4章 導火線 02
ギィと立て付けの悪い木戸を開けると、中には予想外に多くの人がたむろしていた。
とはいえ、活気があるとは言い難い、どんよりとした空気が酒場全体を包んでいる。
店の奥にあるテーブルへと歩みを進めると、周りからは胡乱な視線が突き刺さるのがよく分かる。
普段は工場で働く職人が賑やかに飯を食う場所なのだろう。よそ者である四人が珍しいということもあるのだろうが、今はそれ以上によそ者に対する嫌悪感が強いのだろうと予想する。
なんとはなしに店内を見渡すと、客の多くは明らかに古いと思われるパンをちびちび齧る客がごくわずかいるだけで、他は酒をかっくらっているようだ。
中にはでろでろに酔っているのか、テーブルに突っ伏したまま動かない客も見受けられた。
四人がテーブルにつくと、給仕のお姉さんがやってきた。
「いらっしゃい」
「うむ、一番いい食事を頼む」
開口一番、カザルがとんでもないことを言い出す。
「バカッスか!そんな金無いッス。一番安いので良いッス」
勿論それを許すわけもなく、タチアナが慌てて訂正する。
カザルは一瞬不満げな顔をするものの、フン、と鼻で息をすると椅子に深く座り直した。
どうやらそれで我慢するらしい。
そんな二人のやり取りを見つつ、小さくため息をついて給仕のお姉さんが口を開く。
「悪いけど、食事は出せないよ」
恐らく、普段は看板娘として店の売上に多大なる貢献をしているであろう彼女だが、今は疲れを隠しきれない顔でその魅力も半減だ。
「どういう事ッスか?」
「あんたたち来たばっかりかい?今は街全体が食糧不足でね。よそ者に出せる余裕は無いんだよ。酒ならあるけどね」
そこで思った以上に客が入っている事に合点がいく。
小麦は保存もきくが主食たる故に消費量も多い。供給が滞れば早い段階で不足するのは道理だ。
ただ、酒に関しては保存もきくし、嗜好品故に消費量も少ない。まだいくばくかの余裕はあるのだろう。場合によっては小麦で腹をふくらませるよりも酒で埋めたほうが安上がりなのかもしれない。
「ちなみに、酒は一杯、大銅貨二枚だよ」
「大銅貨二枚!?」
酒の相場というのはどこに行っても大体決まっているもので、多くは小銅貨4,5枚といったところ。小銅貨一〇枚で大銅貨、大銅貨一〇枚で小銀貨…となることを考えると、凡そ4,5倍ということだ。ロンベルが驚きの声を上げるのも致し方ないところだ。
「いくらなんでも高すぎじゃねぇ?」
ロンベルの非難の声もどこ吹く風か、疲れた顔のままやる気が無さそうに答える。
「いやならいいのさ。けど、今じゃどこ行ってもこんなもんだと思うけどねぇ」
店内に散見される酔いつぶれている客を見ればそこまで余裕があるようには見えない。
そもそも、4,5倍という価格であれば酒ではなくパンを買うだろう。
よそ者価格というのはどこに行ってもあるものだが、流石に4,5倍というのはカザル達の予想を上回っていた。
ジロジロと給仕の女性を見ていたカザルを除いた3人が顔を見合わせると、仕方ないとばかりに揃って肩をすくめた。
「しょうがないッスね…。それでいいから4人分―」
そうタチアナが言いかけた時、バン、と大きな音を上げ入り口のドアが開かれた。
「よーうフレアちゃんよぉ。来てやったぜぇ」
そう如何にも品の無さそうな口調で一人の男が入ってくると、ゾロゾロと7人の男が続いて入店してくる。
その姿を見ると、給仕はあからさまにが顔をしかめた。
「別に頼んじゃいないんだけど」
「そぅ言うなよフレアちゃん。俺ら街を守ってやってんだぞ?ちっとは歓迎してくれてもいいんじゃねぇかなぁ?」
安物ではあるが統一された防具に身を包む一行がニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべ、男共がフレアと呼ばれた給仕の近くへとやってきた。
「そう言うなら野盗の1つや2つさっさと退治してくれないかい」
「俺らも頑張ってんだぜ、これでもよ。でもなぁ、中々尻尾を出さないんだよなぁこれが」
そう言って肩をすくめると、取り巻き連中もゲラゲラと品の悪い笑い声を上げる。
「だからよぉ、俺らがちゃぁんと野盗退治出来るように、美味い飯でも出してくれよ」
男がニヤけた顔のまま馴れ馴れしく給仕の肩に手を回すと、心底嫌そうな顔で給仕がその腕を振り払った。
「ハン、野盗の1つも退治出来ないような能無しに出す食事は無いよ。帰んな」
「んだとテメェ!」
今までのニヤけた顔はどこへやら。一瞬で顔を真っ赤にする。
確かに給仕の言葉の火力も大したものだが、それにしても沸騰が早すぎるだろう、と恐らくこの場にいる誰もが思ったことだろう。
だが、それを口に出来る者は居ない。
「少しばかり美人だからっていい気になりやがってこのアバァァァ」
瞬間沸騰した男が給仕の胸ぐらを掴もうとした瞬間、男の体はふわりと浮き上がり、床に大の字で落下した。完全に目を回しているようで、ピクリともしない。見れば顎の下が大きく腫れ上がっているようだ。
「ふん、やかましいわ」
口に出来るものは居ないが、手を出せるものは居たようだ。給仕の近くに座っていたカザルが大きく右腕を振り上げていた。
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