4章 導火線 09

 そんな事を考えていると唐突に男達が歩みを止める。


「どうしましたか」

「いや、前の方が止まって――」

「貴様ら!これは一体どうい事だ!」


 集団に合わせるようにサリアとロンベルが立ち止まると、集団の前方から男の怒声が響き渡る。

 その怒号の主は同じ様相の4人とともに、大通りの中央で男達の流れを堰き止めていた。


「街の治安を乱すこの様な行為はウルスキアの法により認められていない!早急に解散しろ!」


 そう言い放つ男はウルスキアの正規兵だ。恐らく家探しをしていた一行が騒ぎを聞き駆けつけた、といったところだろうか。

 彼の言い放つその言葉はあるいは正しいのかもしれない。

 だが、今は正に火に油を注ぐ発言であり、勿論それで解散されるはずもない。

 一瞬で燃え上がった炎は濁流のような怒号となって5人へと降り注ぐ。


「人様の家を踏み荒らすのがウルスキアの法だっつーのか!?」

「てめぇらが治安悪くしてる原因じゃねぇかふざけんな!」

「ここは俺たちの街だ!てめぇらみてぇなウルスキア野郎に好き勝手やられて黙ってられるか!」


 大凡100人は下らないであろう集団が怒声を上げ1歩踏み出すのに対し、ウルスキア兵は5人。

 絶対的とも言える圧力の差に5人のうち一人が思わず後ずさってしまうが、それを感じ取ったのか、中央で声を上げた男が帯刀していた剣を引き抜き高々と掲げてみせる。

 明かりをギラリと反射する暴力の結晶ともいえるそれに、男達の歩みもまた反射する。1歩踏み出した足は半歩後ろへ。


「我々とて無慈悲ではない!今この場で解散するなら良し!でなければ、残念だが処罰せざるを得ない!」


 男の言葉に呼応するように、他の4人も抜剣。

 集まった男達は、なんとかなる、という根拠のない自信があった。恐らくは集団心理というものもあったのだろう。

 しかし、いざこうして目の前に自己の未来を暗示するものが提示されれば、現実というものを否応無しに認識してしまう。

 そして人は、悪い未来を予想できる生き物でもある。

 万が一上手く行かなかった時、自分は、家族は、ダッカスは、どうなってしまうのか。

 そんな想像をしてしまえば、これまでの勢いが途絶えてしまうのも無理はない。

 ジリッとウルスキア兵が1歩を踏み出すと半歩下がった男達がもう半歩、下がる。


「処罰されたくなくば直ちに解散せよ!10数えるまで待つ!それでもこの場に残っているものは法に則り処罰対象とする! 1!2!」


 早いテンポで数え始めたウルスキア兵に、困惑の色が見え始めていた男達の中に、動揺が発生した。

 簡単で楽であり、そして安全な選択肢を選べるならば、人はその魅力に抗う事は難しい。

 10数えるまで、という短い期間の中でそれを選んでしまうことも、致し方ない事だ。

 男達の一人がその魅力に屈し、踵を返そうとしたその時、その声は響き渡った。


「拒否します!」


 その声の主は男達の壁を切り開く様にその場に現れた。

 その姿に、ウルスキア兵達も思わずたじろぎ、中央に立っていた男がポツリとこぼす。


「サリア・ボーマンか」

「思い出しなさい、私達がなんのためにこうしているのか!一時の安寧のためですか?いいえ、違います!明日のダッカスの、家族の、自分のためではないですか!貴方達の志は、自らの保身などという低俗なモノと引き換えに出来るような安いものではないはずです!」


 力強く宣言するサリアの言葉は水面を駆ける風の様に男達へと波紋を広げ、波紋はいつしか高波へと変わる。

 静まり返っていた大通りに岩に打ち付ける高波のような喧騒が戻ってきた。


「志だのなんだのと美化しているが、貴様らの行為は処罰されるべき犯罪で有ることに変わりはない!貴様の発言、解散する意思なしと捉えるがそれでも良いのか!」

「であるならば、何故今すぐに処罰を行わないのですか!理解しているのでしょう?この人数を相手にするのでは自分もただでは済まないと。その様な保身のみを考える者に私達を止められると思わないことです!」

