5章 戦火への凪 06

 来たばかりの3人は何のことか分からないと言った様子だったが、当のカザルはそのようなことを気にする性格ではない。

 カザルがサリアの侍女へとダッカス周辺の地図を持ってくる様に指示すると一瞬侍女が顔を顰めたが、サリアがそれを宥めるようにして地図を持ってくるよう、改めて命ずる。

 正確な地図というのは軍事機密だ。

 本来であればどこの誰とも分からぬ男においそれと見せるものではない。

 サリアの侍女はそれを理解していたということなんだろう。

 程なくして侍女が大きな地図を持ってくると、それをテーブルの上に広げてみせた。

 それを全員で覗き込むと、うむ、と一息ついた後カザルが話し始める。


「この街の城門は北と東にあるようだが、北門はマギナギアが通れる程の大きさでは無かった。東門はどうだ?」


 そういうと地図上の東門へと指を滑らせる。


「東門はマギナギアの搬出用に拡張した門サ。勿論余裕で通れるサね」

「うむ、ではやはり防衛は東門を重点的にすることになるな」

「マギナギアに乗り込まれるとその時点で終了ッスからね。妥当な線ッス」


 マギナギアに対抗できるのはマギナギアだけ。となれば、万が一城壁内に入られてしまった場合、マギナギア対マギナギアの戦闘が城壁内で行われる事となり、家屋等への被害が尋常では無い。

 つまり、如何にマギナギアを侵入させないかが焦点となる。

 恐らくその点はウルスキア側も理解しているのだろうと予想しての采配だ。

 タチアナも自らもギア乗りである故に、現代の戦闘においてマギナギアがどれほど重要な位置にいるのかを理解しているのだろう。カザルの意見には同意のようだ。

 対するエドワードが今度は北門を指差しながら述べる。


「とはいえ、相手は歩兵も連れてきているでしょう。北門を完全に手薄にするわけには行かない」


 マギナギアが登場した現在、戦闘の主力はマギナギアとなっている事は間違いないが、かといって歩兵が必要無いかと言われればそうではない。

 戦場全てをマギナギアで埋め尽くす程の生産が出来ていない事もあるが、最も重要なのは拠点の制圧だ。

 ウルスキアとしてもダッカスはマギナギア製造の上で重要な生産拠点である。

 できるだけ生産施設は無傷のまま確保したいところだろう。

 そうなれば、勿論歩兵も連れてくるだろうし、それに対応する必要性も出てくる。

 マギナギアの戦闘は東門付近で発生すると考えると、歩兵は巻き添えを食わないよう北門へと集中することだろう。


「どうするんで?」


 エドワードの指摘は最もで、ロンベルもそれへの対応策が気になるところなんだろう。


「ダッカスの戦力はどれくらいあるんだ?」


 その問にはすぐに答えず、代わりにサリアへと質問を投げかけるカザル。


「現在、門兵として動いてる人員が10名程。ウルスキアが進駐してくる前は治安維持を目的とした衛兵が50名程いましたが、今は解体されています」

「そいつらには現場復帰してもらう。弓は使えるのか?」

「一通りの訓練はしているはずです。全員が集まるかはわかりませんが招集しましょう」

「うむ、であれば北門はそいつらとこいつに守ってもらう」

「マギナギアへの牽制ってところですかねぇ」


 相変わらず名前で呼んでもらえないことにうんざりした表情をしつつ、指摘したところで変わる事はないのだろうともはやスルーを決め込む事にしたロンベルが続ける。


「うむ、城壁があるのだ、相手が歩兵だけならばこちらも歩兵だけで問題無いだろうが、マギナギアもいるからな」


 いくら城壁があるとしても歩兵だけではマギナギアは止められない。そうなれば城門などあっという間に破壊されてしまうだろう。


「となると、東門に敵のマギナギアが集中しそうッスけど、カザルは大丈夫なんスか?」


 どちらもマギナギアが控えているとなれば、突破した際に効果が大きい東門に集中するのも当然だろう。タチアナの意見も最もな話だが、一方でカザルは腰に手を当てて高笑いをしていた。


