最終話 エピローグ

「それは――」

 言いにくそうに、ビャクヤは口を閉ざしたが。


「――ぼくのせいだよ」

 日野は迷いなくそう言った。


 そう言うべき、責任があったから――。 


 それを聞いたサクヤは、

「そう――それで、後悔をしているの?」


「していないと言えば、嘘になるけど――」

「回りくどい言い方――解決策は?」


「謝ろうと思うよ――今度はきちんと返事をしようと思ってる。

 だから、ぼくはいずれまた、地球にくるよ、どんな手を使ってでもね」


「それなら良かった――」

 サクヤは、ふふふ、と笑う。

 その声は、やはり姉妹だから――、ビャクヤとそっくりだった。


「そういう前向きの意思があるのならば――、

 私たちの仲間になる条件を、充分に達成しているからね――」


 サクヤは、ぱんぱん、と手を叩く。


 同時――騎士隊の全てのメンバーが、サクヤの方を向いた。


「それじゃあみんな――新たな仲間に、大きな拍手を」


 日野に向けられる――目。

 感情は――、歓迎。


 慣れないことをされて戸惑うことはあったけれど――しかし手が握られていた。

 ビャクヤに手を握られていたから――心は落ち着いていた。


「――どうも」


 日野は軽く手を振ってから、目を閉じた。


 ―― ――


「結局、実際には会えなかったわけだけれどさ――」

「裏切り者」


「ごめん」

「嘘だよ。責めてるわけじゃない。恨んでもない――ただ、寂しいかなって」


「寂しい? 澪原が?」

「そう――なに? 似合わない?」


「似合い過ぎ」

「……いじわる」


「いじめてみたくなるほどには、ぼくは澪原に意識を向けているってことだよ」

「なによ、今更――あの時、『そんなことよりも――』って意識を逸らしたくせに」


「ぼくも戸惑っていたからね」

「嘘をつかないで。それが一番、私は嫌」


「…………」

「沈黙も、私は嫌い。今の日野くんは、もう普通なんでしょう?」


「普通ではないよ。まあ、ぼくがこんな人格になった原因は、取り除かれたけどね――」

「へえ――そうなんだ」


「だからと言って、これまでのことを引きずらないと言えるわけじゃないけど」

「いいんじゃないかな? 日野くんらしくて」


「ぼくらしさって――なに?」

「優しいところじゃないかな――」


「ぼくが、優しい? ぼくのどこを見て、そう思うの?」

「分かるよ――私はずっと、日野くんを見てきたから」


「……ぼくは、澪原のことは、よく覚えていないよ」

「過去に興味はないから――今と未来、覚えてくれればいいよ」


「努力するよ」

「きっと忘れないよ――日野くんなら」


「じゃあさ――保険をかけておくよ」

「保険?」


「うん――あの時の返事。

 本当は、直接、言いたかったけど――今ここで先に言っておく」


「…………」


「ぼくには、好きとかは分からない」


「…………」

「それだけで、澪原の気持ちを断るのは、さすがに失礼だと思うから――だからさ」


「…………」

「今は――断っておく。お前の気持ちには応えられない――でも」


「…………」

「いずれ見つけて――もう一度、返事をする」


「…………」


「ぼくの人生は長かった――これまで、長かった。

 そしてこれからは、今までと比べれば、短い。

 短いけどね――その間にきっと、見つけてくるよ」


「……ビャクヤちゃんと、一緒に?」


「うん――あいつと一緒に、見つけてくる」

「それ――もう答えみたいなものだけどさ」


「うん?」

「いいよ――見つけてくればいい」


「……なんか、怒ってる?」

「怒ってる。でも日野くんにじゃなくて――それを聞いてなにもできない自分に、怒ってる」


「――できることをやればいい」

「できないことを諦めろと?」


「できないことは、できるようになってからやればいい」

「時間が解決してくれるの?」


「時間が解決してくれる――まあ、でもそれは、スタート地点に立たせてくれるだけだよ。

 あとは自分の力。結局、解決させるには、自分の力が頼りなんだよ」


「……今日はよく喋るね、日野くんは」

「澪原もだけど」


「こんなに話すことは――現実世界ではできなかったね」


「でも、今のテレパシーみたいな状況でこうして話せるってことは、現実世界でも話せるってことかもね」


「もっと早く気づいていれば良かった――そうしたら、もっと近づけていたかもしれないのに」

