2章 大小の刃 08

「さってと。とりあえず、俺様の女をいたぶってくれた落とし前はきっちり払ってもらおうか」

「ふん、旅人風情が。まぐれでマギナギアを動かせたからといって調子に乗るなよ?」

「おーおー、口だけはでかいな」


 ぐいんぐいんと頭部ユニット軽く回しながら、器用にも左肩をすくめてみせた。

 人間であれば自然と出てしまうような仕草かもしれないが、マギナギアであればそれは、『あえてやらせた』ということであり、それはつまりのところ―


「ほらほら、どうした?さっさと来いよ。それとも何か?女をいたぶるのは出来ても、旅人風情にはビビってても出せないってか?ハン、ダセェ」

「こっのっ…!死んで後悔すんだな!」


 相手を煽るという、そういう行為に当たるわけである。

 男の挑発に叫び声を上げながら、野盗のマギナギアが剣を振り上げた。

 まっすぐに振り下ろされた野盗の剣に対し、男の剣は水平。ギィインと甲高い音を立てて、巨大な金属の塊がぶつかり合う。

 男の背後に動けない奴がいるのだから、その場を動くことは許されない。

 つまり、回避行動が取れないということ。男は否応無しに防御に専念せざるを得なくなっていた。

 二合、三合と打ち合ううちに野盗側もそれを理解したのか、強気な攻勢に出る。


「へへっっ!偉そうな口をきくくせに大したことねぇじゃねぇか!死ねや!」


 状況としては男側が圧倒的劣勢にであるのは間違いないのだが、しかし野盗が勢いに乗った攻撃を繰り返しているにもかかわらず、男のマギナギアは傷を負うどころか、その場を一歩たりとも動かずに全ての攻撃を捌き切っている。

 当の本人はというと、


「リッテンハルトの量産機だったっけかこれ。マギナコアの変換効率も問題なし、関節部の変なきしみとかもなし。きっちり整備してそうだなぁ」


 と、戦闘中にもかかわらず、強奪したマギナギアの性能評価などやっていた。


「おらおらどうした!ナイト様気取りで出てきて防戦一方じゃカッコつかねぇぞ!」


 そんな男の余裕すぎる行動を知らずに居る野盗は、有利という状況と攻勢に出られているという戦況から調子に乗ってきている事が言動から手に取るように分かる。


「うるさいぞまったく。とりあえず片付けてからにするか」


 そうつぶやいた直後、野盗の横合いからの一撃を受け止めた男がぐらりと体制を崩す。


「オラァァ!死ねやぁぁぁぁ!」


 己の圧倒的有利を信じて疑わない野盗は体制を崩したように見えたその隙に、ココぞとばかりに大上段に剣を振り上げ、渾身の一撃を振り下ろした。


「フハハハ!!馬鹿者が!」


 体制を崩した様に見えたのは、ただ膝を曲げただけの話。

 バカ正直に、まっすぐに振り下ろされた野盗の刃は軌道もタイミングも一目瞭然。

 男のマギナギアが膝のバネを最大限に活かし、両手でしっかりと握りしめた刃を逆袈裟に全力で振り上げる!

 野盗の剣に対し斜め下からかち上げる様にヒットした刃はガァァァンと巨大な銅鑼を掻き鳴らしたかのような激しい金属音を上げ、野盗の刃を高く舞い上がらせた。


「なっ」

「遅いわ」


 得物をなくした衝撃でわずかの間呆然となった野盗のマギナギアに、男は間髪入れず前蹴りを放つ。


「ぐがっ」


 慌てて防御態勢を取ろうとする野盗だったが、男のマギナギアの動きの方が遥かに早かった。

 胴体に蹴りの直撃。遠心力の乗らない前蹴りであったからか、破壊力としてのダメージ自体は大きくなく装甲が凹むことすらなかったが、重量の乗った蹴りは相手のバランスを崩すのにはむしろ最適。

