3章 山猫とティアラ 08

「それにしても、随分と素直についてきたな」

「あん?」


 ティアと別れてしばらく、あたりの草木はすっかりと少なくなり、赤茶けた土と灰色の岩肌のコントラストが目立つようになってきた。

 鉱山資源に恵まれているというルフェール山脈の、特に東側は概ねこういった地形が多い。

 低木はもとより草も少なく、野生動物であっても生息する種類は少なくまして人など居られるような場所ではない。

 逆を言えば、それだけ身を隠すに適しているという事でもある。

 そんな場所を慎重に進んでいた二人だが、カヤが唐突に話しかけた。


「いや、私と貴様で偵察をするという案についてだ。てっきり反対するかと思っていた」

「まぁ、妥当な案だとは思ったしな」

「そうなのか?それにしては何か、言いたそうな声だったが」

「大した事じゃーない。気にするな。それに、反対したらカヤが一人で行くつもりだっただろ」

「勿論だ。お嬢様を危険に晒すわけにはいかないからな」


 機体越しの会話でありながらも、腕を組みながらフンと鼻息を荒くするカヤの姿がカザルにも容易に想像できた。

 カヤの忠義…とでもいうのか、もはや過保護とも取れるほどの姿勢はただの従者というものではないようにも思える。

 しかしそれにしては、と考える点もある。カザルもそれを疑問に思っていたようだ。


「その割にはこうして野党退治なんつーめんど……危険な事はやめさせないんだな」

「正直に言えば、私はお嬢様にはこうした事はしてほしくないと思っている。思っているが……」

「ティアちゃんがやめるとは思えないってか?」

「あぁ。お嬢様は責任感の強いお方だ。何事も自らが進んで行動しなければならないと思っていらっしゃるのだろう」


 今度はうってかわって、肩を落としうなだれている様子が手に取るようにわかる。

 実際、付き合いは短いカザルだが、先日の拠点での会話を思い出すとそうなのだろう、と納得するところがある。


(ジジイに邪魔されたが、あのまま行けばティアちゃん本人を報酬に出そうとしてたからな。たかが野盗退治に)


 彼女にとって野盗退治ということが、自分本人よりも重要な事だというのだろうか。

 のらりくらりと一人旅を続けていたカザルには理解し難い感覚だ。

 故に、


「責任感、ねぇ……」


 そう、カヤにも届かぬほどに、小さくつぶやく事しか出来なかった。


「って、なぜ貴様にこのような事を話さねばならんのだ!全く!」


 不意に自分の会話内容に気づいたのか、カヤが急に声を上げた。

  

「フハハ!俺様の魅力のおかげだな!」

「冗談も大概にしろ」


 そうやり取りを返すカザルは先程の様子はどこへやら、いつもの調子で本気なのかからかっているのか分からない。

 カヤも早くもそのやり取りに慣れたものなのか、いつもの軽口かと流すように答えると、そのカザルから予想外の言葉が飛び出してくる。


「まぁまぁ、でもな、俺様が了承したのはカヤの事が心配だったからってのもあるんだぞ」


 唐突に、やや真剣な口調で返されるその言葉に、思わずカヤの思考が止まったのがカザルからでも察することが出来た。


「なっ、な、何を言い出すのだ貴様は!」


 いつものようなトゲトゲした口調の中に僅かな動揺が交じるのをカヤ本人も気づいていたが、そうではないと思い込ませる様に殊更大きな声を上げた。 


「フハハ!照れるな照れるな!俺様はちゃーんと覚えているからな?俺様はカヤを好きにしていいんだろ?つまり、もはや俺様の物も同然!俺様が俺様の物を心配するのは当たり前!」

「くっ、貴様、やはりまだ覚えていたのか……」

「フハハハ!カヤはいい線行ってるからな。忘れるなんて勿体無い」

「貴様にそんなことを言われても嬉しく…いやちょっと待て!貴様、野盗退治は女首領と聞いて乗り気になっていたな!私というものがありながらなんだそれは!不埒ではないか!」

「お?それはつまり俺様の嫁宣言ということか?フハハハ、その態度も照れ隠しなんだな」

「ちっ、違う!そういうことではなくてだな!ともかく、あれだ!複数の女性に手をだそうというのは不埒だと言っているんだ!」

「細かいぞカヤ。いい女はすべて俺様が手に入れるべきなのだ」

「まさか、貴様、お嬢様にも手を出そうとしているのではないだろうな」

「あー、いや、ティアちゃんは、まぁ、今はいいかなとか」

「なんだと貴様!私はまだしも、野盗の女首領如きに手を出そうというのに、お嬢様は眼中にないというのか!」

「だーめんどくせぇ!手を出して良いのか悪いのかはっきりしろ!」

「も、勿論ダメに決まっているだろうが!そうだ!そもそも貴様が私に変な約束をさせたのが悪いのだろう!撤回だ!撤回しろ!」


 動揺が動揺を呼び、もはや自分でも何を言っているのかわかっていないカヤのボルテージが最高潮に達したその時、不意に二人の耳に場違いな程に幼い女声が届く。


「あーもーうるさいっスねー。こんな痴話喧嘩してる野盗なんか見たこと無いっスよ」

「ど、何処が痴話喧嘩だ!」

「バカか!言ってる場合か!」


 カザルの声にカヤのハッと息を飲む声が小さく響くと、カザルとカヤの行動は早かった。お互いのマギナギアの背を合わせ剣を抜く。カヤはマギナギアの標準装備とも言えるロングソードを片手づつに2本、カザルは彼が持参した例の剣だ。


「その切替の速さ、マギナギアの操縦技術、やっぱお前なんかやってただろ」

「ふん、貴様こそな」


 気づけば二人の周りはすっかりと草木がなくなり、切り立った崖とゴロゴロと大きな岩が転がる山中へと足を踏み入れていた。おそらくは2機のマギナギアを有するであろう野盗が相手。こちらの戦力とほぼ同等と考えられるが、ここは奴らのテリトリーの中だ。地の利はあちら側にある。

 周囲にはマギナギアでも隠れていられるような障害物が多く存在している。それぞれに対しゆっくりを視線を巡らせる2機。


「で、どこのどいつだ?やる気があるなら相手してやるぞ」

「悪逆非道な野盗に名乗る名など無いっス!とーぅッス!」


 ともすれば気も抜けそうな掛け声とともに、サッとカヤ、カザルの2機に影が差す。


「上っ!?」


 カヤの声に反応してか、咄嗟にお互いが前方に転がるように回避すると、丁度二人の間に本体よりも長いであろうハルバードを両手に構えたそれが文字通り降ってきた。

 それの振り下ろしたハルバードがズゥンと低く強く山肌に微震を伝えると、遅れるように乾いた赤土が土埃として舞い上がる。

 ゆっくりと土埃が引いていくにつれ、カヤ達の駆るマギナギアよりもやや細身のシルエットが浮かび上がっていく。


「おぉ?ただの野盗にしては中々やるッスね。これは久々に腕が鳴るっスよ!」


 その細身のシルエットが地に深くめり込んだハルバードを引き抜くと同時に、その青い機体が土埃の向こう側から姿を現した。

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