「もう遅い?」


「――そんなことはないよ」

「なら――これから近づけばいいんじゃないかな?」


「できるかな?」

「さあね?」


「日野くん――」

「それはお互い次第――少なくともぼくは、できると信じている」


「私も、信じていいの?」

「できると、信じればいい――」


「違う違う――日野くんのことを」

「……勝手に、すればいい」


「最後だけ、無愛想。

 でもそれもまた、日野くんらしいかもね――」


 ―― ――


 目を開けた――そこは、宇宙船の中。

 ぴこぴこと電子音が鳴っているが、音がそれしかなかった。


 サクヤは――寝息を立てて眠っている。騎士隊の男たちも、最小限の人数しかいない。

 働き詰めは、さすがにサクヤが管理しているのだろう――労働と休憩をきちんと分けているらしい。さすが――と言うべき管理者である。


「――なにしてんの? ビャクヤ」


「へ? いや、や、なんでもないけど!」


 ビャクヤは慌てて伸ばした手を引っ込める。

 彼女は日野の隣――、自分の椅子から身を乗り出して、日野の顔に触れようとしていた。


 目的がまったく分からない――。

 まあ、なんでもないという理由が嘘だということは分かるが。


「日野はさ――ほんとにあのままきて良かったの? ほら、茅野への返事」


「あ、それはもうしたからいいんだよ」

「は?」


 きょとんとするビャクヤ――。

 彼女はしかし、質問をすることなく、まあいいやの精神で受け流すことにしたらしい。


 雑に扱われている――、

 確かに信じられないようなことを言っている自覚はあったが。


 そして――、


「でさ、日野――」


 ビャクヤは、ぼそりと言った。



「わたしも――好きなんだよね、日野のこと――」



 一瞬で――、日野の頭の中が真っ白になった。


 だが――返事はできた。


「へえ」


「へえってなに!? 

 なにそのどうでもいいから早く寝ろよみたいな態度!」


「別に、そういうわけじゃないけど――」


 そんな態度は取らない。

 一度、痛い目を見ている――茅野の時で、もうこりごりだ。


 だから――今度こそは。

 納得のいく返事をすると――そう決めた。


「ぼくはさ――いや、そもそもさ、好きって、なんだろう?」

「――は?」


「ほら、好きか嫌いで言えば、ビャクヤのことは好きだけどさ――それは食事をする時とか、食べ物のそれそのもが好きだとかさ、それと一緒なんだよね」


「えと――つまり?」


「よく分からないってこと――ビャクヤの好きが、茅野の言う好きが、分からないから」


「ちょ――ここにきてまたはぐらかすの!? あんた、実は絶対っ、分かってるでしょ!」


「薄らと――薄皮一枚程度だけどね。でも――本当の意味では知らないから」


 日野は――じっと、ビャクヤを見つめる。

 その瞳に、ビャクヤは押された。


 椅子に、強制的に、座らされた。


「だからそれを一緒に見つけようと思って――茅野にも、そう言った」


 日野はそして――視線を前へ向けた。


「柔軟惑星――ナイツ、ね」


「言っておくけど――まだ着かないわよ? あと一日以上はあるし――」

「うん――分かってるけど、楽しみだから。そこで始まる新しい生活が」


 日野が見つめる場所を――ビャクヤも見つめて。


「さっき、一緒に見つけていきたいって、言ったわよね?」

 日野は、頷いた。

 そしてビャクヤは続けて、

「なら、わたしは、日野の隣にいてもいいってことよね?」


「それは――そういうことになるね」

「わたしから離れたら――お仕置きするから」


「……好きにすればいい。どうせぼくのこれからの人生、ビャクヤは必ず登場するから」


 ふっ、と日野は笑って。

 それを見て、ビャクヤも同時に笑って――。


 気づけば二人の手が、重なっていた。



 目指すは柔軟惑星――ナイツ。


 季節によって――、そして星の状況によって形を自由自在に変えるその星で。


 二人の新しい生活が始まろうとしていた。



 ―― 完 ――

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侵略のビャクヤ(旧盤) 渡貫とゐち @josho

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