3章 山猫とティアラ 10

 カヤへの牽制を忘れずにしながらも、相手も爆煙の先が気になっている様子でチラリとカザルが居た場所へと視線を向けていた。


「ふふーん、どっちにしろあの爆発の中じゃ無事じゃいられ……えぇ!?」


 爆発による粉塵がゆっくりと収まっていくと、炎によって熱せられた空気によってゆらゆらと揺れながら、その姿が顕になった。

 両手で剣を振り下ろした格好のまま動かないマギナギア。

 それを見た相手も、カヤでさえも終わったのだろうと、そう思っていた。

 だが、そのマギナギアはそのような予想も全て消し去った。


「っぶねぇ!」


 そう叫ぶカザルの声が響き渡ると彼は振り下ろした剣を構え直す。

 くるりとその場で一回転しつつ周囲を切り払うと、カザルの周りを包んでいた熱気が一振りで吹き飛んだ。


「くっそあの爺、攻性術式とか聞いてねぇぞ!帰ったら許さん!」


 あからさまな怒りを撒き散らす彼だが、その声も、彼の駆るマギナギアにもダメージが見えないのだ。

 装甲の塗装にやや焦げた後がみられるものの、その他に異常があるようには見られない。


「えーー?何なんスかあいつ。なんであんなピンピンしてるんすか」


 もはや驚きを通り越して呆れにも近い声。

 それもそのはずだ。

 あのマギナギアが使用した攻勢術式はリッテンハルト―ウルスキア戦線においてリッテンハルト王国軍が実践投入したマギナギア用術式。

 そもそも巨大な鉄の塊とも言えるマギナギアだ。それを動かすためのマナも膨大なものになる。

 それを可能にしているのがマギナコアだが、そのマギナコアで増幅されたマナは何もマギナギアを動かすことのみ使用できるわけではない。

 つまり、その膨大なマナを術式に転化すれば、当然その分火力は比例するように増加するのだ。

 攻性術式の種類にもよるが直撃すればマギナギアであっても無事ではいられないレベルの火力があるはずだ。

 にもかかわらず、カザルの損傷が小さすぎる。

 その呆れ声に呼応するように、


「あははは!隊長!見たアレ!あいつ、俺の爆破術式を剣でぶった切りやがった!うはははは、こんな奴初めて見た!」

「笑っている場合ではないぞロンベル。こいつ、ただの野盗ではない」


 二通りの返事が帰ってきた。

 勿論、術式を切るなど誰もが出来るものではない。いや、寧ろ出来るものなど見たことがないという方が正しい。

 そんなカザルの行為に、敵対する2人の警戒度もより高くなるのも致し方ない。


「全くッス。これだけの腕があればウルスキアの傭兵でもやったほうがよっぽど待遇が良いっスよ。お前、一体何者っスか」

「フハハハ、俺様は俺様!世界中のいい女を手中にする男!」

「うわー、バカっスか?バカっスね?でもそういうバカなの」


 対峙しているカヤへとハルバードを横薙ぎに一振りし、その一振りにカヤが後退するのを確認すると、ハルバードの重さに振り回されるようにくるりと反転。

 そのまま1歩を踏み出して、両足の膝を大きく曲げると


「嫌いじゃ無いッスよ!」


 一気に跳躍。急激に上昇する機体に遅れるように、ハルバードの先端が天を衝く。

 それなりにあったはずのカザルとの距離は一瞬で詰められ、破壊の権化たる重厚な斧がまっすぐに振り下ろされた。


「フハハハ!」


 カザルは横へ跳躍。彼のマギナギアが居た場所で槍斧が地響きを上げる。


「惚れてもいいが五年後にしろ」


 着地の衝撃を和らげるために曲げた膝を開放すると、それは前へと進む起点となる。


「幼女は好まん!」


 前方へのベクトルを得たそれが右手の剣を左から振り抜く。


「わたしはこれでも」


 ハルバードを引き戻すと同時、両手で握る柄の中央でその刃を受け止めると、力任せに剣を外側へと弾き飛ばす。

 片足を半歩引き、引いた足を支点にくるりと反転。更に軸足を切り替え、もう半回転すれば、そこは長柄の間合い。

 胴体に巻き付くようにして加速を得た穂先が唸りを上げ水平にきらめく。


「18歳ッス!」


 迫る鉄塊に対して、カザルは更に1歩を踏み出す。


「なにっ、それなら」


