3章 山猫とティアラ
3章 山猫とティアラ 01
何度も頭を下げる商人を見送ってから三機のマギナギアが西に移動すること暫く。
三人はとある場所へと向かっていた。
地理的には旧ルイン王国と聖ルッシーナ皇国との国境付近である。
そこは夕霧の森に面しており、ポツポツと見える建物のすぐ奥には広大な森が広がっている。
南部に目を向ければ旧ルイン王国とザットとの境界にもなっているルフェール山脈と、旧ルイン王国、ザット、聖ルッシーナ皇国と三国にまたがってそびえるリノカ山脈が並んで見える。
ここからでは見えないが、ルフェール山脈とリノカ山脈の間のわずかな隙間からアラスタに向けた長い街道、青岩街道が伸びているはずだ。
「と、いうか」
「ん?」
「なんで貴様が付いてきてるんだ!一緒に来る事を許したつもりはないぞ!」
だだっ広い平野に3機のマギナギア。それも1機が大声で叫んでいるのだから非常に目立つ…のだが、周りにはなにもない。
本当なにもない平野だ。いくら騒いだところで問題は無いだろう。
旧ルイン王国は国土の割に人口がさほど多くない。
領土の多くはこうした平原であったりだとか、平原を開拓した農耕地が広がっている。
いくつか大きな都市はあるものの、国全体としてみれば、のどかな風土といえるだろう。
広い農地は多くの食料を生産し、食料の多さは豊かさにつながる。
だからこそ、ウルスキアもルイン王国へと侵攻したのだと、そう評する者もいるくらいだ。
「フハハハ、気にするな!それにこいつもいるからな」
騒ぐカヤに対して見せつけるように、右手でつまんだままの野盗のリーダーを掲げてみせる。
出発した当初はなんやかんやと騒ぎ立てていた野盗だが、一度
『おっと、あんまり騒ぐから力加減ミスったぞ』
という白々しい言葉と共に、カザルがマギナギアの指先にかかる力を僅かに加えた事によりミシッという全身からの悲鳴を聞いた野盗はそれ以来すっかりおとなしくなっていた。
人にとって、マギナギアという存在はどうしようもないほどに強力なのだ。
「私が運べば良かっただろうが!」
「まぁまぁ、助けて頂いたのですし、しっかりとお礼をするのが礼儀というものです。それよりもほら、私達の拠点に到着しました。カザルさん、歓迎します」
騒ぐカヤをなだめるように声を掛けたティアのマギナギアが指差す方向へと視線を向ける2機。
「拠点…か?」
眼の前に広がるのはただの農村。
まさにルイン王国然とした、のどかな農村だ。
強いて特徴を言うのであれば、農村の背後には夕霧の森へと繋がるであろう林が存在していることくらいだろうか。
林がそばにあること自体は珍しいことではないだろうが、夕霧の森に近いということは旧ルイン王国の西の国境に近いという事で、決して交通の便が良いわけでもなく、かといって特段に肥沃な土地ということでもない。
林業と並業することで収入を増やしていると考えればありえなくもないが、とにかく辺鄙な場所にあるということだ。
その辺鄙な農村を拠点、と称するティアに、カザルも半ば呆れたような声を出していた。
「アハハ…。まぁ、私達は小さな、その、自警団のようなものですから。皆が拠点と呼ぶのでそう呼んでいますが、正直なところ、その、目に見える通り、ですね」
「はーん、自警団ねぇ…」
カザルの怪訝そうな声。
「なんだ、文句でもあるのか」
その声にいち早くカヤが反応し、ムスッとした声で返答した。
「まぁいいか。そんな事よりも俺様は早くティアちゃんを直接拝みたいんだがな。美人なんだろう?」
大した事ではない、とでも言うようにさらっと話題を変えてくる。
もとより、彼にとっては女よりも優先すべき事象というのはあまりないのかもしれないが。
「貴様、お嬢様に一度でも嫌らしい視線を向けて見ろ。私が切り刻んでやるからな」
「おー、怖い怖い」
「フフッ、あなたのご期待に添えるかどうかはわかりませんけれど」
雑談をしつつ村の脇にマギナギアを駐機させティアが降りてくる。
普段からここに駐機しているのだろう。
マギナギアの重量で十分に踏み固められた地は下手をすれば舗装されていない街道よりも平坦かもしれない。
マギナギアを膝立ちにさせ、操縦席からスムーズに降りてくる様子は手慣れたものだ。
「改めまして、ティアです。先刻の助力に感謝します」
礼節に則った綺麗な一礼。
仮に、とはいえ自警団を名乗るような場所に居る人物とは思えない、お嬢様、と呼ばれるに相応しい立ち振舞を見せた。
