第34話 カクシゴト

 それから、料理を食べ終わり――、二階にある日野の部屋へ向かう三人。


 日野を先頭にして、ビャクヤ、茅野――そして階段を上がりながら、


「……ビャクヤちゃん、いつの間に日野くんと仲良くなったの?」と茅野。


 ビャクヤはその声に少しだけ振り向き――、半分は後ろ、もう半分は意識を前に向けて、


「……さあ? 関係としては変わっていないはずだと思うけど――どうだろ。

 ちょっとは前進、できたのかもしれないけど。でも――なんでそんなことを?」


「だって――日野くんを呼ぶ時、前は朝凪くんだったのに、今では『日野』なんだもん」


 自分の方が長く日野と過ごしているのに――、

 今になっても日野のことを『くん』付けでしか呼べないと言うのに。

 なのにビャクヤは、茅野ができないことを簡単にやってのける。


 そんな彼女へ嫉妬――そして自分を責める心が今、心の中で渦巻いている。


 むー、と言葉だけではなく視線でも不満を表す茅野に――、


「わたしが勝手に呼んでるだけ――別に、日野となにかあったわけじゃない。

 あったとすれば、気絶した茅野を連れて、この家にきたくらいだし――」


 それに、名前で呼ぶことに特別、意味があるわけではないしね――とビャクヤ。


「ただ呼びづらいから。

 だって『朝凪』って……、噛みそうになるから嫌なのよ、あの変な名字」


 これだから地球人の特殊な名前は困るのよ、とビャクヤは愚痴をこぼしていた――それを聞いていた茅野は、地球人という表現に違和感を抱いて、そして思い出した。

 というよりはずっと気になってはいたが、確認を取ることで、開けてはいけない箱を開けてしまうのではないか――それか、そんなことを聞く自分を、彼女は嫌ってしまうのではないか……——そんな思いが、心配が、茅野を引き止めていた。 


 しかし、それもそろそろ限界だった。


 遊園地の、あの時の、気絶寸前の記憶が曖昧だとは言っても――ビャクヤが宇宙人であるかもしれないという情報は、茅野の中にきちんと存在しているのだ。


 好きなように、自由に引き出せる情報。

 忘れずにしっかりと――植え付けられているかのように、根付いている。


 聞くべきか聞かないべきか――この情報を聞いた時、日野だってそこにいたし、日野自身がそう言っていたわけだし。ならば日野がいる今、ここで全てを聞いた方がいいのではないか――、

 考えた結果、聞くことに着地した。


 隠し事をされて――良い関係を築けるはずがない。


 隠し事はなしだ――全てを打ち明け、そして、全てを受け入れる。


 それだけの覚悟はあった。


「ビャクヤ――」ちゃん、と発声する前に、三人は部屋の前に辿り着く。


 茅野はすぐに口を閉じ、二人の後ろに並んだ。


 日野によって扉が開かれ――、「……どうぞ」と日野。


 一歩――前へ。

 部屋の中に入る。中には机とベッドと――それだけだった。


 娯楽はなにもなく、勉強して寝て起きて。

 そんな生活しかできないような部屋だった。


 日野らしい。日野の人間性を、部屋が完璧に再現していた。

 家具しかなく、そしてその家具も部屋を四つに分けた場合の一つにしか埋まっていないため、三人が座っても、まだまだ余裕がある……。

 なにも置かれていない、広範囲の床が広がっている……、


 三人はそこに座る。


「…………」「…………」「…………」


 そして――沈黙。


 まあ、こうなるとは三人とも、思ってはいたが――。


 急に静かに、まったく誰も話そうとはしなかった。

 外の、車が通過する音が、今だけ鮮明に聞こえてくる。


 そして意外にも、最初に声を出し、この沈黙を破ったのは、日野だった。


「……まあ、好きなように過ごしていいから」

「でも、好きなようにと言われても――」

「やることがないならトランプでもすれば?」


 日野の提案に、

「――トランプ?」と首を傾げるビャクヤ。


 しかしすぐに――、

「あ、あれね! うん、知ってる知ってる!」と素をカバーした。


 ビャクヤと日野だけの空間ならば、トランプを知らないということに、驚きはなにもないのだが、しかし茅野がいるこの場面で、トランプを知らない自分を見せるというのは、ビャクヤとしては間抜けとしか言いようがない。


 トランプなんて、日本人ならば、いや、地球人ならば必ずと言っていいほどに知っている。

 けれど、それを知らないビャクヤ――、そこから地球人ではない、つまりは宇宙人なのではないか、と思考がいきつくとは、とてもじゃないが思えないが、けれど『不思議』には思われてしまうだろう。


 たとえ不思議程度でも、抱かれているのと抱かれていないのでは――天と地ほどの差。


 だからこそ――あそこですぐに訂正を入れた。


 思わず出てしまった素を、カバーをした。


 地球人として振る舞わなければ――茅野にばれてしまう。


 ――とでも、思っているのだろう。


(……ビャクヤちゃんは、宇宙人。

 それをビャクヤちゃんは、自分から言うつもりはない――って、ところかな。

 ビャクヤちゃんに、信用は、されていると思う――、信頼だって。

 でも、まだ、そこまでの関係には、

 私とビャクヤちゃんは、到達できていないって、こと――)


 なら――、

(だったら、自分で歩み寄るしか、近づく方法はないはず――)


 もしもその行為が、ビャクヤを追い詰めてしまう行動だったとしても。


 迷惑をかけてしまう行動だったとしても、茅野は――止まっていることはできなかった。


 やっと一人――、心から許せるような、友達に出会えたのだ。

 失いたくない。それは本心だ――、絶対に手離したくない、貴重なものだ。

 大事にしたい――だからこそ。


 だからこそ、危険を――踏み越えていく。


 中途半端で止まりたくない――停滞したくない。


 誰も彼もが――彼女が。


 全員が全員、日野みたいな人格をしているわけではないのだから。

 茅野は――立ち上がり、


「日野くん、ビャクヤちゃん――聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 茅野の言葉に頷く二人。それを確認してから、茅野は聞いた。

 それは恐らく、地雷だろうことは、分かっているが――それでも。


 躊躇なく、踏み込み――起爆させる。



「――ビャクヤちゃんが宇宙人って、どういうこと?」

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