4章 導火線 04

 翡翠通り。

 文字通り城門から中央に長く伸びるメインストリートである中央通りから2つほど脇道にそれた通りはそう名がついている。

 鉱山の採掘とその加工で成り立っているダッカスは通りにも鉱石の名がつけられているようだ。

 通り毎にある程度業種が固まっているようで、この翡翠通りは旅人向けの道具や日用品などの雑貨類を扱う店が多く連ねているようだ。

 あまり夜に営業しているような業種ではないが、それでも普段であれば多少なりとも人通りがあるのだろう。今では明かりの灯っていないものの、照明用魔道具が店先にぶら下げてある店舗が多数目につく。

 タチアナ達4人は給仕に言われるがまま夜を待ち、その翡翠通りを歩いていた。

 通りを歩く人影は4人以外に無く、魔道具の明かりも無いため真っ暗、といっても過言ではない。

 人の声も無く、ただ8つの足が地を踏みしめる足音と、そして定期的に鳴り響く蛙の鳴き声のようなそれだけだ。

 ちなみにあの給仕はといえば、タチアナに耳打ちした後何事もなかったかのように仕事へと戻っていき、案の定、とでもいうべきか、4人は見事に食いっぱぐれていた。

 どうやら蛙は4人の腹の中に巣食っているようだ。


「しかし隊長、本当に行くのですか?」


 そう口にする蛙1号はエドワード。


「エド、今は隊長じゃないッス」

「失礼…いや、すまん。で、何故大丈夫だと思うんだ?」


 どうにも砕けた口調で話すのが苦手なのか、今ひとつぎこちない会話のエドワードが眉をひそめながらタチアナに問いかける。


「うーん、勘ッスかね」


 対するタチアナは顎に手を当て小首をかしげると、なんとも曖昧な返事で答えた。


「それで大丈夫なので…なのか?」

「大丈夫じゃないかねぇ。あの場面で俺らを嵌める意味がないし」


 そうタチアナに代わって答えたのはロンベルだ。


「そう、か」


 ロンベルの言葉に少し引っかかりを覚えたものの、タチアナの答えだけでは不安を消しきれなかったエドワードも一応は納得した様子を見えせた。

 決してタチアナが頼りにならないというわけではないが、如何せん経験が足りない。

 その点はエドワードに限らず、タチアナ本人も自覚しているだけに、3人の中でも最年長でありそれなりの経験を積んでいるロンベルの意見は貴重だ。

 特に彼は年齢以上に様々な経験を積んでいるようで、詳しいことはタチアナもエドワードも知らないが、色々と苦労したという話は聞きかじっている。


「それに、だ。多分、俺らが欲しい情報が手に入ると思うぞ」


 実際のところ領主の娘であるサリアと接触出来ていない現状では、少々前に物資を運んできてくれたサリアから聞いたという情報しか持っていない。

 その時点ですら武装蜂起への懸念があったというのだから、今現在どうなっているのか想像には難くないが、それだけに現状を正確に把握しておく必要がある。


「それは…」

「さて、おしゃべりはお終いだぞ」


 ロンベルの言葉にエドワードが続けようとするが、それを静止したのはカザル。

 4人の目の前には、あの給仕が伝えていた道具屋が見える。

 他の店の例に違わず、店先に照明用の魔道具がぶら下げられているものの、そこに光を感じる事はない。ただ、他の店と唯一違う点は、入り口の戸の隙間から僅かに光が漏れていることだろう。

 先頭に立つタチアナが一度3人へと視線を向けると、小さく息を吐きその明かりの漏れる戸へと手を伸ばした。

 ぎぃ、と年季の入った音を上げる戸を押し開くと、カウンターの奥で俯きながら作業していた男性がチラリと視線のみを向ける。

 扉を開いたのがタチアナだと認識すると顔をあげ口を開こうと一息吸ったところで、あとからゾロゾロと男3人が入ってきたため、その一息はため息となって吐き出された。


「よそ者に売るものはねぇぞ。帰んな」


 そう吐き捨てるように言うと再び顔を落として作業を始めた。カウンターの前からタチアナが覗き込むと、どうやら何かの魔道具を修理しているようだ。

 カザルがつまらなそうに店内を見回している。棚に収められているのは8割程が魔道具の類のようで、残りの2割は何かしらの工具のようなものだ。恐らくは魔道具の修理に使用するものなのだろう。