「舐めるなよ小娘!こちらにはマギナギアもあるのだぞ!」


 事実、ダッカスに駐屯しているウルスキアには一個小隊、三機のマギナギアが支給されており、その事はサリアを含めダッカスの住民であれば理知るところだ。

 つまり、決して強がりで言っているわけではない事を理解しているということでもあった。

 しかし、一時の激情で動き出した者は総じて視野が狭くなっているもの。

状況を俯瞰して見ることが出来るサリアでさえそうなのだ、まして一般市民。

今の今までマギナギアという存在が意識の外に出てしまうほど視野が狭くなってしまっているのも致し方ないだろう。

 サリアの登場と言葉に勢いを取り戻した面々だが、マギナギアという存在を意識した事でざわめきはひときわ大きくなり、ともすれば恐慌状態になってもおかしくない。

 そんな様子を見て、ウルスキア兵はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべるが、一方で男達の前に立つサリアは平然とした様子を崩さなかった。


「それで?」

「ふん、強がって見せる度胸は評価しよう。だが強がりだけでは状況は変わらんぞ。俺がこの笛を吹けば直ちにマギナギアが動き出し、貴様らを捕らえ――」


 ドォオオオン

 ウルスキア兵が得意げに笛を取り出した瞬間、その轟音がダッカスの闇の中に大きく響いた。

 音の発生源は東門の近くの様で、何が起こっているのか何となく察したウルスキア兵が動揺した様子で自らの持つ笛へと視線を向けた。


「どうなっている…まだ俺は笛を吹いては…」


 笛、東門方面、そしてサリアと視線を泳がせるウルスキア兵だったが、その動揺をぶち壊すようなのんきな会話が同じく東門方面から響き渡る。


「あーあぁ、扉壊しちゃってどうするんスかぁ。サリアさんに怒られるッスよ?」

「フン、壊れる扉の方が悪いのだ」

「どう考えても壊す方が悪いッスよ。それにしても反応が悪いッスねぇこの機体。こんなので良くあんな動きできたッスね」

「フハハハ、俺様は最強だからな。機体の性能など関係無いのだ!」

「悔しいッスけどそこは素直に褒めてやるっス。あ、報告しないと。サリアさーん、無事マギナギア確保したッスよー」


 タチアナとカザルのどうでもいいような会話に混じって、ウルスキア兵としては信じがたい内容が耳に飛び込んできた。


「ば、馬鹿な……」


 そう呟きながら、泳いでいた視線が恐怖の色を帯び、サリアへと戻る。


「駐機場には何人か控えていたはずだぞ?」


 その視線を受け止めながら、サリアはクスリと笑ってみせた。


「小娘を舐めてもらっては困りますよ?」


 一般的に見て、サリアの容姿は整っているといえるだろう。その彼女の笑みはこの様な状況でなければ、多くの男性を引きつける魅力にあふれていただろう。

 だが、今の彼にとっては、その笑みは決して見惚れるようなものではない。

 背筋に流れる冷たい雫を感じながら、彼は何かに気づいたようにサッと振り返る。

 そしてその背後から、彼を更に恐怖させる言葉が浴びせられた。


「今、このまま北へ抜ければ北門から逃げられる、とそう思いましたね?聡明なウルスキア兵ならばわかっているでしょう?門兵がどこの生まれなのか」


 ゴクリと、喉が鳴った事に彼自身が気づいた。

 そうだ、あの門兵も、ダッカスの住民なのだ。

 マギナギアを奪取する手筈を整えているサリアだ。門兵に声を掛けていないはずがない。

 つまり、北門は開かない。いや、北門だけではない、東門すらもそうなのだ。

 彼らは、自分たちに敵対している多数の男達とマギナギアが存在している、このダッカスという街に監禁されているということだ。

 彼がそれに気づくと、カラン、と笛が石畳を叩く音が甲高く響いた。


「降伏……する」

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