2章 大小の刃 07
カヤとのやり取りからすぐに走りだした男は、駆け足ながら白と茶の巨人の相対を横目で見ていた。
白のマギナギアはもはや立っているのがやっとといった様子だ。
男の目算では機体そのものには大きな損傷は見られない。
ところどころ避けそこねた剣に削られたのか、擦過跡が見られるがそれだけだ。
それだけに、男としても何故こうまで追い詰められているのかが今ひとつ納得していない。
「序盤は圧倒してたみたいなんだがなぁ…っと、変なこと考えてる場合じゃないなっと」
そう時を掛けずして倒れたまま反応が無い野盗のマギナギアへとたどり着くと、慣れた手つきで操者室のロックを外す。ぷしゅーという空気の漏れる音とともに、マギナギアの胸部に設置してある操者室前の、とりわけ装甲が厚い部分が上部に展開された。中は大人一人が座って入れる程度の空洞になっており、内側には光の精霊ブライアの加護によって外の様子を投影させるためのガラスが全面に張られている。
物質強化の術式で剛性を強化されたガラスは蹴りの衝撃でも割れずに残っており、操者室で椅子に座ったまぐったりとしている野盗の姿を薄ぼんやりと写していた。
見たところ野盗に大きな怪我はないように見える。単に気絶しているだけだろうか。
男はそんなことはお構いましに野盗の胸ぐらをつかむと、ぽいと操者室から野盗を外に投げ捨てた。
あの馬鹿でかい大剣を振り回すだけのことはある膂力だ。
気絶していたとはいえ、流石に地面にたたきつけられれば目が覚める。気がついた野盗は不思議そうにキョロキョロと辺りを見回し、暫しの後ようやく状況に気づいたようだ。
「な、て、てめぇ!俺のマギナギアに何してやがる!」
「ふん、男はいらん」
慌てた様子で操者室へと登ろうとする野盗に対し、男は操者室の座席の前に備え付けてある2つの水晶のうち、男から見て左の水晶へと手を載せ、
「少し黙ってろ」
そう言うと、茶色のマギナギアの右腕が動き出しペチンと野盗をはたき落とした。
足元からへぶっと情けない声がしてきた事を確認すると背に担いでいた剣を地へと投げ捨て、操者室へと体を滑り込ませる。
ドスン、と荒く座席に座るとパキパキと両手を鳴らしながら楽しそうな笑みを浮かべた。
「さって…ちゃんと動いてくれるかなっと」
そう言って座席の前の水晶へと手を伸ばしたところで、彼の耳にも何かが崩れ落ちるような音が届いてきた。
「っとと、こりゃやばいぞ」
水晶に乗せた両手に意識を集中させると、展開されていた装甲部がゆっくりと締まり、一瞬操者室が暗闇に包まれる。次の瞬間、隙間風のような甲高い音が一瞬鳴り響くと、操者室に張り巡らされたガラスに光が灯り、はじめはぼんやりと、そして次第に明瞭に、マギナギアを中心とした光景が映しだされた。
周囲を確認すると、案の定、すでに劣勢となっていた白のマギナギアが横倒しになるように転がっている。
幸い、というべきか、斬撃の跡は無いように見える。
ただしそれも時間の問題だ。
男は更に意識を集中させ、尻もちを付くように倒れていた茶色のマギナギアを鈍い音を立てさせながら、巨大な体躯を立ち上がらせた。
本来であれば多少の動作確認などしたかったところなのだが、そんな時間もない。
ガラスの向こうに投影された景色の中で、野盗のマギナギアが剣を引き絞るのが見えたからだ。
男のマギナギアが一度方膝をつくようにしゃがみ込むと、その右手で先程男が投げ捨てた大剣を握り締める。
人が扱えば己の身長をも上回るような巨大な大剣だが、マギナギアが握るとそれはバランスの良いロングソードというサイズだ。
一度ぐっと剣の握り具合を確かめると、縮めた脚部を一気に解放し、茶の巨体を走らせた。
「そいつはちょっとまってもらうぞ!」
距離はそれほど離れていない。マギナギアのサイズからすれば寧ろすぐ近くだ。
右手に握りしめた剣を振り上げると、白のマギナギアから引き離すように、やや斜めに振り下ろす!
突如動き出した味方であったはずのマギナギアに反応が遅れた野盗のそれは、回避をすることも迎撃をすることもできず、咄嗟に振り上げた剣でなんとかガードすることはできたものの、ガードの衝撃に体が全く備えられていない。
金属の塊がぶつかり合う轟音が響く中、野盗のマギナギアが後方へとたたらを踏み、結果として白のマギナギアと野盗のマギナギアの間に男のそれが割り込む形となった。
「よー、生きてるか?」
右手に持つ剣をぶらぶらとさせつつ、背後で寝そべっている白のマギナギア―というよりもその操者―に向けて声を掛けた。
「え、えぇ…たす…かり…ました…」
風の精霊の加護を受けて届く声はやたらと息が上がっている。
マギナギアは操者が座席に座りながら自ら供給するマナによって機体全体の操縦を行うため、肉体的な疲労は皆無といっていい。
しかし、マギナギアそのものを動かす燃料となるマナは基本的に操者から送られるものだ。それ故に、長期間に及ぶ戦闘が行われた場合、操者本人の持つマナが枯渇することで肉体的な疲労が現れる事がある。
基本的にマナのキャパシティは肉体的なスタミナと同様、ある程度は訓練によって増やすことができる。
もちろん本人の才能によるところも大きく、生まれ持った器が小さければどれだけ訓練しようとも並以上になることは難しいが、その逆もまた然り。
どれだけ才能があろうとも、訓練をつんでいない者は並以下でしか発揮できないものだ。
この白のマギナギアの操者に起きている現象はまさにそういうことだろう。
ちら見した戦い方も洗練されているとは言い難く、機体性能に頼った戦い方だと男は評価していた。
「全く、素人が無理してもいいことは無いぞ」
「わ、私は…素人…では…ありません…」
「そんな状態で言われても説得力ないぞ。後は俺様に任せて暫く寝てろ」
「そこまで…言うの…でしたら…おまかせ…します…」
「ふん、よく言う。けど、そういう女は嫌いじゃない」
ぶらぶらをさせていた剣を肩に担ぎ直すと、未だ困惑している様子の野盗のマギナギアへと視線を向けた。
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