 そんなカザルに釣られるように思わずフラフラと店内を見回ってしまいそうになるのをグッと堪え、タチアナはあの給仕の言っていた事を思い出す。


(えっと…確か…)


『店に入ったらまず、こう言うんだ』


「飼い猫の餌を探しているッス」


 そう告げると、作業していた男性がピタリとその手を止め、タチアナの顔をまじまじと見つめる。


『すると、道具屋のおっちゃんは必ずこう返す』


「……胡桃しかないぞ」


『それを聞いたらすかさずこう返しな』


「山猫は胡桃を食べないッス」


『あとは店のおっちゃんの指示に従って』


「……あっちの扉の奥に棚がある。そっから好きに選びな」


 親指で店の奥にある扉を親指で示しながらぶっきらぼうに告げると、再び作業へと戻る男性。

 ちゃんと話が通じているのか不安になるタチアナだが、給仕からは指示に従えとしか聞いていない故に困惑しながらもそれに従うしかない。他の3人へと視線を向けると、やはりエドワードとロンベルの二人は困惑した表情を浮かべてタチアナを見ていた。唯一、カザルだけはきにせず棚の魔導具を手にとっていたが。

 エドワード、ロンベルの二人へと小さく頷くと、指示された扉を開ける。

 扉の奥は小さな倉庫のようで、ところ狭しと商品が重なっている。中にはガラクタのように思われるものも散乱しているが、表で修理していた事を考えると修理依頼品なのかもしれない。

 部屋の奥には大きめの棚が3つほどならんで設置してあり、奥の棚というのは恐らくこれのことを指しているのだろうと予測する。


「棚……といっても、なんの事なんスかね」

「良くわからんが…とりあえず調べてみるしか」

「多分これだな」


 ペタペタと棚を触りながら眉間にシワを寄せていたロンベルを遮ってカザルが一番手前の棚にてを伸ばす。


「カザル、どういうことっすか?」

「下、ずらした跡がある。……っと」


 そういって軽く棚を押すと商品が満載になっている棚が、予想外に簡単に横にずれた。


「……馬鹿力ッスねぇ」


 呆れた声をあげるタチアナだったが、いざ棚が完全にどかされると興味深そうにカザルの脇からその奥を覗き込む、が、


「……何も無いっスよ」


 そういってカザルを睨めつける。確かに、棚の奥には壁があるだけ。棚の下もただの床があるだけで、それ以外に変わったところは見受けられない。タチアナからの視線に、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らすカザルの横から、今度はロンベルが覗き込んだ。


「いや、これは偽装術式だな。多分これで…」


 そういうと、動かした棚においてあった鑑のようなものを手に取る。

 すると、棚に満載されていたように見えた商品が一瞬で消え去り、更にはただの壁だと思われていた場所に扉が現れた。


「おぉ…これが隠してたんスか」


 ロンベルが手にとった鏡のようなものをしげしげと物珍しそうに覗き込むタチアナ。


「ダッカスの外でマギナギアを隠した偽装術式の応用ってところだな。この棚自体も一種の魔道具みたいなもんだ」

「確かにあれはちょっとやそっとじゃバレないッスからね」


 そう自慢げに語るタチアナの言葉に、カザルは3人と対峙した山岳地帯でのことを思い出す。

 決して広くはない山道であったにも関わらず、エドワードとロンベルの2機は突如として背後から現れている。恐らくは偽装術式を使用していたのだろう、と思い至る。


「さて、無駄話はさておき、行くッスよ」


 そう言って、扉をゆっくりと開けた。

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