5章 戦火への凪 05

 キィと僅かな音を立てて、領主の館の会議室にふさわしい重厚な扉を侍女が開く。

 開いた扉から部屋に入るサリアが中を見渡すと、先刻酒場に集まっていた面々が思い思いの椅子に腰掛けているのが目に入った。

 扉の開く音に合わせ一斉に視線がサリアへと向けられるが、気にする様子もなくスタスタと領主が座るべき上座へと歩みを進めると、侍女の引く椅子に堂々と座って見せる。

 それに真っ先に反応したのはフレアだが、サリアが小さく頷くとそれだけで全てを悟ったのか何も言うことなくうなずき返す。

 着席し改めて見渡すとベルベッタの姿が無いことに気づいた。


「ベルベッタは?」


 率直にそう問いかけるとタチアナが手を上げる。


「なんかカザルがアレグレーさんとダニーさんに用があるとかで、ベルベッタさんに呼びに行ってもらってるッス」

「お二人にですか?」


 タチアナの言葉にカザルへと視線を向けると、椅子に浅く腰掛け腕を組みながらニヤリと笑みを浮かべる。


「うむ、俺様の天才的な作戦の為には仕方なく必要なのだ」


 一瞬訝しげな表情を浮かべるサリアだったが、それを肯定するようにコクリと頷く。


「戦いに関しては私よりもそちらの方が詳しいでしょう。必要というのであれば構いません。まずは3人が到着するまでに状況の共有をしておきます」


 そう言うとフレアへと視線を向けるサリア。それに答える様に頷くとフレアが続ける。


「ラーンへの買付についてはミルド商会に頼んできた。やる気満々だったさ」

「ミルド商会ならば妥当でしょう」


 サリアが満足げに報告を受け取るとロンベルがそれに疑問を投げかける。


「そのミルド商会ってのは?」

「ダッカスには大きな商会が3つ程ありますが、ミルド商会は特に食料品の扱いに長けています」

「餅は餅屋って訳ですかぃ」


 交易を行うに当たっては様々な物品が用いられるが、食料には食料の、魔道具には魔道具の適した扱いというものがある。それぞれの商会がお互いに領分をわきまえているからこそ大きな衝突にならずに3つの商会が存在しているという事でもある。


「ミルド商会に関連する事ですが、私からも報告があります」


 納得した様子のロンベルを見、サリアが再び続けると、今度はその隣に座るタチアナから声が上がる。


「酒場で聞いた商人の事ッスか?」

「えぇ。あの商隊は主に食料を運んできていました。ダッカスの全住民へと供給することを考えると十全とはいい難いですが、それでも危機は脱したと言って良いでしょう」


 サリアの報告に一同からざわめきが漏れる。

 現状の問題で最も深刻だったモノが一定とはいえ解消できたのだ、ありがたい事には間違いない。

 が、先程まで馬車3台分の食料を確保するためにあーでもないこーでもないと話を詰めていたのだ、なんとも言えない空気になってしまったのも致し方ないだろう。

 そんな空気を読み取ってか、サリアの話を聞いた全員の代表とでも言うかのようにタチアナが口を開く。


「食料確保出来たならラーンへの買付はどうするんスか?」

「判断の難しいところです」


 そう言うと眉をひそめるサリア。

これはサリアの本心だ。

 こと戦闘に関しては門外漢であるサリアが即座に判断できないのも当然のことだ。

 意見を乞う様にエドワードへと視線を向けると、難しそうな顔をしていた彼が口を開く。


「食料に関しては節約すればより長く持ちこたえる事ができるでしょう。しかし戦力不足はどうあがいても補えません。輸送に関しては取りやめで良いのでは無いでしょうか」


 その意見に最もだ、と頷くサリア。

十全な食料を確保出来ているのかと言われれば否と答えるしかないが、しかし貴重な戦力であるマギナギアを欠く可能性のある作戦というのもリスクが高いのは間違いない。

 軍属であった彼の言う事であれば道理なのだろうと納得しかけるが、それに待ったをかけるのは同僚のロンベルだ。


「とはいえ、こちらの思うように事が運ぶとは言い切れやしません。食料はそれこそ生死に直結する問題になる。できるだけ確保しておいた方が不安は少ないでしょうよ」


 その意見もまた正しいのだろう。

 先日聞かせてもらった彼らの思惑は不確定要素も多い。決着がつくまでに長期に渡る可能性を考慮すれば、食料は多いに越したことはないだろう。


「なら、ベルベッタさんに輸送してもらって、私達は防衛につくのはどうスか?」


 やる、やらないの折衷案といったところだろうか。

 戦力として計上できる者は戦力として考え、そうでない者は輸送に回る。

 妥当な線だろう。

 タチアナの案に賛同しようとサリアが口を開きかけたところで、やはりこの男が口を挟む。


「いや、輸送はそのまま継続だ」


 これまで口を開かなかったカザルが強い意思を込めてそう言い切る。


「でも、ちゃんと防衛するなら戦力はある方が良いっスよ。まさか自分の発案だから却下されるのが嫌とかそんな事じゃ無いッスよね?」


 自分の案に自信を持っていたのか、タチアナが怪訝そうな顔でカザルを覗き込むと、フン、と鼻を鳴らして答える。


「俺様の天才的な作戦があれば俺様とこいつだけで十分に守りきれるのだ」

「カザルの旦那、こいつはねぇですよ」


 名前すら呼んでもらえないことに嫌そうな顔をするロンベル。


「そもそも間に合っても間に合わなくてもノーリスクだ。ならばやる以外にないぞ」


 開戦までに間に合わなかった場合、戦力が欠けた状態で戦わざるを得ない状況になる。

 当然それはリスクのはずだ。

 それをノーリスクと言ってのけるカザルの真意が理解出来ず、一同が首をかしげる。

 それを見たカザルは得意げに笑みを浮かべてみせたところで、キィと扉の開く音が室内に響き渡る。


「二人を連れてきたサ」


 現れたベルベッタの言葉に一同が視線を向けると、その奥にはアレグレーとダニーの姿もある。


「俺らに用事ってな何なんだい?」

「フン、来てやったぞ」


 自分が呼ばれた事に疑問を感じているのかキョロキョロと当たりを見回すダニーと、相変わらずの仏頂面で腕を組むアレグレー。

 サリアの促しでそれぞれが席につくとロンベルが肩をすくませながらカザルへと視線を向けた。


「カザルの旦那、役者が揃ったんだ、勿体ぶらずに説明してくださいよ」

「うむ、では俺様の天才的な作戦について説明してやろう」

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