風に流されるブロンドの髪はまるで黄金色の麦畑のようで、このような辺鄙な村に居ながらもつややかな髪色はカザルの目を奪うに余りあるほどだった。
「ほほぅ、ふーむ、……満点!」
「貴様!いきなり失礼な!」
「フハハハ!いい女にいい女だと言っているだけではないか」
「そういう態度が失礼だと言っているんだ!全く!本当に!」
なんだかんだと騒ぎながらも野盗をゆっくりと地におろしてから、ティアに続いてカヤ、カザルもマギナギアから降りる。
と、村の奥から数名が近づいてくるのが見えた。
見るからにがっちりとした体格の若者2名と、その前を老年に片足を踏み入れたであろう髭を蓄えた人物。
「お帰りなさいませお嬢様。カヤもご苦労だった」
数人の代表としてその老年の男性が声を掛ける。
話し口調からして長老か何かだろうか。
「して、そちらは?」
「爺、ただいま帰りました。こちらはカザルさん。詳しくは後ほどお話しますが、私達を助けてくださいました」
「ほうほう、それはそれは。爺からも感謝いたしますぞ」
長老(?)がうやうやしく頭を下げるとそれに続くように渋々といった様子で若者も軽く頭を下げた。
その様子に、どうも歓迎されていないようだと感じたのか、カザルがムッとした表情へと変わる。
「ジジイに感謝されても嬉しくもなんともないわ」
「ほっほっ、それはそうですの」
「なんだこのジジイは。気色悪いぞ」
「儂はブラホーン。まぁ、お嬢様の教育係のようなものだと思ってくだされ」
立派に蓄えた髭を撫でながら柔和な笑みで答える。
その年を経たが故ににじみ出る余裕にカザルは苛立ちがましてきているようにも見えた。
「ふん、ジジイのことなんぞどうでもいい。それよりもお礼がどうの言ってたのは?」
「あ、はい、ささやかですが食事をご用意いたします。今晩はこちらでお休み下さい」
話を打ち切るようにティアへと話を振ると、その返答にニヤリと笑みを浮かべる。
先程のイラつきなどもはや微塵も見えぬ。
「ぬふふ、いいぞ、もてなされてやるぞ。もちろんティアちゃんも一緒だろうな?」
「え、えぇ、食事はご一緒させていただきます」
一瞬キョトンとした顔をしつつ、ティアが返答すると、カザルの顔がますますニヤけてくる。
その表情を見てか、カヤが嫌そうな顔をし、老年に付き添ってきた二人からも突き刺さるような視線を向けられる。
が、当のカザルはそんなものはどこ吹く風か、はたまた気づいていないのか、ニヤケ顔のまま口を開き。
「違う違う、そうじゃないぞ。今晩はずっと一緒なんだろう?」
「えっ、いえ、そっ、そういうわけでは…」
カザルが言わんとしてる事を何となく理解したのか、困惑を隠しきれないティア。
お嬢様、と呼ばれようともそれなりの知識くらいはあるものらしい。
そのティアの後ろで、カヤがチャキッ、と無言で剣に手をかけていた。
流石にここまでくれば状況を読むくらいのことは、この好色魔であろうと出来るものだ。
(むむ、あまり不況を買っては面倒くさい事になるぞ。まだまだ時間はあるのだし今日のところは)
「フ、フハハハ、冗談に決まっているだろう」
「……冗談に聞こえなかったんだが」
「フハハハ!気にするな!それより飯だ飯!行くぞ!」
「あっ、おいこら待て!何処に行けばいいか分からんだろう貴様!」
スタスタと適当に歩き出すカザルと、それを慌てて追いかけるカヤを見送りながら、ティアがやや紅潮した顔で苦笑を浮かべている。
お嬢様と呼ばれるような立場なのだから、だろうか、こうした話には全くと言っていいほど免疫が無いようだ。
自分の知るお嬢様とは違った一面を眺めながら、ブラホーンが自慢の髭をさすり、ふーむ、と一声。
「お嬢様はああいったタイプが好みでしたかの?」
「爺!冗談にしても品がないですよ!」
「ほっほっ、これは失礼いたしました。して、此奴はどういたしますかの?」
視線の先には野盗のリーダー。
カザルのマギナギアで散々脅されたからだろうか、降ろされた後も反応が薄く座り込んだままでいた。
「情報が欲しいわ。でも、あまり手荒な真似はしないで頂戴」
「承知いたしました。まぁ野盗ごときであればそう手間もかかりますまい。明日にはご報告できるかと思いますぞ」
「分かったわ。お願いね」
その言葉に若者二人が野盗の脇を抱え、手慣れた手付きで村の奥へと連れて行くのだった。
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