断章 それぞれの思惑

断章 お使い組

 ガタガタと荷馬車に揺られながら入ったラーンは思ったよりも小さな街だった。

 ミッド川の増水期以外ではダッカスとの交易もあるのだろうが、地理的にはリッテンハルトの最果てだ、然るべきだろうか。

 とはいえ、ダッカス程の立派な城壁はないものの土を盛り固めた土塁が街をぐるりと囲んでおり、西には木製の門も備え付けてある。最低限の防備は備えてあるといったところか。

 街の入り口で食料の買付に向かったベルベッタ達と別れたタチアナとエドワードはフラフラとその辺を歩いていた。


「さて、どうしますか」

「うーん……まずは腹ごしらえッスね!」


 そう告げると意気揚々と酒場を探し始めるタチアナ。

 その姿にどこぞの男の影響を感じざるを得ないエドワードは小さくため息を吐きつつも、タチアナのあとを追う。

 酒場はすぐに見つかった。さほど大きくない街だ、食事処というのも自然と決まってくるのだろう。

 古びた木戸を開けると、丁度昼時ということもあってか、中は既に満席に近い状態だった。


「すまないがカウンターしか空いてない」


 店に入ってきた二人を見るやいなや、そう声を掛けてくる店のマスター。酒場など勝手に来て勝手に座るものだろうに、敢えてそう声を掛けてくる事にマスターの人の良さが見て取れる。

 元より二人だけの客だ、テーブルを要求するまでもないと、エドワードが代表して小さく頷いた。

 カウンター席につきながらさっくりと周りを見渡すと、流石に昼間から酒を流し込む輩は少ないようで、どの席にも概ね料理が並んでいる。

 注文のピークは過ぎているのか、カウンターの奥のマスターもホッと一息ついているようだ。


「さて、何が良いッスかねー」


 そういって使い古された木札を手に取るタチアナ。小さな街の小さな酒場だ、メニューに書かれている料理の種類も正直多くはない。エドワードが覗き込むようにしてタチアナの持つ木札に目を通していると、助け舟を出すかのように、カウンターの奥からぬっと指先が伸びてきた。


「懐を寂しくせずに腹を膨らましたいならこっち。懐を軽くしたいならこっちだ。これはその中間。この辺がうちのオススメだ」

「なるほど。では中間を二つ」

「あいよ」


 大銅貨一枚と小銅貨数枚を渡すといそいそと厨房へと引っ込んでいくマスター。

 一方で、エドワードの注文に若干不満そうな顔をする者が一名。

 ミルド商会の買付資金から幾分か昼飯代を貰っているためそれなりに懐は温かい。

ダッカスを出てからの数日は保存食のみの食事だったのだから、このようなところくらいは、という気持ちも分からないでもないが、食料の買付に向かった面々は持ち帰り用の冷たい飯にせざるを得ないのだ。あまり贅沢をするわけには行かない。

 タチアナとしてもそれは理解しているが故に、口にでかけた言葉をぐっと堪えている。


「あんたら見ない顔だが、どっから来たんだ?」


 唐突に掛けられる問。厨房へと引っ込んでいたはずのマスターがいつの間にやら二人の前に戻ってきており、問の内容と合わせ二重にビクリと体を反応させるを得ない二人。自らを落ち着かせる様にコホン、と小さく咳払いをし、答えたのはエドワード。


「東からだ」

「あぁ……あんたらも国を追われた身か」


 よそ者が来れば必ずそういった質問がされることは想定内だ。上ずりしてしまいそうな声をなんとか抑え、予め決めておいた返答をするとその答えに少々気まずそうに頬を掻くマスター。

