3章 山猫とティアラ 14

「本当に申し訳ありませんでしたッス!」


 何度目となるか、もはや数えるのも面倒くさくなる程の回数、その言葉を聞いただろうか。

ティアの屋敷のダイニングテーブルの前で90度に頭を下げる彼女に、こちらも何度目となるか分からない返答を、正面に座ったティアが困った顔で告げる。


「お互い怪我もありませんでしたし、もういいのですよ」

「そうは行かないッス。いっそ一思いに処刑してもらった方が」

「いい加減、話が進まなくなるからその辺にしておけ」


 当初は熱病にでも侵されたかのように顔を真っ赤にしていたカヤも、流石にこの拠点に戻ってくるまでの間絶え間なく聞かされた謝罪の言葉に辟易しているようだ。もはや先の行動よりもこの延々と続く謝罪の雨の方がむしろ怒りを買っているといっても良い。


「でも……」

「お嬢様が許すと言っておられるのだ、素直に受け止めておくのがよかろ。それに、あまり拒み続けるというのもまたお嬢様に失礼にあたるでの」

「う、そ、それもそうッスね……深いお心に感謝いたしますッス」


 もう一度大きく頭を下げ、そして戻した顔には多少後ろめたさが残ってはいるものの、眼差しに力が戻っている事が他の面々からも見て取れた。


「えっと……では改めて、ルイン王国陸軍、魔甲化大隊第8小隊長、タチアナ・タラスクっス」

「第8小隊所属エドワード・ブルスベルです」

「えー、同じく、ロンベル・リッケンシュタインです」


 右腕を水平に、握った拳を胸に当てるルイン式敬礼の状態でテーブルの前に3人が立つ。

 右から立つ赤毛をポニーテールでまとめた女性、金髪を切りそろえたいかにも堅物そうな男性、そしてやや崩した敬礼をしている金色の長髪の男性という順に自らの素性を述べた。

 タチアナは自称18歳ということだが、女性の中でもやや小柄な体格と活発さをアピールするかのようなポニーテールのおかげか、見た目の印象はそれよりもやや幼く見える。

 エドワードと名乗った堅物そうな金髪は凡そ20前半といったところだろうか。面影に行くぶんかの幼さがまだ残っているようだ。

 一方ロンベルと名乗った長髪の方はというと、おそらく30中頃。幼さも抜けきり、いい具合に脂が乗り始めた頃合いといったところか。

 3人の中では最年長と思われるが、名乗った順番から考えると階級としては最も低いのだろう。

 テーブルにはティーカップを前ににこやかな笑みを浮かべるティア、先程のやり取り故かやや仏頂面なカヤ、3人それぞれに視線を向けながら顎をさするブラホーン、そして真剣な顔で腕を組みながらタチアナにのみ視線を向けるカザルという面々が席についている。


「ひとまず座ってください」

「失礼しますッス」


 3人の挨拶の後、コクリと小さく頷いたティアが彼女らの近くにある椅子へと座るよう勧めると、片側4人掛けの大きなテーブルのほとんどが埋まる。

全員が席についた事を確認すると、ふむ、と小さく咳払いをしてブラホーンが会話の口火を切った。


「いやはや、それにしても野盗の正体がタチアナとはの。世の中予想できぬことで溢れておりますのぉ」

「それはわたしのセリフッスよ。まさかじっちゃんとまた会えるとは思ってなかったッス」


 そういってヘニャリと笑みを浮かべるタチアナ。


「こちらとしても、ブラホーン殿に孫がいるということも驚きだったのだが……」

「ほっほっ、別段隠していたわけではないがの」


 やれやれ、と頭を振るカヤ。ブラホーンとは短く無い付き合いであるが、お互いに踏み入った事について話した事はなかったように思う。あの日から、そういった話しをゆっくりとできる余裕がなかったのもあるが、逆を言えば今は多少なりとも余裕がでてきているということなのか、と思い至る。


「それで、あなた達は今までどうしていたのだ?」

「わたし達はあの日、父上―大隊長からダッカス防衛の任を受けていた……ッス」


 カヤに話を促されると、年相応の笑みは消え、視線を落としつつ答える。


「それで、ダッカスを守ってる間に王都陥落の報が届いたっス……。その時、領主さんが、ダッカスは降伏するから、身の振り方を考えろ、と言われたっスよ」

「共に降伏するか、最後まで戦うか、それとも逃げるか、だな」


 カヤの言葉にコクリと頷きタチアナが続ける。


「戦うのであれば、もはやダッカスに駐留させるわけには行かない。とも言われたッス」


 領主にしてみれば、内部に反抗の意思があるものを…特にマギナギアを持つものを内包したまま降伏することは出来ないだろう。

 冷たいようだが、領民の安全を考えるのが領主であると思えば、その取った行動は決して非難されるものではない。

 タチアナも、そしてエドワード、ロンベルの二人もそれを理解していた。

 故に、


「で、隊長が取った選択ってのが、ダッカスの外での戦いってわけです」


 抗戦は続けたいが、ダッカスに迷惑をかけるわけにも行かない。そうなれば、当然、取れる選択肢というのは狭くなるものだ。


「余り派手には動けませんので、大したことはできませんでしたが」

「そうか…事情は把握した。しかしダッカスとはな」


 カヤがそうつぶやくと、タチアナの肩がピクリと動き、続けて開きかけた口をつぐむ。


「まぁ正直、王都に迫った状態で今更ウルスキアがダッカスに戦力を割くとは思えなかったですけど」


 そんなタチアナの様子を見かねたのか、ロンベルが殊更軽い口調で答える。

事実、ダッカスはルインにおいて最大の工業都市であり重要拠点ではあるが、最終局面とも言える状態であえて軍を分割してまで取りに行く必要があるかと言われると疑問だ。

 やれやれ、といったふうに肩をすくめるが、そこには侮蔑の意思は見て取れず、どこか諦めにも似た悲壮感さえあった。


「おそらく、隊長を逃がすつもりだったのでしょう」


 隣に座るエドワードがテーブルの上で手を組みながら、淡々と告げる。


「……あのバカ息子も、死ぬ前に少しはまともな事をしたようだの」


 ブラホーンが絞り出すようにつぶやくと、ふむ、と一呼吸しカップへと手を伸ばした。

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