3章 山猫とティアラ 05
「あなたの力を貸して頂きたいのです。どうか、お願いします。」
「うーん」
頭を下げるティアにちらっと視線を向け、腕を組んで俯くカザル。傍目には協力するか否かで迷っているように見える仕草だがその実、俯いた顔にはニチャリとした笑みが張り付いていた。
(手伝うのは別に構わんが、ここはもう少し渋ればいい条件が出てそうな感じがするぞ)
「そうは言ってもなぁ、俺様は唯の旅人だしなぁ」
あえて大きめな声でわざとらしく言ってみせる。
あまりにもわざとらしいそのセリフに、隣に立つカヤがキッと鋭い目で睨みつける。
そう、つい先日、同じようなやり取りをしたばかりなのだ。
ティアが今にも飛びかかりそうなカヤを仕草だけで収めるとカヤもそれ以上は言えないのだろう。渋々といった様子で口をつぐむ。
「もちろん、報酬はできる限り用意いたします。」
ティアとて、彼が無償で助けてくれると思うほど世間知らずではない。
閑素な農村ではあるが、多少の蓄えはある。望むだけの報酬を出せるとは言えないが、ある程度の要望であればと、その覚悟はあった。
が、彼の要望はそんな彼女の覚悟とはまるで方向性が違ったのだ。
「うーん、金の話じゃないんだよなぁ。もしかしたらこれが最後になるのかもしれないんだからなぁ。やっぱり心残りというか、そういうものを解消しておきたいというかだなぁ」
チラチラッとわざとらしくティアに視線を向けると、察しのいい彼女はその意図に気づき、一瞬困惑した顔をするもすぐに真っ直ぐにカザルを見つめる。
「…わかりました。でしたら、討伐が成功したのならば私を―」
(よしよし、この調子で行けばカヤちゃんと同じようにティアちゃんが手に入るかもしれんぞ)
彼の思惑通りのセリフに笑みを隠しきれなくなった時、
「おっと、一つ言い忘れておりましたぞ」
いかにも今思い出したと言わんばかりにブラホーンがポン、と手をうち、大きな声でティアの言葉を遮った。
「なんだジジイ、今はお前の話などどうでもいいんだが」
彼の望みが叶う直前で邪魔され、苛立ちを隠さずにカザルが睨みつけるが、対するブラホーンはどこ吹く風か。カザルを無視するかのように言葉を続ける。
「その野盗、頭領がどうにも美人らしいという噂が―」
「なに!ジジイそういう事は早く言え!いいぞ手伝ってやろう!」
美人と聞いた瞬間、先程までの不機嫌さはどこへ言ったのやら。ガタッと勢いよく席を立ち、ティアに向かって宣言する。
「な」
あまりに早い手のひら返しに言葉を無くして呆然としているカヤを尻目に、僅かに残った茶を一気にあおってクルリと背を向けた。
「そうと決まればさっさと準備だな。部屋で準備してくるぞ。お前らも遅れるなよ!フハハハ!」
大声で笑いながら遠ざかっていくカザルの背中を見ながら、暫く硬直していたカヤがわなわなと肩を震わせ、そしてついに決壊した。
「なんなんだあいつは!!!!」
意気揚々と準備に向かうカザルを肩を怒らせながら追いかけるカヤを見ながら、ティアが小さく息を吐く。
その場の勢いというものもあったのだろう。今思えばとんでもないことを言い出すところだった。
無論、ダッカスの状況と野盗の事を思えば出来る限りのことはしたいと思っていたが…場の雰囲気というのは怖いものだと胸をなでおろした。
「爺、助かりました。その、頭領の話は…」
「ほっほっ、もちろん嘘ですぞ。そのような情報はありゃせん」
「やはりそうですか」
あっけらかんと言ってのけるブラホーンにクスリと小さな笑み。
「伊達に年はとっておりませぬ。あの手の輩には金か女と相場が決まっておりましての」
人によっては地位や名誉というものを欲する者も居るだろうが、このような農村だ。どちらも与えられるものではない。
それでも渋るということは、つまりそういうことなのだろう。
事実、女の話が出た瞬間に飛びついてきたのだからブラホーンの見立ては正しかったということだ。
すっかり冷めてしまった茶をすすりながら、ブラホーンの視線は窓の外。
「しかし……儂の立場から言わせていただきますとのう…あれはあまり手元に置いておきたくないタイプですぞ?」
確かに腕は立つのだろうが、あまりに粗暴にすぎるという評価。会って1日もせずにそう判断できるのだから相当だ。
それにはティアも少し困ったように眉尻を下げるが、しかしそこに後悔の念はない。
「えぇ、それは承知の上です。しかし、今のままでは近い将来、この場所を守ることができなくなる」
「この場所を、ですか。ふぅむ、まぁそのとおりではありますがの」
「やはり爺は反対ですか?」
ブラホーンの見つめる窓の外では、カザルとカヤが何やら言い争っているのが見えた。
自由気ままで唯我独尊の化身のようなカザルだが、彼の言ういい女に対してはある程度自制が聞いているようにも見える。
先日の野盗の1件の話を聞くにしても、純粋に粗暴というわけでもないのだろう。
「カヤが良いストッパーとなっておるようだし、今の所は様子見ということでも問題ないかと思いますの」
少なくとも今のところは、だ。今回の野盗討伐の件は良い試金石になるやもしれないと。
「現場での対応についてはお嬢様にお任せいたしますぞ。上手く操って見せてくだされ」
「す、少し自信がありませんが…なんとかしてみせます」
「ほっほっ、まぁ無理はせんことですぞ。命あっての物種というものですからの」
「えぇ、それは良く……良く理解しています」
「…ふむ、余計なお世話でしたかの」
「いえ、感謝します。爺」
そう言って小さく頭を下げると、徐々に小さくなっていくカザルとカヤの声だけがあたりを包んだ。
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