 剣を下方から弾かれ、片手を大きく上方に伸ばしきった野盗のマギナギアにそれを耐える事は出来ない。

 2歩3歩とよろけるように後ずさり、そのまま尻もちをつくように崩れた。


「く、そがっ!」


 戦闘中、それも敵の目の前での転倒はそれつまり死を意味するに近い。

 慌ててマギナギアを立たせようとする野盗だったが、野盗が纏う鋼の巨人がその腰を上げ始めたときには、彼の視界いっぱいに広がる投影術式に、絶望が映し出されていた。

 その絶望は、鋼鉄の巨人に腰だめに構えられ、それが1歩を踏み出す事で死を与えるものだ。


「う、ああああああ!!!」


 文字通り目前に迫った死への恐怖からか、野盗は完全にマギナギアの操縦を放棄したようで、立ち上がりかけた格好のまま停止した機体から、先ほど上げた怒声とは似ても似つかない引きつった声を辺りに響かせた。

 男の乗るマギナギアが、ショートステップからの突きを放ち、自らが操縦するマギナギアの装甲をギリギリと音を立てながら切り裂いていく、その凶悪でありながら淡く美しい黄金色を纏う刃が己の身を押しつぶしていく光景を想像し、野盗は操者室の中で思わず目を瞑る。

 自分の人生はろくなものじゃなかったのだから、せめて最後は苦しくなく終わるといいなと、そんなことを考えながら終焉の時を待っていたのだが……その瞬間は訪れなかった。

 野盗の感覚で言えばもう己はただの肉塊になっていておかしくないはずだと思っていると、カン、という小さな音が聞こえてきた。

 その音に野盗が恐る恐るまぶたを上げていくと、操者室のガラスに映されていたのは剣を己の操者室前に突きつけた状態で立っている相手のマギナギアだった。


「いいかーよく聞け。今から10数えるうちにそこから出てきて去るなら見逃してやるぞ。そうじゃなけりゃドスッ、だ。そら、いーち、にーい」

「わ、わわ、分かった!抵抗はしない!だから剣をおろしてくれ!」

「さーん、よーん」

「ひぃ!」


 数えることをやめない男の声に、野盗はこの男は要求通りにしなければ本当に殺ると直感し慌てて操者室の入り口を開ける。空気の抜けていく音を立てながらゆっくりと入り口が開かれていくが、完全に開ききる前に形振り構わず外に飛び出そうと足をかけたところで、野盗は思わず二の足を踏んでしまう。

 それもそのはず。野盗が今いる場所はマギナギアの胸部の辺りだ。

 つまり、高い。

 普通マギナギアへの乗り降りは膝立ち状態にさせた上で、体の脇に付いている取手を伝って行うものだ。ちゃんとした設備の整っている場所であれば移動式のタラップを用意しているところもある。

 立ち上がりかけの中腰状態とはいえ、元が人の3倍はある巨体だ。すでに地面からは軽く見ても人、二人分はあるだろうか。

 飛び降りたところで上手く着地できればなんとかなるかもしれない。が、高さの感覚は下から見ている時と上から見ている時とでは雲泥の差だ。上から見たほうがはるかに高さを感じやすい。

 野盗からしてみれば非常に危険な高さだと感じていることだろう。


「ごー、ろーく」

「ちょっとまってくれ!せめてこいつを膝立ちに―」

「なーな、はーち」


 野盗の懇願も虚しく、男はただ淡々と数を数えていくだけ。それはそうだ。男としてみれば別に野盗の命などどうでもいいのだから、待ってやる義理など無い。


「くそっ!」


 このまま躊躇していれば死は確実。そもそも、野盗の置かれている状況など関係なしに、彼の取れる行動など一つしかなかったのだ。

 意を決して野盗がその場から飛び降りる。

 ずしゃっと音を立てて、野盗はなんとか着地に成功したようだ。

 舗装されていない場所であったことが逆に幸いだったのか、特に大きな怪我を負ったわけでもなさそうで、よろよろとした足取りながら野盗はその場から去って行く。

 一度だけチラリと振り返ったものの、男のマギナギアが持つ刃を視界に収めると見なかったことにするかのように正面に向き直り、そそくさと林の中へと消えていった。


「やれやれだ」


 野盗が林の中へと消えていったことを確認し、男はようやく刃を下ろした。

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