3章 山猫とティアラ 15

 ずずっ、と、ブラホーンが茶をすする音のみが場を支配する。

 ブラホーンがカップを下ろす音に合わせるように、カヤがやや大きめの声で


「まぁ、しかし」


 と話を続ける。


「よく1年も潜伏できたな」

「ダッカス領主の娘さん、サリアさんがこっそり、定期的にわたし達に物資を分けてくれてたッス。といっても十分じゃなかったスから、野盗狩りしたり商隊の護衛したりッスね」

「そうか……捕まえた野盗の言っていた、邪魔をされた、というのはそういうことか」

「潜伏生活は中々大変でしたっすけど、それも無駄ではなかったッス。こうして参戦することができたっスからね!」


 うつむき加減で話していたタチアナだったが、グッと拳を握りしめ顔を上げた。


「参戦?」


 一転して喜びとも採れる表情を浮かべたタチアナの一言に、カヤは怪訝そうな顔を向ける。


「違うッスか?」


 自分の思っていたものとは全く違う反応が帰ってきた事にキョトンとした顔でタチアナが続ける。


「こうして拠点を構えて戦力を整えてるッスから、てっきり祖国奪還に向けた準備をされているのかと思ってたッスけど」

「それは……」


 言葉を濁しながら、カヤは思わずティアへと視線を向けてしまう。その視線を受け、ティアは困ったように眉を下げた。

 その表情を見て、カヤもしまったと言わんばかりに慌てて視線をそらす。

 まるでティアにその弁明を促すかのような行為に自ら嫌悪する。


「なぁ、ところで」


 カヤ達の反応に理解が追いついていない様子のタチアナを尻目に、真面目な顔でその様子を眺めていたカザルがおもむろに口を開いた。


「ん、カザル、どうした」


 今のこの会話の流れを断ち切るように話しだしたカザルに助かった、とばかりにカヤがいち早く反応する。

 それは半ば、自分のうかつな行動を誤魔化すかのようだったが、カヤ本人もそれには気づいてはいなかった。


「結局、ティアちゃん達は何者なんだ?」

「えっ!知らずに協力してたッスか!?」


 声を上げるタチアナは驚き7割、呆れ3割といったところだろうか。

 彼女にしてみれば、ティアのことが分からない事の方が分からない、とでも言いたそうだ。

 そんなタチアナの反応に、多くの人であれば知らない方が恥ずかしいことなのかと色々と弁明を初めてしまいそうなものだが、当のカザルはといえば、ニヤリとした笑みをタチアナに向けて浮かべた。


「俺様にとってはティアちゃんがいい女であること以上の理由など無いからな」

「うわー、やっぱりバカっすねこいつ」

「フハハハ、惚れ惚れするだろう」

「惚れ惚れしないッスよー。バーカバーカ」

「フハハ、そういうノリの良さは好ましいぞ。やはり俺様の女にならんか?」

「そういうのはまだお断りッス」


 キャッキャと騒ぐ二人を尻目に先程以上にカヤが困った表情を浮かべている。

 当初は単なる色欲バカだと思っていたカザルも、思った以上に鋭い思考を持つということは短い期間ながら共に行動していて感じていた。

 単なる村の自警団、そんな話がずっと通じる相手ではないのだろうと。だが、今この場で明かす必要はあるのか?

 そう考えているうちに、自然と口を開いていた。


「貴様が知る必要はない」


 先程、ティアへと取ってしまった行為への罪悪感がそうさせたのだろうか。

 もしくは、これ以上ティアに負担がかかるような事はしてはならない、そう無意識のうちに判断していたのかもしれない。

 突き放すように言い放った言葉に、言い争っていたタチアナも、そしてカザルも一瞬動きが止まる。

 言葉を放った本人でも思っていない程に冷徹な声色だったそれに加え、時が止まったかのような静寂に慌てたのはカヤ本人だ。


「あ、いや、その、だな」


 なんとか取り繕うと口を開くが出てくるのは言葉にならないそれのみ。

 そんな彼女に助け舟を出したのは、ティアだった。


「カヤ、良いのです」

「しかし」

「良いのです」


 穏やかでありながら、しっかりとした意思を持ったその言葉にカヤも二の句を告げることが出来ない。


「これまで協力していただいたカザルさんにこれ以上偽るのも失礼です」


 そうきっぱりと言い放つとブラホーンに視線を向ける。

 そのブラホーンは、仕方ありませんのぉ、とでも言いたげにゆっくりと首肯する。

 カヤはそれで良いのかと、そう悩んでいる様子が見て取れるものの一度主人の決めたことを否定するつもりは無い様子で口を噤んでいる。


「カザルさん」

「おう」


 彼女は胸に手を当て大きく息を吸うと、ゆっくりをその瞼を上げて、真っ直ぐにカザルを見つめる。


「私の名はネイフェルティア・グレゴリー・トゥール・ルイン。ルイン王国国王、グレゴリー5世の長女です」

「ふーん」


 対するカザルはテーブルに頬杖を付きながら、おそらくカヤが予想していたであろう反応とはほぼ真逆といっていい程の無関心な返答を返した。


「ふーん、とはなんだ貴様!姫様がどれだけの覚悟を持って伝えたのか分からんのか!」

「そうは言ってもなぁ。概ね予想通りだったしなぁ」

「なっ!」

「新型のマギナギア乗り回してる従者付きだぞ?そりゃ相応の立場だろう。まぁ、王女様ってのはちょっと予想以上ではあったが、今じゃただのいい女だしな」


 そう言って頬杖をついていない方の肩をすくませると、今までのカザルの反応に声を荒げていたカヤが、すっと目を細め、低く、静かに声を発した。


「どういう意味だ」

「ルインとかもう無いだろ?」


 ダン!とテーブルに両手を叩きつけ椅子を倒しながらカヤが立ち上がる。


「違う!姫様がいらっしゃる限り、ルイン王国は滅んではいない!」

「精神論じゃ国は成立しないぞ。それともこのちっさい村がルインだとでもいうのか?」

「我が国を侮辱するなら許さんぞ!」


 何事も無いように答えるカザルに詰め寄り、その胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたところで


「カヤ」


 その一言は、さほど大きく無いにもかかわらず、喧騒を切り裂くように部屋へと響き渡り、カヤの動きをピタリと止めた。


「カヤ、良いのです。座ってください」


 胸ぐらを掴みかけた右手をギュッと一度握りしめると、行き場のない感情を逃がすかのように、大きく下へと振り下ろす。倒した椅子をやや乱暴にもとに戻すとカザルへ背を向ける様に座った。


「カザルさんの言う通り、事実上ルイン王国という国は滅びました。私も今は王族ではなく、なんの力も持たないただの女性です」

「姫様……」


 ティアの諦めにも似た言葉にカヤはくしゃりと顔を歪める。彼女とて、理解はしているのだ。

 それを自らの主に指摘されれば、何も言うことができずうつむくしか無い。


「ふん、まぁ、さっきも言った通り、俺様はティアちゃんが何者であっても関係無いぞ」

「ありがとうございます」


 ぶっきらぼうに答えるカザルに苦笑するティア。それはおそらく、不器用な謝罪にも近いのだろうと、そう捉えて。

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