「フハハハ、俺様にかかればウルスキアのマギナギアなど余裕だ」

「その自信、今回ばかりは信じるしかねぇですねぇ」


 やれやれとでも言いたそうにロンベルだが、実際のところ間違いなく戦力は足りていない。言葉通り、カザルの活躍に期待する他無いのも事実だ。


「で、ノーリスクとは言っていたけど私達はどうするッスか?」

「開戦までに間に合えば東門の防衛に加わる。間に合わなかったら背後から突いてもらうぞ」

「あー、なるほど」


 ラーンはダッカスの東に位置しているため、自ずと東門側へと展開している相手の背後を取ることになる。

 だがこれには一つの問題がある。


「そうは言うが、我々が到着するまで貴様だけで東門を防衛することになる。これは明らかなリスクではないか」


 エドワードの指摘したそれが、まさにリスクだ。いくらカザルが手練だとはいえ、多数のマギナギアを相手に防衛するのは無理がある。その点を解消しない事にはノーリスクとは言い難い。


「フハハハ、防衛に参加するのは俺様だけではないのだ」


 自信ありげにそう息巻くカザルに、一同の頭には疑問符が飛び交っていることだろう。

 輸送にマギナギアを割く方針でいる以上、まともな戦力になるのはカザルとロンベルのみのはずだ。

 ロンベルが北門の牽制に入るとすれば、東門で防衛するのはカザルのみになるはずだ、と。


「おいジジイ、昨日鹵獲したマギナギアがあったな?」

「あ、あぁ、奴らが使っていたマギナギア3機を鹵獲してある。おまけに組み立て途中のものも工場に3機ある。急がせれば開戦までには間に合う」


 混乱している中で突如声を掛けられたからか、普段の威圧感はどこへやら、素直に状況を伝えるアレグレー。


「ベルベッタさんに1機回すとしても5機は戦力として数えられるって事ッスか」


 アレグレーの回答にタチアナが口にすると、皆がなるほどと頷く。

 今回の目的は城門の防衛。ともなればマギナギアが5機もあるのであれば戦力としては十分だ。

 だが、その言葉にニヤリを笑みを浮かべ、一同に取って更に衝撃となる言葉がカザルの口から発せられる。


「いや、組み立ては要らん。寧ろ解体しろ」

「……は?」


 その言葉は誰が発したものだろうか。いや、もしかしたら全員が発したものかもしれない。

 あまりに予想外すぎたカザルの発言に一同が硬直してる中、カザルだけが硬直している皆を眺め満足そうに笑みを浮かべている。

 一時の硬直から真っ先に抜け出したのはロンベルだ。


「いやいや旦那、流石にマギナギアを解体するのはどうかと思いますぜ?」

「ロンベルの言う通りだ。折角の戦力を無駄にするは愚策、分からぬ訳ではないだろう?」


 ロンベルの言を受けて怪訝そうな顔をするエドワードが続ける。

 この中では軍歴が比較的長い二人が真っ先に反論するも、その口調は真っ向からの反対というよりも、その先にあるなにかを引き出そうとしているかのようだ。

 これまでの作戦立案が至極全うなものだっただけに、カザルの真意を掴みかねているといったところだろうか。 

 対するカザルはフン、と鼻を鳴らし腕を組む。


「マギナギアでの戦闘経験のあるやつなどおらんだろう。そもそも動かせるのがベルベッタちゃんの他に居るのか?」

「動かすだけなら俺にも出来る」


 カザルの言葉を挑発と受け取ったのか、アレグレーが眉をひそめ語気を強めに答える。

 が、それを否定するのはアレグレーと同じ側の人間だ。


「前に側溝にハマった馬車をマギナギアでどかそうとして粉砕した人の言うセリフじゃ無いサ」

「フン」


 肩をすくませるベルベッタに反論のしようもないのか、むっとした表情のまま視線をそらすアレグレー。其の様子にくすりと小さく笑みを溢しつつ、サリアが問う。


「この街の住民ではマギナギアを駆ったところで足を引っ張る事になる、それはわかりました。しかし、何故解体するのですか?あまり良い想定ではありませんが、どなたかのマギナギアが損傷した場合の予備として確保しておくのも必要だと思いますが」

「馬鹿者、ただでさえ戦力が足りておらんのだ。予備などおいておく余裕はない」


 マギナギアは戦力として考えているが、しかし解体しろという矛盾としか思えないカザルの発言に、一同は尚の事疑問が深まっているようで、あるものは腕を組み、あるものは顎に手を当てながら沈黙を貫く。唯一人を除いて。


「つまり旦那は、マギナギアの部品を使ってなにかをやろうって事ですかぃ」

「フハハ、察しがいいではないか。では俺様の天才的な作戦の肝を教えてやろう」

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