2章 大小の刃 09

 野盗が林の中へと消えていったことを確認し、男はようやく刃を下ろした。

 辺りには未だ若干の死臭が漂っているが、その元となるものはすべて野盗のもの。

 2倍の戦力を相手に無傷というのはたとえ相手が碌な訓練もされていない野盗だとしても中々難しいものだと言えるだろう。

 改めて辺りを見回すと、商人から紐を貰ったのだろうか、野盗のリーダー各を縛り上げているカヤと、その女性にしきりに頭を下げる商人の姿が見えた。


「本当に助かった!ありがとう!感謝しきれないよ」

「気にしないで欲しい。それよりも無事でよかった」

「おぉ、あんたも無事でよかったな」


 ズシズシと重い音をたてながら、男がマギナギアを二人の元へと寄せてきた。

 その声を聞いて、商人は何か言いたそうに口を開きかけるが、一度噤むと、小さく息を吐き出した。


「なんとかね。一時はどうなるかと思ったが助かった感謝してる」

「おう、感謝しとけ」


 当初、この男は野盗が現れると見るやそそくさと逃げ出そうとしていたのだが、結果として男の活躍があってこその戦果であるのは間違いない。

 商人もそのことを理解しているからか、不遜な態度を取る男に半ばあきらめたような半笑いを浮かべていた。

 商人の隣でリーダー格を縛り上げていたカヤは打って変わって、男の声に嫌悪の表情を隠そうともしていない。


「感謝はしないぞ。あの程度であれば私でも問題はなかった」

「そういうことにしといてやるから、そのブスッとした顔やめようぜ。折角の美人が台無しだぞ」

「ふん、余計なお世話だ」


 更に不機嫌そうな色を強くした彼女が短く返しながら、その視線は既に倒れ込んでいる白のマギナギアへと向いていた。


「全く、お嬢様を助けたのも俺様だって事を忘れないで欲しいもんだなぁ」


 対する男もそうぼやきながらも、ゆっくりと自らが騎乗するマギナギアを白のマギナギアへと進める。

 野盗の攻撃で尻餅をつくように倒れていた白のマギナギアだが、戦闘の後半は押されていたように見えたわりには大きな損傷は無い。


(ヘロヘロだった割にはよく捌いてたってところか)


 そもそも野党側がお粗末だった可能性の方が高いとは思うが、最低限度の技量はあるということだろう。

 もっとも、戦場の前線に立てるかと言われれば疑問符が付いてしまうだろう、と男は予想していた。


(まぁそもそもお嬢様なんて呼ばれてるのがマギナギア乗り回してるのがおかしい訳だが、まーそれよりも今は)

「おい、お嬢さんよ、生きてるか?」

「え、えぇ、おかげさまで」


 帰ってきた言葉には先程までのような疲労困憊の様子はなく、どちらかと言えば疲れというよりも困惑といった様子の方が強い。


「思ったよりも元気そうだな。動かせるか?」

「はい、大丈夫です。激しく動かなければなんとかなります」


 そう答えると、ゆっくりと白のマギナギアを起こすと、まるで人が行うかの様に軽く腕を奮って見せた。それを見た男も、ふむ、と一息つけた。


「確かに大丈夫そうだな、ならさっさと移動するか」

「そうですね。あまりこの場に留まっていては良くないでしょう」


 2人の会話を聞き納得できないのが彼女だ。カヤが眉を吊り上げ、両手をブンブンと振り回しながら、カヤが二機のマギナギアの間に割り込んだ。


「お前、少しくらいお嬢様の事を考えたらどうだ。お前も見ただろう、お嬢様はお疲れなんだ。少しくらい休憩してからの方が―」

「いえ、カヤ。すぐにでも移動しましょう。可能性としては高くないかもしれませんが、兵が嗅ぎつけては厄介です」

「そ、それは確かにそうですが…大丈夫なのですか?」


 お嬢様と呼ばれる彼女の意見はもっともだと、カヤも理解はしているのだろう。気遣った当人からそう言われては強く続けることもできず、まるで叱られた犬のようだ。


「もう、カヤはいつもそれです。少しくらい私を信頼してくれても良いのですよ?」


 軽いため息と共に紡がれた声は、これまでの凛とした声とは少し変わった、どことなく幼さを残す声で、ともすればどこぞの町娘が友人と交わす他愛もない雑談かのようにすら聞こえる。


「わっ、私はお嬢様の身を案じてですね!」

「あー、ハイハイ、中のいいとこ悪ぃが移動するならさっさと移動するぞ。で、こいつどうすんだ?」


 話に割り込んで男が指差すのは、縛られたままで転がされている野盗のリーダー格だ。

 声に釣られるように、白のマギナギアもギッと音を立てて、鋼鉄の首を回しリーダー格を視界に収めた。


「ひとまず連れていきます。色々と聞きたい事もありますし」


 先程の声色とは打って変わって、再び凛とした張りのある声でそう告げる。

 人では到底太刀打ち出来ぬ鋼鉄の巨人に睨まれた事で、リーダー格がひっ、と声を上げて縛られている手足を必死に動かして後ずさる。


「了解了解っと」


 後ずさるリーダー格を追いかけるようにして、男のマギナギアの手が伸びる。


「うわっ!お前話を聞いているのか⁉そいつを握りつぶすつもりか!やめ――」

「あんま暴れるなよープチッとやっちまうかもしれないぞぉ」


 カヤの叫びとは裏腹に、男のマギナギアはリーダー格を潰す事無く、そっとつまみ上げた。


「な…まさか…マギナギアで人を摘むなんて…」


 それを見てカヤは驚愕の色を隠すことが出来なかった。マギナギアはそれ自体が暴力の塊と言っていい。ともすれば、岩ですら簡単に握り潰す事ができるのだ。そのマギナギアで人を潰れないようつまみ上げるなど、精密な動作というレベルではない。


「貴様…いったい何者なんだ…?」

「なにぼさっとしてるんだ、さっさと行くぞー」


 男の声にハッとしたように顔を上げて、やや怒りの表情を浮かべた。


「くそっ、いちいち私に指図するな!そっちの無人のマギナギアに乗り込むから少し待っていろ!」

「へーへー、待ってますよ、カヤちゃん」

「気安く名前を呼ぶな!」

「フフッ」


 そんなやり取りを聞いていた白のマギナギアから小さな笑い声が響く。


「お、お嬢様いかがいたしましたか」

「いえ、カヤがそうやって悪態をつくのを久しぶりに見たと思って」


 クスクスと小さく笑いながら、声色はどこか寂しげに。


「あ、いえ、そのコレはですね」

「昔のカヤが戻ってきたようで、私は嬉しいですよ」

「お、お嬢様ぁ」

「どうでもいいから早くしろよ。置いてっちまうぞ」

「うるさい!すぐに行くから少しくらい待ってろ!」


 イライラが限界を突破したのか、一方的に話を打ち切るようにそう叫ぶと、マギナギアに向けて走りだした。


「フフッ。そう言えば私達の名前を告げていませんでしたね。私の事はティアとお呼び下さい。彼女は…もういわなくても大丈夫ですね」

「ティアちゃんにカヤちゃんだな。よーし覚えた覚えた。俺様はカザルだ。よろしくしてやるぞ」

「何故上から目線なのだ…」


 無事マギナギアに搭乗したカヤがもはや怒るのも疲れたというように呆れた声を漏らす。


「よし、準備出来たな。んじゃいくぞー」

「貴様が仕切るんじゃない!あっ、おいこら待て!」

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