4章 導火線 07

「あ、でもどうやってそれを伝えるんスか?詳しくはわからないッスけど、わたし達がやったって伝えてもダメだって聞いたッス」


 先日ブラホーンがそう言っていた事はよく覚えているようで、思わずタチアナが口を挟む。

 それに対してはサリアが穏やかな口調で


「喧伝の方法はいくらでもあります。何も真実を伝える必要など無いのですから」


 そう、ニコリと笑みを浮かべて答えた。

 その笑みに、タチアナはゾワリとした悪寒を感じ、ハハ、と引きつった笑みを浮かべた。


「さて、現状は把握できました。今後についても方針が概ね決まりましたね」


 サリアがそう言いながら各々へと視線を向けると、皆が無言のままうつむいた。

 一人を除いて。


「サリアちゃんはこれでいいのか?」


 そう異を唱えたのはこれまで議論に一切口を挟まなかったカザルだ。

 その言葉にピクリと眉を動かし、サリアが視線を向けた。


「カザルさん、でしたか。勿論です。交易が復旧すれば元通りなのですから」

「それでまた、ウルスキアの連中に好き勝手やらせるってことか」

「そうは言っていません。まずはこの状況を打破すべきだと、そう言っているのです」

「それは火の着いた縄の先を遠くに投げるだけになるぞ。縄の先は油の樽に括り付けられてるんだ、遠からず炎が上がる」

「ではどうしろと言うのですか」

「決まってる」


 そういうと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「縄を切ればいい」

「その縄はそう簡単に切れるほど脆いものではありません」


 不敵に笑うカザルに、サリアは明らかな苛立ちを声に乗せている。

 それができれば苦労はないのだとばかりに。

 対するカザルはやはりニヤリと浮かべた笑みは変えず


「サリアちゃんだって気づいてはいるんだろう?その縄を切れるナイフが、今なら手の届くところにあるかもしれないって事に」


 そう、真っ直ぐにサリアを見つめた。

 その瞳に押されたのか、サリアが僅かに視線を落とすと、改めて、カザルへと向き直る。


「そのナイフは、本当に私の手の届くところにあるのでしょうか」

「さぁてな、実際に手を伸ばしてみない事にはわからないな。ただ、今、手を伸ばさなければ永遠にナイフは手に入らん」

「しかし領民に被害が出るような事があれば――」


 やや強い口調でカザルへと反論するサリアの言葉を遮るように、広間に繋がる扉の一つが大きく音を立てて開かれた。


「まずいことになった!あぁサリアさんも居たのか丁度いい聞いてくれあぁ何から話したらいいもんか」


 そうまくしたてる用に言葉を紡ぐのは、カザル達が入ってきた道具屋の店主だ。


「まずは落ち着けバカモンが!」


 慌てた道具屋に一喝したのはアレグレーだ。流石普段から騒音の震源地とも言える工場で働いているだけはある。その声はビリビリと空気を震わせた。


「っ!すまん。……ふぅ、大丈夫だ」


 慌てた様子だった道具屋もその一喝には冷静さを取り戻したようで、左手を胸に当てつつも右手を小さく振り返す。


「ダニーさん、一体何があったのですか?」


 先程まで困惑に染まっていたサリアだったが、その困惑もアレグレーの一喝で吹き飛んだようだ。

 何より、ダニーと呼ばれた道具屋の店主の恐慌ぶりに困惑しているような状況ではないと気持ちが切り替わっていた。


「順を追って説明するが、あまり時間がない。簡潔に話すぞ」


 慌てて駆け下りてきたのだろう、呼吸も乱れてはいたが、大きく深呼吸する事でこちらも落ち着きを取り戻したようだ。


「ウルスキア野郎共が家探しを始めやがった。なんでも昼、酒場に居た奴を探してるとかで」


 その言葉に、4人が顔を見合わせ、3人は思わず苦笑い、一人はその3人を見てフハハと笑っていた。


「なんだ、あんたら知ってるのか?いや、今はいい。その家探しがあまりに強引だったもんだから、若い連中がもうダメだ、抑えきれん」


 ダニーの言葉にサリアは思わず椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がった。


「止められませんか」

「ダメだ、もう遅い。連中すでに広場に集まり始めてる。サリアさんが出ていっても止められるかわからん」


 ダニーからの報告にスッと目を細めるサリア。

 その隣で苦々しい表情を浮かべながら、フレアがポツリとつぶやいた。


「どうやら、ナイフは松明だったみたいだねぇ」

「フン、さっきも言った通り、遅かれ早かれこうなってたわ」


 耳ざとくフレアの独り言を聞きつけたカザルが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 さて、と前置きをし、腕を組みながらサリアへと向き直るカザル。


「縄を投げてる余裕はなくなったようだが?」


 カザルの言葉にこの場に居る全員が一斉にサリアへと視線を向けた。

 顎に手を当て、俯き加減で思考していたサリアが視線を上げると、その瞳に先程まであった困惑の色は一切見えず、決意と呼べる意思がそこにあった。


「これから私達が取るべき選択は――」

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