4章 導火線 08

 ダッカスの北城門から真っ直ぐに伸びるメインストリートの中央には、その名の通り中央広場という大きな広場が存在している。

 中央広場を中心にロータリー式に東西南北へと右が伸びており、東が工場街、西が商業街、そして南に領主館を含む住宅街が広がる。

 平時の昼であれば、それぞれ通りを抜け街を行き交う人々で、広場で休暇を楽しむ人々で、大いに賑わっている場所だ。

 その場所が、夜も更けたこの時間に、大いに賑わっていた。

 平時と違う点と言えば、集まっているのは成人の男性ばかりで女子供は見当たらず、そしてその手に何らかの武器になりえる者を握っているということだろうか。

 魔導ランプと松明の明かりが東西南北からゆらゆらと揺れながら徐々に集まっていく。

集まった光で闇夜でありながら中央広場を明るく照らし出している。

 ざわざわとざわめいたそれらだが、ひときわ大きなざわめきが巻き起こる。


「これはどうしたことですか」


 徐々に大きくなるざわめきの中、凛とした声が響くと、広場の中央に集まった集団の一部が割れ、その間を一人の女性が歩みを進める。


「サリアさん」


 集まった集団の一人がこぼすようにその名を口にすると、ざわめきは一瞬、その姿を潜めた。

 一瞬の静寂の中、ハッとしたようにサリアの近くにいた集団が彼女に詰め寄りながら声を荒げる。


「どうもこうも無い!これ以上あいつらの暴挙に我慢してられるか!」


 声を挙げた男性に賛同するように、再び喧騒が姿を表した。


「何もやってねぇくせに偉そうにしやがって。挙げ句に訳わかんねぇ奴匿ってんじゃねぇかって家のなかぐちゃぐちゃにしやがって、もう我慢できねぇ!」

「あの野郎、俺の作業台をぶっ壊しやがった。一体いくらしたと思ってんだ!」

「俺の妻を殴りやがったんだぞ!許せるか!」


 一度流れ出た文句は堰を切ったように溢れだし、もはや言葉の奔流だ。誰が何を言っているのかすらわからない。

 平常時での工場街にも劣らぬ喧騒の中、サリアはあえて言葉を発さず、その場でじっと彼らの主張を聞いていた。

 次第に、その姿に影響されたのか輪の中心から徐々に喧騒が収まり、気づけば誰もがサリアへと視線を向け、固唾を呑んでいた。


「わかりました」


 言の始まりはその一言から。


「あなた達が行おうとしている事は、今後ダッカスという街に大きな傷跡を残す危険性があります。ダッカス領主の娘として、その行いを見過ごすわけにはまいりません」


 そうきっぱりと言い放つサリアに、様々な思いを含んだ視線とざわめきが集まる。

 それは落胆でもあり、困惑でもあり、怒りでもある。

 最前列にいた男性が怒りの視線を向けながら1歩踏み出し、


「しかし!」


 そう声を荒げると同時、その言葉を引き継ぐようにサリアが力強く拳を振り上げた。


「しかし!そう、しかしです!私、サリア・ボーマンは!領主の娘としてではなく、ダッカスの住民として!彼らの暴挙に対し、黙っていられるものではありません!」


 一瞬の静寂、


「この選択が、行動が、明日のダッカスにどの様な影響を及ぼすのか、想像には難くありません。しかし!今を手に入れられない者に、明日はありません!明日のダッカスを私達の手に取り戻すため、今のダッカスを取り戻すのです!」


 サリアの振り上げた拳に呼応するように、周囲の男達も拳を振り上げ、雄叫びを上げる。

 それはまるで声の爆発。

 闇夜の静寂を覚醒させるかのごとく響き渡る雄叫びは、正にこれまでの憤りを噴出させたものだった。

 男達はゆらりと揺れる明かりに照らされながら、羊の群れの様にゆっくりと北に向かい移動を始める。目標は北城門近くに存在するウルスキア兵の宿舎だ。

 動き出した男達に遅れて歩き出すサリアの横に、すっと一人の男が近づいてくる。


「いやはや、上手いこと言うもんですねぇ」

「詭弁なのは分かっています」


 その男―ロンベル―に視線を向けることなく、正面の男達を苦々しい表情で見つめたままのサリアが答えた。


「あなた達の策が成功しなければ、ダッカスは終わりです。しかし、カザルさんの言う通りこのままでは袋小路に入るのも理解は出来るのです」

「理解は出来るが、納得はしてない、って顔ですねぇ」

「流通の問題さえクリアできれば、もっとやり様はあったのです。これではリスクが高すぎるのですよ。あぁは言いましたが、私は統治する側の人間です。まず考えるべきは領民の安全なのですから」

「そうは言いますがねぇ、こういう手段だって想定していたでしょうよ」


 そういって肩をすくめるロンベルをチラリと一瞥し、何事も無かったかのように再び正面を見据えるサリア。


「なぜそう思いましたか?」

「俺らに支援していたのは、こうした状況になった際の戦力として期待していたからでしょ。でなければ、ともすれば自らが反乱分子だと言われかねない行動をする理由が無い。おや、もしかしたら先日食料を届けてくれた時に蜂起の予兆について話したのも?」

「そこまで強かではありませんよ、私は」

「女ってのはそれだけで強かなもんじゃないですかねぇ」

「買いかぶり過ぎです」

「おっといけない、うちの隊長も女でしたわ」


 常に真っ直ぐで謀り事などとは無縁とも言える無邪気な彼女を思い起こし、思わずクスリと笑みが溢れた。

 と同時、サリアは、正面の集団になって歩む男達の姿しかなかった世界が唐突に音を発し始めたことに気づいた。夜の闇に落ちたダッカスの街を駆け抜ける風の泣き声。隣を歩く男の足音。そしてなによりやかましい程に鳴り響く自らの鼓動。

 そうか、とサリアは思い至る。


(私はこれ程までに緊張していたのですか)


 ロンベルの軽口は本当に他愛もないものだ。緊張を解す、などという大それた事は考えて居なかったのだろう。ただ、その普段と変わらぬであろう軽口に救われたのも確かだ。

 今度はしっかりと、ロンベルへと視線を向ければ、彼は小さく肩をすくめるだけ。


「皮肉なものです」


 なんとは無しに、そう口に出る。

 ロンベルが不思議そうな視線を向けるが、それだけだ。何かを口にすることはない。

 彼のその行動が、何故か今の彼女にとっては心地よいものだった。

 彼の指摘は概ね正解だ。可能な限りこのような状況は避けるよう努めてきたが、万が一の場合の備えとしてタチアナ達の事は考えていた。

 それがこの様な状況になる一因となっているのだが、しかし今となっては頼れる存在であるという矛盾。自らの言葉の通り、もっとやりようはあったとサリアは確信していたが、思う通りにはいかないものなのだと実感した。

 しかも、話を聞けばこうなった切っ掛けは、あのカザルという男の行動だというではないか。

 運命という言葉は好きではないが、運命という言葉を使いたくなる気持ちが今ではよく分かる。

 どれだけ人事をつくしたとしても、運命という川の流れは変えられないのだと、ある種の諦めのようなものを感じていたのだ。

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