 逆に不思議そうな顔をしているのはタチアナとエドワードだ。

 東から来たというだけでは国を追われてきていると断言出来るものではないはずだ。

 何をもってしてそう判断したのか、二人には理解できていなかった。

 そんな二人に、カウンターから身を乗り出して小声で告げるマスター。


「あんた、元軍人だろ?多いんだよ、ウルスキアに併合された後、国にいられなくなった元軍人ってのがさ」

「何故、俺が元軍人だと?」

「足と視線の運びを見れば一目瞭然だ。こんな場所で三十年も働いてるとな、大体の人となりは分かるもんさ」

「今ではしがない護衛だがな」

「あぁ、さっき入ってきたっつーでかい荷馬車はあんたらのか」


 ポツリと溢したマスターの言葉に、タチアナは元よりエドワードですら驚いた表情を浮かべる。

 彼女らが街に入ったのはつい先程のことだ。それを既に知っているということに驚きを隠せない。


「ん?あぁ、小さい街だからな。いつもと違う事があればすぐに話は広まるのさ」


 そういってニカッと歯を見せて笑うマスター。タチアナとエドワードの二人が顔を見合わせると、ハハ、と乾いた笑みが溢れる。


「こりゃ滅多なことはできないッスねぇ」

「あの男と一緒ではなくて正解だった」

「確かに!あの金色の馬鹿でかい剣はそれだけで違和感の塊ッスからね」


 はるか遠くからでもあの剣を担いでいれば誰だか分かる程の違和感を撒き散らすあの男についてひとしきり笑い合うと、トン、と二人の目の前に一枚の皿が置かれた。


「はいよ、お待ち」

「……ただのパン……ッスか?」


 二人の前に出されたのは二人が注文した中間とやらだが、見た目は大きめのパン、といったところ。

 小さな街だ、よそ者に対してぼったくるのも想定はしていたが、ここまでとは思わなかった。

 タチアナがあからさまに肩を落とすと、それを見たマスターがニヤリと笑ってみせる。


「良いから、かぶりついてみな」


 よそ者からぼったくって見せた、というにはあまりに人懐こい笑みを浮かべるマスターに、訝しげな顔をしながら言われた通りパンに齧り付いてみる。

 と、


「ん?んん?」


 まず感じたのはパンとは思えないねっとりとした食感。そして次に舌先に感じる仄かな甘味としっかりとした塩味。齧り付いたままパンを引き離すと、それを拒むようにしてみょーんと伸びる白い物体がパンと口とに橋を掛ける。

 崩落しかけるそれを小さな口が慌てて追いかけ、漸く口に格納すると、ムグムグと暫し。

 プハッ、と熱気を帯びた息を吐き出すと、隣に座るエドワードへと満面の笑みを向けた。


「エド!これめっちゃ旨いッスよ!」


 言うやいなや、再びパンに齧り付くタチアナを尻目に、エドワードも若干恐る恐ると言った様子で同じ様にパンへと齧り付く。


「ん!?」


 その反応は隣で一心不乱に齧り付く彼女とほぼ変わらなく、それを見たマスターが口角を上げた。


「どうだい、跳ねる子鹿亭自慢のチーズ入り包み焼きパンは」

「ただのパンとか言って悪かったッスよ」


 気づけばすでに八割方胃袋に収めたタチアナがすかさず応える。


「中に入っているのは…潰した芋…と刻んだベーコンにたっぷりのチーズ。香草も少し入っているのか?」


 一方のエドワードはパンの中身を探りながら、味わうようにゆっくりと咀嚼している。


「ハハハハ、中身に関しちゃ秘密だ。それよりあんたら、なんか面白そうな事言ってたな。でかい剣がどうとか。詳しく話しちゃくれないか?」


 マスターの言葉にエドワードが一瞬顔を曇らせるが、何かを思いついたのかエドワードが視線を外に向ける。


「ところで、外に連れがいるんだ。これをそいつらに用に持ち帰りで4つと……」


 そういって親指で隣を指し示すと、そこにはエドワードの食いかけを物欲しそうな視線で見つめるのが一人。

 それを見るなり、カハッと吹き出す様に笑い、ペチンと額に手を当てるマスター。


「全く仕方ねぇな!持ち帰りで4つと、一つおまけしてやらぁ」

「ホントッスか!うっはー、嬉しいッス!」

「嬢ちゃんみたいなのは沢山食って肉付き良くしないと嫁の貰い手も無いからな!」

「余計なお世話ッスけど、今日はお世話されてやるッス」

「で、そのでかい剣とかいうのはどんな奴なんだ?」

「あぁ、俺達もたまたま少し一緒になっただけだから詳しい事は分からないが――」



  ※



「パン、旨かったッス!また来るッスよー」

「おーう、楽しみにしてるぜ」


 古びた木戸の向こうに消えていった二人組に手を上げて挨拶すると、ふむ、と一息つけるマスター。

 と、店の隅のテーブル席に座っていた男がスッと立ち上がると、カウンターへと歩みよりマスターに声を掛けた。


「どう思う?」

「不確定な部分もあるが、恐らくはあのお方だ」

「東の街と言っていたな。ドゥエルの事なら向こうの連中が気づかないはずもないだろうが……」

「どちらにせよ連絡はする。我らも、動く頃合いなのかもしれないな」



  ※



 酒場を出たタチアナとエドワードが、持ち帰り用に買った4つのパンを抱えながら街中を歩く。

 食料の買付にはまだ暫く掛かる予定だが、とりあえずこのパンは温かいうちに渡しておきたいところということで買付に向かったはずの商会へと向かっている。

 時折、エドワードの抱えるパンに向けて熱烈な視線が突き刺さるのだが、流石に買付に向かっているミルド商会の3人とベルベッタの分まで手を出すつもりはないのだろう。

 商会までの道のり、何気ない風にしてタチアナが口を開く。


「あんまりいい情報無かったッスねぇ」

「彼の食いつき様から、あいつの事について何か得られるかと思いましたが、肩透かしでしたね」

「向こうもあいつを探してる風だったッスからね」

「悪い意味で、という感じではありませんでしたが……益々分からない男だ」

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アルハザード戦役1390 ーしかして英雄は色を好むー 黒蛙 @kurokawazu

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