3章 山猫とティアラ 02
「おい、起きているか?」
ギィ、と木戸の軋む音と共に女声が部屋へと響く。
先日の騒動に対するお礼ということでカザルを招くことになったわけだが、食事だけ出してハイさようならとは行かないもので、カザルには一晩泊まってもらうこととなった。
とはいえ、首都からも遠く離れた農村では住居も簡素なもの。当然ながら、客間がある家などそうあるものではない。
唯一客間があるのはティアの家のみであったため、仕方なくティアの家への宿泊に同意したカヤだが、あのような発言の後だ、当然だがカザルを信用しているわけではない。
用心も兼ねて、同じくティアの家に泊まっていた。
窓から差す光はすでに高く上がり、外では村民がせっせと農作業に従事しているのが見える。
そんな中、部屋から出てこないカザルの様子を見に来ると案の定布団を盛大に蹴り飛ばしながら、大いびきで寝ているカザルの姿。
「全く…いい加減起きろ!」
その姿にピクリと頬を引き攣らせながら早足でベッドへと近寄ると、彼が寝ているベッドを思いっきり蹴飛ばす。
ガクン、と衝撃を受けたカザルがゆっくりと目を開け上体を起こすと、あたりをしばし見回す。
腰に手を当て肩を怒らせるカヤを視界に捉えるやいなや、ボフッと再び布団へと体を投げ出した。
「もう少し寝かせろ」
「黙れ、もう昼になるぞ。確かに貴様は恩人ではあるが礼はもう済ませたからな。もはや恩人でも客人でもない」
つまりはこのまま追い出しても良い、ということだろうか。
それを聞いたカザルがめんどくさそうに上体を起こすと、ゴキッと肩を鳴らしながら大あくびをしてみせた。
「まったく…もうちっと愛想よくしろ」
「ふん、余計なお世話だ。それよりもお嬢様が呼んでいる」
起きる素振りこそして見せているものの、目を離せば再び体を横にしそうなカザルだったが、カヤの言葉に完全に覚醒したのだろう。
だらしなく口元を緩ませつつベッドから立ち上がった。
「お前そういうことはさっさと言えよな。ぐふふ、そうかそうか、やっと俺様に真の礼をする気に―」
「……」
「やめろ、無言で剣に手を伸ばすな。冗談だ冗談。これくらいの冗談にいちいち反応するな」
「……はぁ。まぁいい、とにかく来い。顔を洗う時間くらいは待ってやる」
「へーへー、分かりましたよっと」
やる気の無いカザルの返事にカヤは苛立ちを感じるものの、カザルの横柄な態度にもあまり強く出る気が起きなかった。
まだ1日にも満たない付き合いのはずだが、この男の行動には慣れた、いや慣れざるを得なかったというべきか、この男の思考をカヤはそれなりに把握出来たのではないかと考えている。
とにかく、女が絡めばやる気が出るのだと。
ティアが呼んでいるということは事実ではあるが、まるでティアを餌にしてこの男を動かしているかのような気分だ。
この場にいるからこのような気分になるのだ、とでも言わんばかりにさっさと部屋を出ていくカヤ。
そんなカヤの後ろ姿を見送った後、カザルは頭をガシガシと掻きながら窓の外へと視線を向けた。
一見、何の変哲もない、ド田舎の風景が窓の外に広がっている様に見える。
見える限りではお世辞にも広いとは言えない畑だ。この村だけでやりくりしていくので精一杯だろう。
だが、そこには農村には全くふさわしくない三機のマギナギアの姿もある。
(自警団、ねぇ…)
先日、ティアがそう言っていたことを思い出す。
マギナギアであれば生身の人間が束になってかかってこようとも恐れるものではない。
まして、野盗のようなろくな訓練もされていない集団であれば一瞬で蹴散らす事が出来るだろう。
そう考えれば、マギナギアを操れるティア一人が居れば自警団としては十分すぎる戦力だ。
(けどなぁ…)
先日のカヤの動きを思い出す。
お上品な剣筋だとは思ったが、逆を言えばそれだけしっかりと訓練を積んでいるということの示唆でもある。
この村に、そのような剣術を学べる場所があるとは到底思えない。
(しかも戦い慣れてそうな感じだったなぁ)
万に一つ、剣術を学ぶことが出来たとしても、実践と訓練では大きな違いがある。
あの動きは、少なくとも何回かは実践を経ているように思えた。
そう考えると……。
「……ま、いいか。それよかさっさと行ってティアちゃんの好感度上げるかね」
どうやら色々考えるのは苦手らしい。
いや、目の前に餌がぶら下げられている状態なので、そちらを優先したのかもしれない。
手早く支度を整えると上機嫌で部屋を出ていった。
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