3章 山猫とティアラ 12

「あんたらが野盗じゃないって事は信じてやるっス」

 

 ハルバードを下ろした相手が呆れたような声を上げる。

 戦闘中にあのような気の抜けた会話をされれば彼女でなくとも呆れるのは当然だろう。

 

「そ、そうか。あのやり取りで信じてもらえたのは釈然としないが……わかってくれたならまぁいい」

 

 当事者の一人であるカヤですら困惑しているのだ、対峙していた三人が困惑しないはずもない。

 先のひりついた空気はどこへやら、なんとも言えぬ空気を払拭するかのように彼女が問いかけた。

 

「で?あんたらは何者なんスか?」

「さっきも言っただろう、俺様は世界中の――」

「貴様は黙っていろ!私達は……そうだな、有志の自警団……のようなものだ。近頃この近辺で野盗の動きが活発になっているという情報を得たので調査しにきていた」


 どうやら唯一気にしていない男がいるようだが、振り出しに戻されてはたまらないとばかりに途中で遮ると、ようやく会話になるなと、カヤが状況の説明に乗り出す。

 遮られたカザルはと言えば、若干不機嫌そうに鼻を鳴らしたものの、それ以上何か言うつもりはないらしい。

 普段は唯我独尊とでも言うべき自己中具合だが、こうした時に空気を読む程度のことはするようだ。


「わたし達が野盗だと思ってたって事ッスか?全く心外にも程があるッスよ。それにしても、たかが自警団程度がマギナギアを2機も持ってるもんなんスか?」

「野盗から奪ったんだ。おそらく、あなた達が目撃したという野盗だろう」


 心外、そう答えた相手の言葉からは不機嫌さがありありと見て取れる。

 その言葉に、おや、と僅かな疑問を感じるものの、今はそこを追求する場面ではない。

 まずは相手の疑問に答えなくては。

 相手がそのような疑問を投げかけるのも仕方ない、とはカヤも思う。思うが、しかし出来ることは経緯と状況を説明することだけだ。

 出来る限り平静に、紳士的に、状況を説明していく。ここで逆上してしまえばこの状況は改善することはない。

 ある意味、カザルもそこら辺を感じ取っているということだろうか。

 いずれにせよ場をかき回すことしかしないあの男が黙っていてくれることはありがたいことだ。


「ふーん、なーんか怪しいっすねぇ……。生身でマギナギアに対抗して、しかも無傷で奪ったんスか?ありえねぇっスよそれ」


  一方の相手はというと、カヤの説明には全く納得していない様子。言葉の端々から信用ならないという雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 カヤとして、逆の立場であれば同じ様に感じただろう。いくら歴戦の猛者であろうとも、生身でマギナギアに対抗するのは無謀というものだ。

 一瞬、どう説明するべきか、そう迷うカヤだが、ここで下手に誤魔化すような事は言うべきではないと判断。

 どこまで言うべきか、それのみに注意しつつ、言葉を選ぶ。


「いや、私達も元々1機マギナギアを持っていて――」

「ますます怪しいッス。マギナギアをたまたま持っていた?そんな事あるわけねぇっス。正直に言わないなら、今度こそ容赦しないッスよ」

「いや、嘘では無いんだが……」


 失敗した、とまずは感じた。こちらの情報を開示したがゆえに、相手はより疑惑を深めてしまったように思える。

 それもそうだ。ただの自警団がマギナギアを持っているなどということはまずありえないのだから。

 ここからどう信用してもらうのか、そう頭を悩ませようとした時、茶のマギナギアの片方―おそらくは後衛―が声を上げた。


「おーい、隊長ー。盛り上がってるとこあれなんだけど、大型のマナ反応検知したぞー。多分マギナギア……にしちゃでかいか?まぁ、あっちから」


 マギナギアの大きな親指でクイクイとカザル達の来た平原方向を差す。

 戦闘時にも感じたが、どうやらあの後衛はかなり魔術に精通しているようだ。

 現在一般的に用いられているマギナギアにはマナを検知する機能は搭載されていない。

 あの茶のマギナギアが特別仕様という可能性もあるが、おそらくはマナ検知の術式を操縦者本人が展開しているのだろう。

 決して上級術式というわけではないが、しかし魔術の素養無くして使えるほど単純な術式でもない。

 その事に、カヤはふむ、と思考を巡らせた。

 改めて考えると、魔術師のギア乗りというのは現在は珍しい部類だと言える。

 マギナギアの登場で単なる歩兵の活躍の場が少なくなっていることも有り、多くのギア乗りは歩兵からの転向だ。

 魔術師というだけでそう人数の多いものではないが、その上ギア乗りとまでなると相当数は限られてくるだろう。

 以前のような環境に居れば、それが何者なのかを調べることも出来ただろうが、今ではその力もない。

 さてどうしたものか、と思わず操縦席で腕を組んでいると、唐突に、あの男が声を掛けてきた。


「カヤ、ほっといていいのか?」

「ん?」


 そう言われて状況を思い出す。

 そうだ、マギナギアがどうとか…マギナギア!?

 その存在に心当たりのあるカヤは慌てて視線を平原方向へと向けた。


「波長はどうっスか?」

「いやー、これは知らない奴。うわ、はっや、やべ、もうすぐ来るぞ」


 やや焦りの混じった声に、もう1機のマギナギアが剣に手を伸ばした。

 知らない波長で早いやつ、と言われれば間違いなくソレだろう。


「隊長」

「戦闘準備ッス」

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