2章 大小の刃 06

 焦りを伴う女性の声に、背を向けたまま、ぐるりと肩越しに顔を向けてくる。


「すまないが、もう少し手伝ってくれないか。こいつを抑えているだけでいい」


 こいつ、を強調するように脚に力を込めると、ぐぇと足元から返事がきた。

 そうだ、あのマギナギアが動けば白のマギナギアに加勢することが可能かもしれない。

 あの程度の相手であれば自分なら難なく倒すことが出来るだろうと、彼女は考えていた。

 しかしその場合はこの男をどうにかせねばならない。縛り付けておく時間もないし、かといって殺してしまうには情報源的に惜しい男だ。

 こいつを生かしたまま加勢するには、どうしても彼の手が必要になる。


「うーん。仮に俺様が手伝ったとして、お前はどうすんだ?」


 一応話を聞くつもりはあるのか、男は改めて彼女に体を向き直す。


「あそこに倒れているマギナギアが見えるだろう。あれを奪取してお嬢様に加勢する」


 そう言う彼女の視線を男も追う。

 確かにそこにはマギナギアが転がっていた。


 男はマギナギアと彼女とをチラチラと見比べた後、何やらうんうんとうなりだした。

(手伝うのもまぁやぶさかじゃねぇが、めんどくせぇなぁ…。できれば面倒なことにゃ関わりたくないところなんだが…、いや、待てよ。ここでお嬢様とやらを助けて見せれば、お嬢様を助けていただきありがとうございます!好きです一生付いていきます!っていう完璧なストーリーの始まりじゃないか!?)


「おい、どうなんだ、手伝ってくれるなら早くしてくれ」


 こうして会話している間にもマギナギア同士の派手な戦いの残響が彼女の耳に響いている。時間の猶予は無いが故に、彼女の顔にも焦燥の色が見えてくる。


「うーん、でもなぁ」


 なんとも煮え切らない態度の男に、もはや苛立ちすらたってきた。


(くそっ、決めるなら早くしてくれ。何なんだこの男は!)


「報酬なら後で払う、頼む、早くしてくれ」

「うーん、金はなぁ…別にそこまで困ってないんだよなぁ」


 そう言いながらチラチラと彼女に視線を向ける男。

 …なんとなく、彼女はわかってしまった。

 そういうことなのかと。


(くそっ、このゲスが)


 今までの言動からして、彼が何を求めているのか、理解してしまった。

 そしてその求めるものが到底彼女が納得して差し出せるものではないという事も同じくして理解した。


(とはいえ…背に腹は変えられない…それにいざとなればどうとでもなるだろう)


 ギリッと歯を食いしばり、いっその事この足元の男を仕留めてしまおうかという考えをなんとか押しのけて、彼女がなんとかそれを口にだした。


「わかった、事が済んだ後は私の事は好きにしてかまわん。頼む、早くしてくれ」


 ピタリ。うーんうーん、とわざとらしく唸っていた男が唸り声をやめ、笑みを浮かべた。


「よし、手伝っ…いや待てよ」


 快諾、と言わんばかりに食いつこうとしていた男だが、突然真顔になって言葉を止めた。


(いやまて、ダメだ、リスクが高いぞ。こいつはいい女だが、アレに乗ってる方はどうだ?下手にブスだったら後が怖い。直接的に助けるのはあっちの方だし、惚れる要素はどう考えてもあっちの方が高いぞ。妙な女に付き纏われるのは遠慮願いたい)


 明らかに食いついたと思った矢先の沈黙に、彼女の焦りと怒りも最高潮だ。


「おい、なんだ、私の事は好きにしていいと言っているだろう!早くこいつをおさえ―」

「なぁ」

「なんだ!良いから早く―」

「あのマギナギアに乗ってるの、いい女か?」

「…は?」


 イライラしているところに放たれた、あまりに予想外の言葉に彼女はこの短期間で早くも2回目になる情けない声を上げてしまった。


「どうなんだ、いい女か?そうじゃないのか?」

「ばっ、今はそんなことどうでもいいだろうが!」

「いいや良くない!俺様にとっては全・然!良くない!どうなんだ?」

「くっ…あぁそうだな!女の私の目から見てもお嬢様は美しいよ!これでいいか!」


 焦燥が限界に達した彼女が放った、もはや投げやりとも言える返答に、男の反応はあまりにも分かりやすかった。

 にんまり。言葉に表すにはそう表現するのが最も適切だろう。その顔のまま向かい合ったのなら、たとえ男であろうとも気味悪さに一歩引いてしまうくらいに、鼻の下を伸ばしただらしない笑みを返したのだ。


「その言葉、信じたぞ!」


 先ほどのやる気のない声はどこへやら。巨大な剣を担いでいるとは思えぬ速さで例の倒れたままのマギナギアへと走りだした。


「あ、おい何処へ行く!こいつを抑えておいてくれればいいんだ!」

「フハハハ、俺様に任せとけ!」


 慌てて声を掛けた彼女に対して自信満々な声で返事が帰ってくる。


「おい待て!くそっ、ド素人はどっちだ!」


 男が想定外の動きをしたことで思わず言葉が荒くなる。

 彼女がそう思うのもしかたのないことだ。

 マギナギアそのものが開発されてからまだ10年と満たない。

 そのものが高価なこともあり広く普及しているとはいえず、マギナギアに触れられるのは各国の軍属か、せいぜいが傭兵程度だろう。

 それだけに今回のように野盗程度が、しかも2機も持っているということが異常なのだが、それは今はおいておこう。

 更に、マギナギア自体の操作は決して容易とはいえない。

 まともな戦闘が行えるようになるためには少なくとも半年は訓練が必要と言われる。

 つまり、十中八九マギナギアに触れることが初であろう何処の誰ぞと分からぬ男が向かったところで戦力にならない可能性の方が高いのだ。

 更に更に付け加えるのであれば、マギナギアの主動力と言えるマギナコアはマナを消費する。

 魔法の燃料たるマナは世界に広く存在しているが、人が扱えるマナには限度がある。それも、人によってそのキャパシティはまちまちだ。

 高いキャパシティを持つ者が操者であればマギナコアも十全な働きが出来るが、そうでないものでは機体性能を発揮することはできない。

 仮に男が奇跡的なセンスを持って、訓練もなしにマギナギアを操縦してみせたとしても、そのマナキャパシティが低ければ意味が無いのだ。

 そんな重なる条件をすべてクリア出来るとは到底思えない。

 情報源として活かしておくつもりであったが背に腹は代えられないか、と彼女が抱えた荷物を下ろそうとロングソードを握り直した時、視界の隅で何かが崩れ落ちる光景と、岩が落下したようなズゥンという重い音が彼女の元に飛び込んできた。

 瞬時に顔をあげると、彼女がそうならぬようにと行動しようとしていた光景がそこにあった。

 白のマギナギアが地に伏せ、剣を構えた野盗のマギナギアがそれを悠然と見下ろしていたのだ。


「ティアお嬢様!!」

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