5章 戦火への凪 02
「伝令の内容も重要ですが、現状では推測しか出来ません。それよりも食料についてです」
「おっとそうだったですねぇ。食料の調達が難しいってのはどういう事で?」
サリアが話を戻そうとしている事にいち早く気づいたロンベルが同意することで流れを作る。
「本来の手筈ではウルスキア兵を全員捕縛した上で、情報がアラスタへと伝わる前にアラスタにて食料を調達する予定でした」
「が、すでに蜂起についての情報がアラスタに届いている可能性がある、と」
「その場合、買付が難しくなるばかりか、買付に向かった者が危険に晒されてしまいます」
サリアが視線と共に肩を落とすと、タチアナは思わず自分の目の前の皿へと視線を向けてしまう。
そこには今さっきまで、硬くなったとはいえそれなりの大きさのしっかりとした黒パンがおいてあったのだ。
複雑な顔をしているのはタチアナだけではない。その黒パンを提供した側のフレアもバツが悪そうに頬を掻いていた。
「で、でも、何もアラスタに頼らなくても良いんじゃ無いスか?ここからならリッテンハルトの街だって遠くは無いッスよね」
罪悪感からか、タチアナが次策を提案するが、それにはサリアが首を横に振る。
「リッテンハルト側……最も近いのはラーンですが、今の時期はミッド川が増水しています。無理でしょう」
サリアの指摘にフレアが額に手を当てる。
「あぁ、そうなんだよねぇ……」
「無理……なんスか?」
無理と言われたその理由が分からないタチアナが不思議そうにそうつぶやくと、サリアとフレアの二人が顔を見合わせた後、サリアが口を開く。
「ミッド川の増水はルインに住んでいれば知らないものは居ないでしょうが、ダッカスに住む人でなければ知らない事情があります」
そういってサリアがタチアナ達の座っているテーブルの上で指を使い図を描き始める。
「ダッカスがここ、そしてラーンがここだとすると。この間にはミッド川が流れています」
ふむふむ、とばかりにテーブルを覗き込む一同。
ルインとリッテンハルトとの国境を流れるミッド川は、青石街道からダッカス超え、更に東に伸びるルフェール山脈を水源とした大河だ。
ルインの領土を南北に縦断するその流れは、ダッカスの南東のルフェール山脈から始まり北へと伸びた後、西へと流れを変える。
その後アラスタの北を過ぎたあたりでまた北へ、そして王都ルインを東に見るように海へと向かう。
サリアが図で示したのはその流れが北へと向かう比較的源流に近い場所だ。
「普段はダッカスとラーンを直線で繋ぐ街道……こうですね、これを通りますが、この街道はミッド川が増水すると広く浸水してしまいます」
ダッカスとラーンとを直線で示したその中央付近で大きく円を描く。
「浸水によって泥濘んだ道は人が歩くのであれば通行は可能でしょうが、荷馬車となるとそうはいきません。よってミッド川を更に北に下った……この辺り。ここを通らざるを得ません」
そうして指を指すのはダッカスとラーンの直線上よりもかなり北に位置した場所だった。
その場所を見てロンベルが眉間に皺を寄せる。
「もしやキッセン峠……ですかぃ?」
「ロンベルは知ってるッスか?」
「えぇ、何度か通ったことがありますよ」
リッテンハルトとルインとの国境は先のミッド川であり、そしてもう一つがキッセン山と呼ばれる山だ。ミッド川の流れが西に変わるのはこのキッセン山にぶつかるからである。
「決して険しい山ってわけじゃぁ無いですけど、道が整備されてません。通れても馬車1台がギリギリ。それも崖の道ですからねぇ。通りたがる商人は居やしないでしょう」
「……よくご存知でしたね」
ロンベルの説明にパチパチと瞬きをするサリア。
王都の人間だと思っていたロンベルが地方の、それも獣道と言われても違和感のないような峠道を知っている事に、純粋に驚きを隠せないようだ。
「色々とあるですよ」
そうお茶を濁す様に応えるロンベルに、ふむ、と一息つけるが、今はそれを気にしている状況ではないという認識があるのだろう。ともかく、と口に出し
「その様な理由で今はラーンからの買付も難しいのです」
「ダッカスの食料事情がここ最近急激に悪化したのもそのせいですかぃ」
「えぇ……それまではラーンからの買付でなんとか保たせていた面がありますので」
「2ヶ月前……か、もしくは2ヶ月後なら違ったんだけどねぇ」
ミッド川の増水は大凡3ヶ月で落ち着くが、それまで待ってるだけの余裕は勿論無い。
サリアの説明に八方塞がりな状況だと理解したのか、説明を受けていたタチアナ達も黙り込んでしまう。
そんな中、サリアが指で描いた状況をじっと見つめていた男が、徐に口を開いた。
「さっきサリアちゃんは徒士なら抜けられると言っていたが、馬はどうなんだ?」
「え、馬……ですか」
突然のカザルの発言にその意図が読み取れず怪訝な顔をするサリア。
そんなサリアにカザルが鷹揚に頷いて見せる。
「うむ。浸水したと言っても歩けない程では無いのなら馬も抜けることは出来るのではないか?」
「え、えぇそうですね。ゆっくりとであれば恐らくは。しかし馬だけ抜けられても肝心の馬車が車輪を取られてしまうので不可能だと思いますが」
実際の問題はそこだ。行きの荷馬車であれば可能性はゼロではないとしても、帰りの満載になった荷馬車では到底抜けられるものではない。
目的は通り抜ける事ではなく、積荷を運ぶことなのだ。荷馬車が抜けられないのであれば例え馬が抜けられたとしても意味はなさない。
カザルとてその事は理解しているはず、と、サリアは首をかしげる。
その様子にニヤリ、と笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。その浸水した場所はマギナギアで馬車を運べば良いのだ」
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