3章 山猫とティアラ 03
まだぼんやりとした頭のままカザルがリビングに顔を出すと、ティア、カヤ、ブラホーンの三人がお茶を片手に談話しているのが目に入る。
ティアの屋敷…というには少々物足りない家は、玄関をまたぐとすぐに10人程度は座れそうな大きなテーブルを備えたリビングがある。
そのリビングの脇を壁にそうようにして2階への階段があり、カザルはそこからのそのそと降りてきた形になる。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
そんなカザルの姿を目にしたティアがニコリと笑みを浮かべて声を掛けた。
先日は野盗と対峙することになり、多少なりとも疲れが残っているのかと思いきや、カザルの見た限りではそうでは無さそうだ。
お嬢様などと呼ばれている割には意外とタフなのだろうか。
「おーう、ベッドで寝るのは久しぶりだったからな」
そんなティアに片手を上げて挨拶を返す。
実際のところ、彼がベッドで寝るのは相当久しぶりだ。
まぁ、そうは言っても彼にとって、ベッドでもそうでなくても、熟睡出来るかどうかという意味では大差が無いのだが。
さっとリビングを見回すと、テーブルの上にはティーセットが3客。
こんな田舎の農村でしっかりとソーサーまで揃っているというのは珍しい…を通り越して非常に稀有な事だろう。
ティーセットの良し悪しなど全く分からないカザルであっても、なんとなく高そうだな、という印象を持つことは出来る程度は良いティーセットを使っているようにも見える。
「ふん、今まで寝てたのだから、それは気持ちよく寝られたんだろうな」
対するカヤは相変わらずの仏頂面で茶を啜りながらチクリと一言。
ぱっと見た感じ、高そうだなぁという印象を覚えそうなティーセットを傾ける姿は、言葉とは裏腹に優雅さすら感じさせる。
が、そんな皮肉も優雅さも彼にとってはまるで関係無いようで、ツカツカと歩みを進めるカザルに、ティアがクスクスと小さく笑いながらブラホーンの隣の席を勧めた。
「もう、カヤったら。それよりもこちらへどうぞ。お茶もお持ちしますね」
「うむ、熱めで」
「フフッ、分かりました」
勧められたブラホーンの隣の席を当然のようにスルーして、ちゃっかりカヤの隣に座るカザル。
あまりにも自然な動作に思わず笑みを浮かべたティアが、そのままリビングの奥にあるキッチンへとパタパタと音を立てて引っ込んだ。
動作だけを見ればまるで新妻のそれだ。
「だからなんで偉そうなんだ貴様は…」
隣に座ったカザルを心底嫌そうに見ながら、カザルから遠ざかる様にやや椅子をずらしてカヤがため息混じりに吐き出す。
「そんな事をいって、カヤちゃんも茶を煎れてもらっているではないか」
「そ、それはだな―」
「いいんです。私が好きでやっていることですから」
2人の会話を聞いていたのか、リビングとキッチンとを隔つ柱の向こうからティアがひょこっと顔を出す。
そう一言だけいうとまたすぐに顔を引っ込めた。
「むぅ…そういった事は私がやりますといつも言っているんだがな…」
ティアの顔が引っ込んだのを確認してから、カヤは額に手を当て、はぁぁ、と大きなため息をつく。
「ほっほっ、好きでやっておるのだ、気にすることもあるまいて」
「そうですか、と簡単に考えられるならこれほど苦慮はしてませんよ…」
テーブルの向かい側、同じくティアに茶を淹れてもらっていたブラホーンがカップを傾けながらそう答える。
ティアとカヤの間には主従関係があるのだろう。
生真面目そうなカヤだ。主人に雑用をさせているということに気を病むことがあっても不思議ではあるまい。
そんなカヤの思いを尻目に、当の本人が楽しそうに茶を持ってきた。
「はい、どうぞ。熱めですのでお気をつけて」
「あちっ、ずず…うむ、中々だな」
「それは良かったです」
相変わらずの不遜な態度を取るカザルと、それを見てにっこりと微笑むティアにカヤの不機嫌そうな顔がますます曇っていく。
「あぁ…こんな事で良いのだろうか…」
頭を抱え、テーブルに突っ伏したカヤだが、ハッとなにかを思い出したように顔を上げた。
「それよりもお嬢様、お話というのは?私も聞いていないのですが」
「そうですね。まずは爺から報告があるそうですので、そちらを聞きましょう」
カザルへと茶を出すと自分もテーブルに付き、ブラホーンへと視線を向ける。
ティアに促され、口を開こうとしたところで茶を啜っていた、カザルがあからさまに嫌そうな声を上げた。
「俺様はジジイの話を聞きに来たんじゃないんだが?」
「うるさい、少し黙ってろ。で、ブラホーン殿、報告とは?」
話が進まないなと判断したのか、半ばカザルを無視する形でカヤがブラホーンに促す。
