばってたしなぁ」


 思い起こされるのは先日の戦闘だ。

 カザルの見立てでは思ったよりはちゃんと操縦出来ていた、という印象ではあるが、やはり問題は戦闘時間だ。

 実際戦闘していた時間はごく短時間だったが、その程度の時間であの疲労では戦力にならないと言っても過言ではない。

 マギナギアの稼働時間は操縦者本人の能力によるところが大きいのだが、乗り慣れていない者であってもあそこまで短くはない。

 その原因が機体にあると言われれば納得できよう。


「カヤの事はマギナギアの操縦においても頼りになりますが、それでも私が戦闘不能になってしまえばどうなるかわかりません」

「まぁ、そうだな」


 カヤの操縦技術がどの程度のものか、カザルは直接目にしていない為彼には判断は出来ないが、1対多の戦闘は相手がよほどの雑魚でもない限り避けるのが鉄則だ。ティアの懸念も最もな話。

 ではどうするのか、答えは単純だ。

 

「カザルさん、私達に協力していただけませんか?」


 味方を増やせば良い。 


「お嬢様!私は反対―」


 話の流れからそうなるだろうと予想していたのだろう。ティアの選択にすぐにカヤが声を上げるが、


「カヤ」

「う、し、しかし」


 ティアのまっすぐな視線を受けて、カヤが口ごもる。


「昨日の件で分かったのです。やはり力は必要なのだと」


 カヤがなにか言いたそうに視線をフラフラさせるが、実際、昨日はカザルがいなければ危ういところであったということは理解しているため、反論する口実が思い浮かばないのだ。


「今の話が無くともカザルさんには私たちの協力をお願いするつもりでした」

「俺様を此処に呼んだのもそのためって事か」

「もちろん助けていただいたお礼が最たる目的でしたが、その側面も否定できません」

「断ったらどうするつもりだったんだ?」

「この話が無ければ、諦めていたかもしれません。しかし、今回は相手の規模もわかりません。できる限りの事はしておきたいのです」


 ブラホーンの話を聞く限りだと、先日の野盗は縄張りを追い出されたような状況のようだ。

 古今東西、どのような生物であれ自分の縄張りを追い出される状況というのは大体相場が決まっている。

 負けた時だ。

 そう考えると、これから対峙しようとしている野盗は少なくとも先日の野盗よりも実力が上ということだろう。果たしてそのような相手と対峙した時、二人だけで対処出来るかどうかは疑問だ。 

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