 更に近づくことで最も勢いのある穂先を避け、剣で柄を受け止めるとそれを滑らせるようにしながらマギナギアの顔と顔がぶつかるほどに近づいた。


「俺様の女にしてやってもいいぞ」

「冗談も休み休みやれッス!」


 2機の間に足を強引に差し入れると前蹴りの要領でカザルを蹴り出し、反動で自らも後方に小さく跳躍、距離を離した。

 お互いに距離を取った一瞬の硬直。

 そこに1機のマギナギアが滑り込むように割り込んでくる。


「我々も忘れないでいただきたい!」


 両手持ちに剣を構えたマギナギアのカザルの硬直を狙っての一撃。突然の横槍にカザルの反応が一瞬遅れる、が、


「それはこちらのセリフだ」


 両手に持った剣をクロスさせるようにして、カヤのマギナギアが相手の斬撃を弾き返す。


「そっちは任せるぞ」


 再びカザルと背中合わせで剣を構えカザルへと一言。


「奥のやつの術式には気をつけろよ」

「言われなくとも!」


 その言葉を合図に、今度は2機が相手となったカヤがマギナギアを疾走らせた。


 ※


 相手は2機。前衛と後衛、それぞれの動きに合わせた連携を見せたところを見ても、ある程度の訓練を積んでいると見ていい。

 傭兵くずれか、はたまた軍属崩れか。どちらにせよ、綺麗な連携というのは型にはまれば強力だが、その分対処もわかりやすいということ。

 戦の定石はまず後衛を潰すこと。故に、カヤは真っ先に術式を放った後衛へと矛先を向ける、


「させると思いますか!」


 と、見せかける。


「すでにさせている!」


 踏み出した2歩目は後衛ではなく、割り込んできた前衛へ。


「はっ!」


 相手の武器は両手剣として見れば短く、片手剣としてみれば長い。両手剣の取り回しを良くしたものと捉えることも出来るが、逆を見れば取り回しの悪い片手剣とも見れる。

 故に、カヤは一気に距離を詰める。


「くっ」


 素早く繰り出された横薙ぎの刃に慌てて刃をあわせる前衛だが、次の瞬間にはすでに第二の刃が逆方向から迫っていた。

 真に片手剣の距離ならば、取り回しの良さに加え二刀の回転力に圧倒されるのも当然のことだ。


「聞く耳持たないなら暫く黙っていてもらおうか!」


 五月雨のように降り注ぐ円刃に防戦一方となる前衛だが、それでも何も出来ないわけではない。

 振り下ろされた刃に対し、一際強くかち合わせれば片手持ちと両手持ちの差が顕著に出る。

 大きく弾かれた刃に釣られるようにカヤのマギナギアが僅かに体制を崩すと、好機とばかりに前衛のマギナギアがサイドへと移動、出来なかった。

 まるでそうなることがわかっていたかのように、カヤは弾かれた腕はそのままに強引に相手へと1歩を踏み込む。

 無理な体制からの踏み込みにギシッというフレームの軋む音が響く。

 機体に大きな負荷がかかるとわかっていながらも距離を取らせない理由。

 それは前衛が開けようとした空間の奥、そこに術式を構えた後衛が居たからだ。


「射線が、通らねぇ!」


 術士を含む相手との戦闘で最も簡単な対処方は、やはり術士を真っ先に潰すことだ。

 だが、相手もそれは理解している故に、おいそれと実行することは出来ない。

 ではどうするか。射線を通さなければいい。

 そのためにはどうするか。その答えがカヤの動きだ。徹底して距離を離さない。

 武器の相性と相まって、相手の連携はこれだけでほぼ潰せているといえる。


「戦い慣れているっやはりただの野盗ではないな!」

「言っているだろうが!私は野盗ではない!」


 カヤが叫ぶと同時、二刀の乱撃を再び強く弾き返すと、同じように距離を取ろうという動きを見せる前衛。


「それはすでに!」


 一度その動きを見、そして完璧に対応して見せたカヤがそれを見逃すはずもなく、同じように瞬時に距離を詰めようと1歩を踏み出した、瞬間、


「見たとは言わせねぇ!」


 言葉と共に後衛が前方に構えた陣から火珠が飛来する。僅かに、ほんの僅かに空いた2機との距離。その僅かな隙間、その足元で後衛の術式が炸裂した。


「ぐっ」


 お互いの中間、その場所で炸裂した火珠はカヤと前衛それぞれにダメージを与えることとなるが、そこから離れようとする前衛と、詰めようとするカヤとでは僅かながら影響に違いが出る。