無視されたカザルはというと、以外にも素直に黙って話を聞く姿勢に入ったようだ。
その様子を見てか、小さく咳払いをした後、改めて口を開く。
「先日捉えた野盗ですが、情報提供をお願いしましたところ、色々面白い話がありましてな」
ブラホーンが髭をなでながら、ふむ、と話始める。
「まず捉えた奴らだがの、元々はウルスキアの傭兵だったようで。ルイン陥落後に部隊が解散したので野盗になったようですな」
「なるほど。ウルスキアの傭兵であればマギナギアの操縦が出来てもあまり不思議ではないですね」
大陸の多くを手中に収め、もはや大陸の覇者といっても良いウルスキアだが、ルイン王国の隣国、リッテンハルト王国との戦線を構築し始めた頃にいくつかの問題が発生していた。
一つは元来小国であったが故の、正規兵の少なさ。
これまでは小~中規模の国を相手にしていた為、マギナギアによる少数精鋭の強行突破で乗り切っていた事は否めない。
しかし、リッテンハルト王国ともなればそれは難しいだろう。なにせ、元のウルスキアの国力からすれば十倍以上にもなる相手なのだから。
しかも、マギナギアがいくら先進技術を用いた兵器だとはいえ、残骸は鹵獲などで情報が漏れてくれば、近い内に模倣品が作られる可能性すらある。
そうともなれば、マギナギアでカバー出来ていた兵力差がカバーしきれなくなる。
そしてもう一つ寧ろこちらの方が問題だったかもしれない。
それは、本国から遠く離れたが故の、士気の低下だ。
食事や気候などの違い、微妙に通じにくい言葉、長引く戦線、家族との長期間に及ぶ離別などなど。兵の士気を下げるには十分だ。
そこでウルスキアが取った戦略が、傭兵だ。
アルハザード大陸ではここ数年のウルスキアを除けば大きな戦はなかったが、アルハザード大陸の東方や、南方の大陸では未だに長く戦火が収まらない地域もあるという。
そういった場所での出稼ぎとして、古今東西傭兵というものが存在していた。戦あるところに顔を出しては金を稼いでくる職業であるため、正規兵にあるような士気の低下は避けられるうえ、手っ取り早く戦力を補うことができる。
マギナギアの操縦訓練が必要とはいえ、上記を解決するには最も手っ取り早い方法とも言える。
とはいえ、傭兵は傭兵。大きな戦が落ち着けば解雇されるのがオチというもの。
恐らく、この傭兵くずれの野盗も、ルイン王国との1戦において雇用されたものの、ルイン王国との戦争終結により職をなくしたのだろう。
「ウルスキアの奴らが本家本元といってもいいですからね。悔しい事ですが。しかし、それだけではマギナギアを所持していたことがわかりません。ブラホーン殿、他にはなにかないのですか?」
当然だが、傭兵に配布されるマギナギアは軍の所有物だ。いくらウルスキアの傭兵をしていたからと言って、マギナギアを所有出来るというわけではない。
カヤがそう疑問を投げかけるのも当然のことと言える。
食い気味でブラホーンへと言葉を投げるカヤに、待て待て、と言わんばかりに片手を上げると、それを見たカヤが小さく咳払いをし、姿勢を整えた。
「ふむ、その点についてだが、何処の誰かわからん奴から提供してもらったという話での、提供の条件として三点要求されていたそうだの」
「条件…?いや、それよりも誰だというのだ?」
ブラホーンの言葉に対し、顎に手を当ててうつむくカヤ。
うーん、と唸る彼女の横から、つまらなそうな声が飛び出してくる。
「何処の誰か分からん?そんなもの一つしかないだろうが」
カザルがふぁーと大あくびをかきながら親指を東へクイクイと向けてみせる。
その仕草に一瞬、頭に疑問符が浮かんだカヤだが、すぐに合点がいったようで、同じく何かに気づいたようにハッとしたティアを目をあわせた。
「―ウルスキアか!」
カヤがその答えにたどりついた時、思わずガタッと椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。
「十中八九、その通りでしょうの」
「くそっ…あいつら…ルインを占領するに飽き足らず野盗に支援するなど…度し難い!」
ブラホーンがジェスチャーで座りなさいとカヤを抑えると、ギュッと両手を握りしめながら、乱暴に椅子に座る。
「しかし何故そのような事を?占領下にあるルインの治安が悪化するのは彼らも喜ばしい事ではないと思うのですが」
対するティアはあくまで冷静に、ティーカップの湯気の向こうからまっすぐにブラホーンを見る。
その視線に答えるようにブラホーンは軽く首を立てに振り、口を開いた。
「そのあたりはこれから話す条件で分かることでしての」
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