第46話 飛び立ち

「出発はもう、すぐにでもしたいところだけど――準備はいいの?」


 ビャクヤが乗ってきた宇宙船――、

 大きな、体育館ほどの大きさの宇宙船の前。


 日野、ビャクヤ、サクヤ――そしてフロックスとキヌオ。


 飛び立つ側と残る側で――それぞれ分かれていた。


「まあ、準備なんて最初からないけどね――」

 言っている日野は手ぶらだった。

 地球のお土産すら持っていく気はなさそうである。


「それでぼくは結局、奴隷になるの?」


「それは……」

「姉さま……?」

 それだけは許さない――と、視線でビャクヤ。


「うん――奴隷にはならないわね、うん。まあでも、パラディナイツの部隊のどこかに配属されるとは思うけど――それくらいはいいわよね?」


 サクヤは日野ではなく――ビャクヤに聞いた。


 もう既に、日野には意見を言う権利すらもなくなっていたらしい。


「チームを編成するなら――絶対にわたしのところにして」

「そういうのはわたしじゃなくてお父様に――」

「姉さまは、わたしが嫌いなの?」


 泣きそうな表情を上目遣いで見せるビャクヤ――。

 うぐう、と胸を押さえるサクヤは――ビャクヤの言いなりだった。


 上手いこと、サクヤの転がし方を学んだビャクヤは、妹としてランクアップしたらしい。

 そんな、妹の特権をフルに使いまくる彼女に、サクヤはなにも言えずにいた。


 厳しくし過ぎて――妹に、自分のことが嫌いだと思われてしまっていたから。

 事実、何十年も苦しめてしまっていた罪を意識してしまって――。


 サクヤはビャクヤに、迂闊に厳しくできない心理状態になっている。

 とは言え別に、それはこれから甘やかす理由にはならないのだが――。


 日野は、特になにも言わずに――、二人を一瞥しながら、宇宙船に乗り込もうとして。

 がしっと、腕を掴まれた。


 その手は――フロックス・ダイナマイツ。


 母親に化けていた彼は――、


「……勝手なことを、しやがって」


「――ごめんなさい。でも、これは譲れなかった」


 なににも興味を示さず――どうでもいいと切り捨てられる人格を持つ日野でも。

 さすがに家族までは――切り捨てられなかった。


「――お前は、オレたちを、恨んでねえのか……?」


「恨んでないよ」

 日野は即答した。


「ぼくの両親は、他にもいたらしいけど――でも、ここまで育ててくれたのは今の母親と父親だよ。昔の両親の顔は――まあ、変化している顔だったから、知っているけど……でも人格まではさすが分からないし。ぼくにとっては今の父親と母親が、父親と母親なんだよ」


 ややこしい言い方だけれど――日野の意見だ。


 今まで彼の成長を見てきたフロックスだから分かる――日野はもう、親なんていなくてもやっていける。だから安心して送ることができる。親としては、これ以上に嬉しいことはなかった。


「嬉しいことを言ってくれるねえ――」


「これに関しては本物よりも、偽物が良いよ」


 そして日野は、それからちらりとキヌオを見た。

 キヌオは――号泣して、日野にしがみついた。


 暑苦しいが――がまんできないほどではない。

 それに今を逃せば、次にいつ出来るかも分からないことだ。


「父さん――」

「日野、日野、ごめんなあ――ごめんなあ……っ」


「あーもう、暑苦しいんだよ、お前はよ!」


 キヌオの尻に蹴りを入れて――フロックスが日野からキヌオを引き剥がす。


 現在進行形で泣いているキヌオを見て――日野は、


「また会えるから」


 それは確実だと言えるわけではなかったけれど――いずれ、また。


 会えるとそう信じて。


 ―― ――


「準備はもういいか――?」

「姉さま――まだ、茅野が……!」


 茅野の姿は、ここにはなかった。

 彼女は日野の家で、体を休ませているところだ。


 あれだけの怪我だ――、

 数分で治すことなどできないし、意識を取り戻させることも同じくできるわけではない。


 すぐに飛び立たなければいけないサクヤのスケジュールに従えば――茅野が目を覚ますのをのんびりと待っていることはできなかった。

 だから――、


「いいよ」


 日野はそう言った。


「もういこう」

「待ってよ日野! まだ、茅野が――」


 ビャクヤの口を押さえて――騒音を消して。


「また、会いにくればいい――これで、死ぬわけじゃないんだから」


 その言葉に――瞳に、ビャクヤはなにも言えなかった。

 日野がいいと言うのならば――それに従うまでだった。


「じゃあね――茅野」


 ビャクヤは最後にそう声をかけた――。

 それが彼女に届いていないとしても関係なく――、

 言っておかなければ、気が済まなかった。


 そして――騎士隊の男たち、全員。

 サクヤ、ビャクヤ――最後に日野。


 彼女、彼らを乗せた宇宙船の扉が、大きな音と共に、閉まった。


 もう――声は届かない。

 見えるのは姿だけだった。


 ―― ――


「この宇宙船は、一般人には見えないんだよね?」


 窓の外――夜空と、町の景色を真下に見ながら、日野が言う。


「そうね。今の日野みたいに、上位の宇宙人――ここで言うのは、ビャクヤのことだけど――のエネルギーが体の中に定着していないのならば、他人には見えていないはずよ」


 それに応えたのはサクヤだった――そして彼女は、

「ここに座って」


 促したそこは、サクヤの席の真後ろだった――。

 座る前に、キッ、と日野のことを睨むサクヤは――警戒している様子だった。


「……別に、これ以上はなにも言わないよ」

「――いや、そういうわけじゃないんだけど……まあいいわ、それで」


 サクヤはそう言って、視線を前に戻す――。


 日野の目の前に広がる光景は、数百のモニターと、同じ数の騎士隊――、だが鎧は脱いでいる。同じ鎧を着ていたから、みな、変わりがない姿をしているのかと思っていたが、そうではなかったらしい――それぞれに個性があって、それぞれの人格があって。


 それが普通なんだなあ――と、日野は椅子に座りながら思う。


「もう一人の子――茅野、ちゃんだっけ?」

 サクヤは声だけで、二人に話しかけた。


「デーモンは、卵を他の生物に植え付ける習性を持っているのだけど――でね、デーモンの子供が奪い取るエネルギーというのは、最初は必ず、負の感情なのよ。

 そういう前提があるから、よっぽどのことがない限りは、ここ数年はきっと、あの子から卵が孵化することはないと思っていたんだけど――」


 そこまで聞けば――、あとの質問は分かってしまう。 


 つまり――、


「あの子と、なにかあったの?」

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