2章 大小の刃 02

(全くおかしなものを拾ったものだ)


 そう、商人は思っていることだろう。

 ルインとザット間での交易は非常に活発だった。主な取引はザットからはこの商人が抱えているマナストーンをはじめ、各種鉱物系や工業品。ルインからはルイン北岸から取れる良質な海産物の干物や塩、広大且つ肥沃な平原から取れる小麦などの農作物、そして夕霧の森から取れる木材、木工品。それらの交易のためにこの石畳の街道も馬車がすれ違わない日が無いほど利用されていた。


 が、1年前のウルスキア侵攻からザットとの取引は減少。更に追い打ちをかけるようにアラスタ領主が変わってからはザットルイン間の交易はほぼ途絶えたと言ってもいい。

 この商人のように、様々な問題を抱えながらも交易を続けているものは少ないだろう。


 そんな商人が旧ルインへと入った直後に拾ったのがこの男だ。

 アラスタへ行きたいということであったので、荷物の隅で良ければという条件のもと、多少の運賃をもらい乗せたのだがなんというか変わった男だ。

 すでに2日ほど寝食をともにしているが、未だにどんな素性なのかサッパリわからない。

 必要最低限だったとはいえ、所持品は旅支度としては申し分ないレベルであったし、野営を決めるとふらりとどこかに行ったと思えば、野うさぎを捕まえて旨いスープを作るなど旅なれている事は確かだ。


 これだけ見ればただの傭兵で文句のつけようも無いのだが、魔道具を使用せずに魔法で火を起こした事には様々な人と出会う機会もある商人ですら驚いた。


 魔道具さえ使えば一般市民であれ魔法を使うことは難しくは無いが、そういった道具なしで魔法を使うには高度な魔導教育が必要になるはずだ。

 そしてそういった教育を受けられるのは非常に少数の貴族のような上位階級のみ。

 その割には言動は荒いし、はっきり言ってしまえば、色々と下品だ。

 まぁ貴族連中がオホホウフフと上品な事しか言わないかと言えばそうではないだろうが、少なくともコレを見て貴族だとは思うまい。

 今でも決して乗り心地が良いとは思えぬ馬車の、しかも荷台で高いびきをかいて寝ているのだから、精神的にも随分と図太い。

 仮にこれがどこかしらの貴族の末席にでも座っているのだとしたら、商人の中での貴族象というものが雪崩を起こしてしまうだろう。


 そんな謎の男を荷台に寝転がしながら、荷馬車はゴトゴトと順調に街道を行き、時刻は昼を過ぎた頃だろうか。

 まっすぐと進む街道の腋に小さな林と若干の小川が流れる場所へとたどり着いた。

 そろそろ本日最初の食事を取るのにも丁度いよい時間だし、馬にも水を与える良い機会だと、舗装された街道から外れ林へと馬車を進めた。

 ちゃんと整備されている街道ならばともかく、何もされていない場所を馬車が通るには流石に揺れが激しく、後ろの荷台でもぞもぞと何かが動き出す音が聞こえる。


「やっと起きたか。そろそろ食事でも取ろうかと思うが、どうだね?」

「んっ―くっあー。あーよく寝た。あー、飯にすんのか」

 マントに包まれたいびきを放つ荷物がのそのそと起き上がると、従者台へと首を伸ばしてきた。

「おー、丁度いい林があるのか」

「あぁ、昨夜のウサギ肉が少し残っていただろう。それで何か作ろうかと思ってね」

「またスープにでもするか?」

「あれは美味かった。またお願いしたい」

「フハハハ、任せておけ」


 そんな他愛のない話をしつつ、馬車が林へと差し掛かった時、荷物だった男が急に声を上げた。


「止まれ!」


 その声にあわてて商人が手綱を引くと、急に引かれた手綱に馬が大きく嘶きを上げる。

 なんだ、と商人が横の男へと視線を向けようする最中、自分たちが入ろうと思っていた林の中から数人の人影が歩み出てきた。

 ゆっくりと近づいてくる薄汚れた服装の男が4人。ニタニタとした笑みを浮かべたその手にはギラリと光るナイフが握られている。


(考えが甘かったか)


 そう商人は後悔する。

 今はルインザット間の交易は壊滅状態であり、自分のような変わり者以外は手を引いている。そんな状況であればこの街道では野盗などもう居ないだろうと高をくくっていた。

 その結果が護衛無しのこの状況だ。


 絶望だ。


 冷や汗をダラダラと流している商人をよそに、リーダー格らしい男が手に持つナイフを弄びながらこう告げる。


「ま、この状況なら分かってんよな?馬車から降りてとっとと逃げるなら手は出さねぇ。俺たちゃウルスキアじゃねぇからなぁ?」


 リーダー各の男の言葉に同調するように、ギャハハと下品な笑いが響き渡る。

 林に入ったところを襲うつもりだったのか、相手との距離はまだそこそこある。

 今から急いで反転すればギリギリ逃げきれるだろうか。

 いや、馬車はそう簡単に反転出来る乗り物ではない。反転する素振りが見られれば相手は即座に飛びかかってくるだろう。もはやこの場を無傷で逃れる術はない。

 すがる思いで隣に首を出していた男へと視線を向けるが、いつの間にかそこに男の姿は無く、慌てて後ろを振り返ると男が馬車から降りるところだった。


「な、た、頼む!あんた一人で旅をしてたくらいだ腕に自信があるんだろう?あいつらをどうにかしてくれ!」


 必死の思いで商人が声を掛ける。今この場で積み荷を奪われたりしたらもはやどうやって生きていくのかわからないのだ。男は面倒くさそうに振り返り


「あー、俺様は別に関係無いからなぁ」


 そうつぶやくと、さっさと馬車から降りてしまった。

 素性のわからぬ男ではあったが、話した限りでは親しみを持てる人柄だと思っていた。

 今のこの場で助けを求めれば、もしかすれば手を貸してくれるのではないかとさえ商人は思っていた。だが、現実はそうは甘くはない。もともと手荷物も少なかった男があえて4倍の敵を相手に大立ち回りする必要など無いのだ。


「なんだなんだ、仲間割れか?つーか、さっさと降りてどっか行けよ?あんまおせーとちょっと手が滑っちまうかもしれねぇぞ」


 なんとも陳腐な脅し文句だが、今や生殺与奪権が相手にあることは間違いない。どうあがいても被害を避けられないのであれば、命だけでもあることに感謝せねばならないか。


「わ、分かった、すぐに降りる。命だけは助けてくれ」


 そう考えた商人が慌てて従者台から降りようとと脚を掛けた時、どこからともかく、その声は聞こえてきた。


「その必要は無いわ!」


 どこからの声かと、商人を含めこの場にいる全員が辺りを見回すと、街道の南側商人が馬車でやってきた方角から何かが近づいてくる。

 それは人のようにも見えるが、明らかにサイズがおかしい。

 その人らしき物はあっという間に距離を縮めると、その姿を野盗へと晒した。


「マ、マ、マギナギアだと!」


 野盗のリーダー格らしき男が慌てた様子で叫び声を上げる。


 マギナギア、そう呼ばれた全長5mはありそうな人型の物体。


 マギナコアと呼ばれる魔道具を搭載し、内部に搭乗した操者のマナで稼働する巨大なフルアーマー。

 これこそが、現代における戦争の主力兵器だ。

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