5章 戦火への凪 03
カザルの言葉に、一同がハッと息を呑む音が聞こえるようだ。
一瞬の沈黙。後、顎に手を当てたサリアが絞り出す様に答えた。
「そんなことが……いや……ミッド川に掛かる橋もマギナギアの重量に耐えられるだけの強度はあります……可能性は……ありますね」
サリアの回答は、可。その答えに消沈していた空気が一気に熱を帯びる。
「ダッカスからそのラーンへは普段は何日程掛かるんですかぃ?」
「増水期以外であれば片道3日といったところでしょう」
「浸水地帯を抜けるのに1日掛かるとして片道4日、ですかぃ」
「昨日すでに伝令が出ているとすれば、遅くとも本日の夜にはアラスタへと情報が伝わっているでしょう。出陣の準備を整えるのに2,3日。アラスタからダッカスへは徒士もいると考えると5日…といったところでしょうか。ギリギリですね」
この策自体が実行可能だとして、問題になるのはやはり時間だ。いくら買付出来たとしてもダッカスが包囲されてしまった後では意味がない。
その事をいち早く理解していたロンベルが輸送に掛かる時間について質問をすれば、エドワードがウルスキア側の予測を建てる。
ギリギリ、というエドワードの言葉に一度熱を帯びた空気が再び消沈しそうになる。
が、その空気を打ち消すように、彼女が力強く声を上げた。
「それでも可能性があるならやってみるべきッス」
「フハハハ、タチアナちゃんも良いことを言うではないか」
「タチアナの言う通りです。すぐに準備しましょう」
こうした時、彼女の明るく前向きな性格は非常にありがたい事だと、サリアはつくづく感じていた。
自分には出来ない…いや、否定する方向の言葉を発していたかもしれない。
サリアの言葉に一同が軽く頷くと、話は実行するという前提で進んでいく。
「マギナギアは何機出すんですかぃ?」
「万が一間に合わなかった時にマギナギアが無いんじゃ守りようが無いッスから、出して2機ッスね」
「となると、実力から鑑みても隊長とカザルが残るべきでしょう。私とロンベルで輸送に向かいます」
エドワードの提案にロンベルも頷くが、しかしそれを良しとしない男が唯一人いた。
その男、カザルが間髪入れずに口を開く。
「いや、ダメだな。こいつにはやってもらわないとならないことがある」
「何なんスかそれ?」
「その話については後だ。まずは輸送の手筈を整えるのだ」
タチアナの質問にそっけない返事をするカザルへと怪訝そうな顔を向ける一同だが、確かに今は輸送についての手筈を整えるのが先決だ。
何より時間が無いのだから。
「マギナギア二機ということは輸送出来る馬車も二台ということですね。できるだけ大型の馬車を用意しましょう」
「うーん……もう1往復して馬車4台分は確保できないかい?」
食料の調達が戦うもの達だけであればまだ良かったのだろうが、この食料調達はダッカス住民全てに対しての食料なのだ。例え大型であっても2台程度では住民へ供給できる食料は幾ばくもない。
少しでも多くの食料を確保したいと、そうフレアが考えるのは当然の事だろう。
だが、それにはエドワードが同意しなかった。
「往復すればそれだけ私達がダッカスに戻るのが遅れます。その分多くの食料を調達できたとしても、ダッカスそのものが落ちてしまっていては元も子もありません」
「あぁ……そりゃそうだ。まぁ贅沢は行ってられないって事かね」
エドワードの話は最もだ、と理解したように肩をすくませて見せるが、やはり落胆の色は隠しきれない。そしてその様子をこの場にいる全員が理解できるだけに、近くに居たサリアがポン、と肩を叩くのみで掛ける言葉も無い。
そんな中、突如として入り口の木戸が壊れる勢いで強く開け放たれた。
「話は聞かせてもらった!アタシが一肌脱ごうじゃないのサ!」
「ベルベッタ!?」
木戸から差し込む光に雑なショートカットが金色に光るその人、ベルベッタが扉を開けた姿勢のまま不敵な笑みを浮かべていた。
「マギナギア、足りないんでしょう?アタシがマギナギアに乗るサ」
ツカツカと靴音を立ててテーブルまで歩いてくると、腰に手を当てフン、と息巻いて見せる。
「それは良いが、ベルベッタちゃんは操縦できるのか?」
突然の登場と発言に皆が固まっている中、やはり動じないカザルが声をかける。
「伊達にマギナギアの製造してないサ。完成品の動作確認なんかで良く乗ってるのサ」
「馬車の輸送だけ……とは言え、うーん」
事態を飲み込んだタチアナが持ち前の切り替えの良さを発揮し、顎に手を当てながら思案する。
輸送隊を率いる立場になるタチアナとしては簡単に了と応えるわけにも行かないのだろう。
その様子を見てか、同じく輸送隊所属予定のエドワードがやや強めの口調で続けた。
「万が一輸送が間に合わなかった場合は城壁の外でウルスキア軍と遭遇する可能性もある。あまり賛成はできません」
「そうは言っても人手が足りてないんでしょう?なら出来る人が出来る事をするべきじゃないのサ」
「それは……そうだが……」
実際のところ、人手が足りていないのは間違いない。輸送に使えるマギナギアが増えるのであればそれだけ確保できる食料も増えるということだ。手としては決して悪くない。
それだけに、そこを付かれると反論にこまるというもの。
タチアナ、エドワードの両者が結論を出せずにいる中、パン、と手を叩いたのはサリアだ。
「わかりました。ベルベッタには輸送の手伝いをお願いします。ただし、戦闘は絶対に行わないようにしてください。万が一ウルスキア軍と遭遇してしまった場合は逃げる事。これが条件です」
「了解。無理はしないサ」
「タチアナもそれで良いですか?」
「分かったッス。ちゃんと面倒見るッスよ」
こういった場面での決断の速さはやはり為政者としての素質だろうか。
タチアナとて個人としての技量は勿論、部隊長としての信頼もあり、こと戦闘においては優秀な部隊長であろうが、やはりまだまだ経験は浅い。
恐らくはサリアが言い出さなかった場合、ロンベル辺りがタチアナをカバーするように発言していたのだろう。素早く決断を下したサリアを、ロンベルがチラリと横目で見ていた。
一方のサリアはその視線に気づいているのか否かロンベルへと視線を流す事もなく、タチアナの手を握っているベルベッタへと声を掛けた。
「ところでベルベッタは何故ここに?」
「あ、そうだ忘れてた。サリアさんに伝えないといけないことがあったのサ」
小柄なタチアナに対し色々な意味で大きなベルベッタが、ブンブンと振り回していたタチアナの手を離しながらサリアへと向き直る。
「私に、ですか?」
「北門の門兵から伝言。商人の一団が入場を求めているが、規模が大きいので判断を仰ぎたい、だそうサ」
「……商人?」
そうひとりごちたサリアは怪訝な表情を浮かべていた。
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