 恐らく威力を絞っているのだろう上に、直撃ではないが故に大きなダメージではないものの、爆風に押されるように前衛が距離を取り、対するカヤはその足を止めざるを得なかった。

 結果、双方の距離に初めて空間が生じる事になる。


「悪あがきを!」


 だが、それだけだ。攻勢術式の展開には多少なりとも時間がかかる。魔法陣を形成し、マナを充填、収縮、そして開放。少なくともこれだけの動作が必要になるのだ、連射は出来ない。

 であるならば、今この時点で距離が空いていようが関係ない。また詰めれば良いだけだ。そう判断し、再び前へと踏み出すために火珠が作り出した粉塵を振り払うと、その先にはカヤの予想していなかった光景が現れた。


「そう思ってろ!」


 正面に現れた後衛が再び魔法陣を形成し、マナを充填させつつある。ここまではいい。彼女の想定の範囲内だ。

 だが、予想外だったのはその先。本来であれば充填したマナを収束させ火珠を形成して放出するはずだが、後衛はその収束ステップを省略、もっと言えばマナも完全に充填しきれていない。

 その段階で魔法陣へと充填されつつあったマナを開放するとどうなるか。

 それは火珠を形成されていない、純粋な火の属性を持つマナが垂れ流されるということ。

 つまり、火炎そのものが魔法陣から吹き出してきたのだ。


「無茶を!」


 カヤがそう反射的に口に出すのも致し方ない。

 術式は繊細なものだ。各工程を経て発動するのもマナの暴走を抑える意味合いも強い。

 それを簡略化し、別物として使用すれば暴走したマナが術者へと跳ね返る危険性すらある。

 だが、あの後衛はそれをやってのけた。

 収縮させていない単なる火炎が故に、純粋に破壊力だけを比べれば先程の火珠とは比べ物にならない。火炎を浴びる事になったカヤも突然のそれに足を止めざるを得なかったが、それだけだ。

 それが例えば生身の人間であれば影響のほどは大きかっただろう。しかし、相手は鋼の塊であるマギナギアだ。短時間火炎にさらされた程度でどうこうなるわけではない。

 しかしそれでいい、それで十分なのだ。

 なにせ相手には、


「はぁぁ!」


 もう1機、居るのだから。

 後衛の放った火炎を切り裂くようにして、前衛の大きく振りかぶった剣が横一線にカヤへと迫る。


「ちぃ」


 思わず出た舌打ちが操縦席内に大きく響く。完全に足が止まった状態、回避は到底間に合わない。

 カヤが体の横で両手の剣をクロスさせると、そこに前方向への速度も乗った重い一撃が衝突する。

 ガァン、と金属を殴りつける重厚な音が響き渡ると同時、カヤのマギナギアがふわりと浮き上がった。


「手応えが軽いっ」


 前衛の振り切った刃に浮き上がった機体が押し出されるようにして遠く後方へと吹き飛ばされる。


「あえて吹き飛ばされたとでもいうのか」


 剣を構え直しながら視線を向ければ、そこには着地するために片膝をついてはいるものの、その他に目立った外傷が見られた無いカヤのマギナギアが存在していた。


「くそ、油断していたか」


 正直かなり危なかったというのがカヤの感想。相手の個々の技量で言えば、恐らく自分が上を行くだろうという自負はあったものの、連携の精度は予想外だった。

 攻勢術式を扱えるというだけでも驚愕ものだったのだが、一般的な連携とは一線を画するこの連携は一朝一夕で身につくようなものではない。果たして彼らは自分たちが思っているような相手なのだろうか。

 自分が苦戦している中、隊長と呼ばれていたあのハルバードを担ぐ相手との戦闘は大丈夫なのだろうか、とカザルへと視線を向けたその時、彼女の耳に驚愕の言葉が聞こえてきたのだ。



「よーし、ちゃんと聞いたぞ。それならこんなものぽーいだ」

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