4章 導火線 03
「な、た、隊長!貴様よくもやりやがったな!」
あまりに突然の出来事に硬直していた取り巻き連中の一部がようやく状況を理解したらしく、カザルへと掴みかかろうとした、が、
「ふん」
勢いよく立ち上がったカザルの頭突きが顔面に直撃し、ふらりとよろけたところにテンプルへの一撃でふっ飛ばされ、カウンターに強く叩きつけられた。生きているか疑問になるほどに大きくバウンドするとゴロゴロと床に転がる。
ピクピクと痙攣しているので生きてはいそうだ。
「このやろう!」
他の面々も慌てて動きだし、カザル達のテーブルを取り囲むと各々が履く剣へと手を伸ばす。
「全く仕方ないッスね」
いち早く動き出したのはタチアナだ。
彼女の正面にいる相手へと低い軌道で跳躍すると、抜刀しようとしていた腕へと飛び蹴りを放つ。
強制的に納刀された形の相手は片手を柄に、片手を鞘にかけている状態で、完全に無防備。
続けて繰り出された頭部へとハイキックに反応することすら出来ずに直撃を受け、やはり床に転がる事になった。
「あまり騒ぎは起こしたくなかったのですがね」
そういうエドワードは抜刀し切りかかってきた相手の腕を取り、軽く捻りこむと体制を崩した相手はいともたやすく床に転がる。ついで、とばかりにその頭を軽く蹴り飛ばすと、こちらもあっけなく意識を手放した。
隊長と呼ばれた男も含め8人だった集団は瞬く間に半分へと減らされ、何が起こっているのかを理解出来ない様子で動けなくなってしまった。
が、その中でも一人だけ、こっそりと給仕へと向かっている男がいた。
給仕を人質にしようとでもいうのか、剣を持たぬ空いた左手を給仕へと伸ばそうとしたところで、足がピタリと止まってしまう。
「おっと、女性に手を出そうってのは見逃せないねぇ」
そう言うロンベルはその右手にマナを収束させていた。
前に出られなくなった相手が慌てたように足元を見れば、そこには自分の足が凍りつき、床に張り付いている事が目に留まる。
これで残り3人。
人数的にも不利になってしまった相手が手を出せずにジリジリと後退する中で、隊長と呼ばれていた男が意識を取り戻していた。
「ぐ、い、ってぇなくそ…何がおきてやがる」
まだクラクラする頭で視線を巡らせると、そこに入るのは惨憺たる有様。状況を理解するのに時間はそう長くは必要なかったようだ。
「てめぇら、よくもヤリやがったな。俺らを誰だと思ってやがるんだ」
近くにいた一人に肩を借りながら立ち上がるとそう悪態を付く。この状況ではもはや勝てる見込みもない、ともなれば出来ることは唯一つ。
威を借りる。
「ふん、知らんな」
が、そんなもの全く関係ないのがこの男だ。
背に担いだ巨大な剣へと手を伸ばすと、その剣を改めて視界に入れた隊長が唐突に慌てだした。
「な、その剣、お前、まさか」
「あん?」
なんのことかさっぱりわからん、と言った様子のカザルが気の抜ける声を上げるとほぼ同時、
「良いかてめぇら!このままじゃ済まさねぇからな!」
そう声を上げ、隊長と呼ばれた男がヨロヨロした足取りで店から出ていく。
その姿に取り巻き連中も慌てて剣を収め、床に転がる男どもを担ぎながら店から出ていった。
「……なんだ?」
「さぁ、なんなんスかね」
意味深な言葉を残していった相手にカザルもタチアナもなんとも消化不良な感覚を覚える。
ともあれ、あの状況であれば引くしか選択肢はないだろう。
相手の台詞はともかく、行動としては至極当たり前の行動ではある。そう思い、タチアナも深く追求するつもりは無いようだ。
「あんたら…やってくれたねぇ。まぁ助かったけどさ」
そう口に出すのは、先程の給仕だ。
「ふん、いい女に手を出すのは死罪だ死罪」
「ははっ、いい女ってのはアタシの事かい?お世辞はありがたく受け取っとくよ」
奇跡的にも椅子やテーブルに損傷はなく、ほっとした様子の給仕が倒れた椅子を戻していく。
「それよりもあんたら、さっさと街を出たほうが良いよ」
「どうしてッスか?」
「あいつら、ウルスキアの正規兵なのさ。ダッカスの守護って名目でやりたい放題してるクソ野郎だけどね」
そう口にしながら手早く椅子を元に戻すと諍いの痕跡は綺麗さっぱり消え去る。
唯一、ロンベルが床ごと足を凍結さっせた場所だけ溶けた氷で水たまりが出来ており、あーあーと小さく小言を言いつつどこからともなく持ち出したモップを片手に掃除を始めた。
おそらくは酔いつぶれた連中の置き土産も頻繁にあるのだろう。ゴシゴシ擦る仕草も手慣れたものだ。
「そうは行かないッス。わたし達はまだやることがあるッスから」
「やることって、こんな街で何を…ん?ちょっと待ちな」
興味無さそうにゴシゴシとモップを動かしながらおざなりな返事をしていた給仕だが、不意に手を止めるとジッとタチアナを覗き込む様に眺めた。
「な、なんスか?」
給仕の視線に思わずタジッと後ずさりするタチアナを追い込むように更に距離を詰めると、ふーん?と小さく首をかしげてみせた。
「あんた、もしかしてタチアナかい?」
給仕の言葉にぎょっとした顔を浮かべたのはタチアナはもとより、エドワードのロンベルもだ。
カザルはいつもどおり飄々とした顔のままだが。
「な、なんで知ってるんスか?」
ここで素直にそう答えてしまうのは、タチアナの経験の無さからであろう。
自らの素性を一方的に知られているという状況は、本来警戒すべき状況なのだが、その瞬時の判断がまだ遅い。
タチアナの返答に思わずエドワードは腰の剣へと手が伸びてしまうが、それをやんわりと抑えたのはロンベルだ。
「えー仮にこいつがタチアナだとして、あんたはなんでそう思ったんだ?」
あえて自分の上司をこいつ呼ぶ。タチアナ本来の素性をまだ誤魔化せる可能性があるとして。
「なんでってそりゃあんた…あぁ、そうさね、こんなところで話す事じゃぁないね」
ロンベルの問に、自らが話しながら何かに合点がいったようだ。
言葉を途中で区切ると、状況を理解出来ていないであろう目の前の子猫に顔を近づけ、
「夜、翡翠通りの7番目にある道具屋に来ておくれ。そうしたら店主にこう言うんだ」
そう、そっと耳打ちするのだった。
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