4章 導火線 05

 扉の先は梯子の方が良いのではないかというレベルの急勾配な階段が下へと続いていた。明かりは無く、タチアナが手にする小さなランタンだけが暗闇へと落ちていく4人の影をゆらゆらと照らしている。人一人が通れる程度の狭い階段をゆっくりと降りていくと、その到達点にはまたしても扉。

 その隙間からは僅かな光が漏れており、その先に人が居ることを示唆していた。

 先頭をゆくタチアナがゆっくりと扉を開けると、一気に視界が広がる。

 その光自体は決して眩しいものではなかったが、暗闇になれ始めていた4人の瞳には強烈に感じたことだろう。

 暫くして眩しさから脱すると、4人の視界に写ったのは大きな広間だ。

 中央に、どうやって運んできたのか謎に思える巨大な丸テーブル。テーブルにはいくつかの椅子が合わせて用意されており、そこにはすでに数名が着席していた。

 そのうちの一人がこちらに気づくと、ニッと歯を見せて笑いかけてきた。


「よーこそ、我らダッカス解放戦線へ」


 その人物は他でも無い、あの給仕だ。


「フレア。彼女らが言っていた連中か?」


 そう続けたのは中年の如何にも堅物そうな男性だ。半袖の作業着から見える二の腕が筋肉で隆起しているところを見るに、恐らくは鍛冶に精通したものだろう。じろりとタチアナを睨めつけると、その眼光にタチアナが僅かにたじろいだ。


「あぁ、このちっこいのが例のタチアナさね。あとは…えーっと、なんだっけか」

「え…と」


 今の状況についていけないタチアナが戸惑っていると、先の男性が殊更不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「フン、最近の若いモンは自己紹介すらできんのか」

「あ、えと、た、タチアナ・タラスクッス」

「フン、貴様の事はすでに聞いておるわ」

「あぁ、えぇっと…」


 突然の猛攻にタチアナがワタワタしていると、そこにまた1つ声が混じってくる。


「もう親父、そんな圧をかけなくてもいいじゃないのサ。これだから取っつきづらいって言われるんだぞ」


 その声は不機嫌そうに鼻を鳴らす男性の隣から。4人がほぼ同時…いや、カザルだけはすでにそちらへと視線を向けていたようだが、視線を向けると、そこには金髪を乱雑なショートカットにした女性が座っていた。


「人に名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのサ。全く」


 腰に手を当てて豊満な胸を張ると、親父、と呼ばれた男性はスイッと視線をそらす。


「まずはアタシから名乗らせてもらうよ。アタシはベルベッタ。ベルベッタ・グルー。で、こっちの無愛想なのがアレグレー・グルー。アタシの親父サ」

「魔導技師をやっとる、アレグレーだ」


 不機嫌そうな声には僅かに居心地の悪さを感じているかのような端切れのなさが紛れており、それがタチアナを立ち直させるきっかけにもなった。


「えっと、私…はいいか、えと、こっちがエドワード・ブルスベル。こっちはロンベル・リッテンシュタイン。で、最後にカザルッス」


 タチアナの紹介に合わせてエドワードのロンベルの二人が頭を下げる。

 ちなみにカザルはといえば全く気にもとめずじーっとベルベッタへと視線を向けていた。

 その視線に気づいているのか居ないのか、アレグレーがジロリとカザルへと視線を向けた。


「カザル……偽名か?」


 アレグレーがそう疑問を持つのも当然のことだ。

 遥か昔であれば姓を持たない者も珍しくはなかったようだが、今の時代で姓を持たない者というのはごく少数だ。はるか東の砂漠に住む民であれば姓を持たず、誰それの子、と名乗る事はあるようだが、カザルの容姿は少なくとも東の民ではないことは明らかだ。

 となれば、姓を名乗らないのは本名を知られたくない人物と考えるのはおかしくない。

 その問にはタチアナも困ったように眉尻を下げる。


「いや、姓は無い……みたいッス」

「本当か?今どき姓が無いとは聞いたことがない。信用ならんな」

「う、ま、まぁそれはそうなんスけど……姫様が信用しているッスから」


 視線を反らしながら頬を掻くタチアナがポツリとそう呟くと、その言葉はアレグレーら3人を即座に動かすのに十分過ぎる程だった。


「姫様だと!それはネイフェルティア様か!生きておられるのか!?」


 ドン、と強くテーブルへと叩きつけるように手を置きその勢いのまま体ごと乗り出してアレグレーが叫ぶように問いかける。

 あまりの勢いと、自分の発言にハッとした様子でタチアナが口をつむぐと、その後ろではロンベルがやれやれと言った風に肩をすくませていた。


「全く、うちの隊長は迂闊だねぇ」

「それをサポートするのが我々の役目だろう。ロンベル、お前が止めるべきだったと思うぞ」

「やだなぁ、責任転嫁はしないで欲しいんだが…まぁ仕方ない」


 悔しそうに口を尖らせているタチアナの肩をポンと叩くと、ロンベルはタチアナの1歩前へと歩み出て口を開く。


「俺らの事はまぁ大体分かってそうだけど、もう隠し事は無しにしましょう。こちらの事はすべて話す、が、その前になんで俺らの事を知っているのか、それを話してもらえると助かるんだが?」


 その申し出にフレア、ベルベッタ、アレグレーの3人が視線を合わせると代表するようにフレアが口を開く…直前


「その話は私からしましょう」


 3人の奥の扉がゆっくりと開き、プラチナに近い透き通るようなブロンドの長い髪が闇の奥から流れ出ると、まだ僅かに幼さを残した女性が遅れて、部屋を照らすランプの下へと歩み出た。


「久しぶり…でもないですね。タチアナ」

「サリアさん!」

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