第15話 日野とビャクヤ その2

 その時はなんとなくでいつも通りに対応をしておいたが、

 まあきちんと聞いて理解したところで、結局は同じ返答をしたと思うが――。


 侵略――。


 おかしな言い回しをするものだ。


 おかしな言い回しをするだけあって、彼女はやはりおかしかった。

 未だ着替えている男子がいるのにもかかわらず、そんなこと関係ない、とでも言いたそうに日野の元へ向かってくるのだ。


 ターゲットとして認識されたのは理解しているが――、

 それでもまさかここまで場所と状況を選ばないとは思っていなかった。


 目的は日野なのだろう――しかし慌てることはない。


 男子の着替え中に入ってくれば、尚更――たとえ着替えていなくとも、ビャクヤが入ってくれば、男子は必ず全員、食いつくはずである。

 その通りに、着替え終わっている男子は全員、入ってきたビャクヤを囲むようにして群がっている。体育終わりで汗をかいている肉体が擦り合わさっているあの中心にいるのは最悪だな――と思うと同時に、中にいるビャクヤに向けて、可哀そう、に近い感情を向けた日野。


 だが――その感情は無駄に終わる。


 男子の体を通り抜けるようにして――、ビャクヤが歩いてくる。


 ビャクヤが――いや、群がる男子達の体が、微かに薄く、透けている。

 そこをビャクヤが涼しい顔をして通り過ぎたのである。


「……なんだ、それ」

「――面白いでしょう? 少しは興味を持ってくれた?」


 それに関して言えば興味しかないが――しかし、勘違いしてほしくないのが、日野は別に、ビャクヤに興味を持ったのではなく、そのおかしな現象に興味を持ったのである。


 あの日野が――、


 興味を持った。


 彼をよく知っている者がその場にいて彼を見ていれば、彼に抱き着くほどに喜んだことであるだろう――、それほどにまで日野は、誰かに心配をかけてしまうほどに興味という探究心を失っていたのだ。

 そんな彼の興味を誘えるものなど、この世には存在しないのではないか――存在しないものを見せるくらい、しないといけないのではないか、と思われていたが、

 それを、ビャクヤは持っていた。


 この世のものではあるけれど――この星のものではない。


 興味を持った日野――しかし変化はそれだけだった。


 内心を覗ける者でないと彼の変化など分からないだろう。


 日野を外側から見ただけでは、なにも変わってなどいないのだから。


「これはただ単に、わたしとあんた以外の人間を、

 同じ座標の別次元に時間を停止させたまま飛ばしただけよ――」


 さらりとそんなことを言ってくるビャクヤ。

 まるで簡単そうに――事実、簡単なのだが。


「難しいことはしてないわ――最近じゃあ、科学班も腕が上がっているしね。パラディナイツに所属しているんだから、そりゃ腕は立つ方というか、最高峰なのだけれど――」


 聞いてはいるが、いまいちなにを言っているのか理解できていない日野。


 内容の理解は最小限でいい――、

 今のビャクヤの言葉は、理解しなくてもいい類だ。


「それで――どうやったの、それ」

「あ、なんだ――こっちの方が気になるんだね」


 ビャクヤは、ふっふーん、と胸を張る。

 そしてボールペンのような、しかし銀一色で、なにも書けないような――、

 ペンというよりはただの棒を、くるくると回し、回転させ、

 三回転したところで、棒先を日野に向け、ピタリと止める。


「魔法のペンってところかな」

「棒じゃん」


 一瞬、言葉に詰まったビャクヤは、格好をつけたテンションを崩さないようにして、


「棒じゃない――っ、

 棒に見えるけど、ほら、こっちが太くてこっちが細いから、ペンに見えるでしょ!」


 と無理やりそう言い張った。


 棒だったところで、ペンだったところで――話に支障はない。


 なので日野は――、

「まあ、好きにしていいよ」


 とりあえずは、ペン、ということにしておいた。


「そのペンを使ったの? そのペンだけで、この現象を?」


「ええ、まあね――ペンで、まずは対象を設定したの。この場合は、あんた以外の男子生徒、全員。ああ、一応、女子生徒も全員、別次元に移動させておいたから心配しないでね」


 心配などまったくしていなかったが、話が途切れるのは嫌なので、日野は沈黙を貫いた。


「設定したら、あとは簡単。スイッチを押せば、簡単に別次元に移動させてくれるの――まあ設定が面倒なんだけど。どこの座標なのか、設定が難しくてね……、わたしでもてこずるんだから、これ。でもまあ、それは前もってゆっくりやればいいだけだし――、

 このペンの弱点でもある、『設定に手間取る』ってことだけど、そんな急かされる状況で使うわけじゃないから、全然、弱点としては機能してないわよね」


 ふふふ、と笑うビャクヤ。


 おいおい――別次元については触れないのだろうか。


 さらっと出てきた単語だが、それが一番と言えるくらいには、謎ワードだけれど。


「……ふーん。別次元、ねえ」


 ようは、日野たちがいる空間と重なるように存在している、まったく別の空間ということなのだろう――日野はそう勝手に解釈しておいた。

 質問すれば、質問した時の時間――その倍以上の解答が返ってきそう(それは当たり前か)なので、日野は自己解釈で話を進めることにした。


 興味はある――だがそれと時間をかけることは話が違う。


 時間がかかることで興味が薄まってしまうこともあり得る。


 だから説明は手短に――本題を的確に。


「――そのペンのことは分かった。

 今、なにが起きたのかも、どういう原理なのかも、まあ分かったよ――」


 それを踏まえた上で、日野はビャクヤに問いかける。


「――それを持っているお前は、一体何者なの?」


「――ふふん、やっとわたし本体に興味を持ってくれたってことね」


 違うのだが――いや別に、違うわけではないのか、と思い、肯定した日野。


 日野の肯定が嬉しかったのか――ビャクヤは満面の笑みを見せる。


 そして手を腰にあて――、



「わたしはこの星を侵略しにきた宇宙人――、ビャクヤ・ホワイツナイツよ」




 そう言った。


「…………」


 日野はなにも言わず、視線をビャクヤからはずし、お弁当に箸をつけようとした。

 しかし、


「違う違う! そんな変なものを見るような目でわたしを見ないで! 

 事実! ほんとに侵略しにきた宇宙人なんだって!」


 ビャクヤは必死に、日野の興味を惹こうと努力していた。

 だが――もしも宇宙人だとして。


 侵略しようとしているのだとして――。


 それを侵略対象になっている星に住む人間に言うのか――。


 喧嘩を売っている?

 それともただの馬鹿か――。


 馬鹿なのかもしれない。

 さっきも、馬鹿だと思ったばかりだった。


「……いや、信じていないわけじゃないよ――信じた上で、どうでもいい」


「それなら信じてくれていない方が傷つかなかった!」


 言いながら、ビャクヤが、座っている日野に詰め寄ってくる。


「だってね……説得力がないし――」

「さっきのペンは!?」


「ああ、あの棒――ペンね。まあ、うん――凄いんだろうけど。で? って感じだし」


「たぶん、それは世界中――、

 いや宇宙中を探したところであんたしか抱かない感想でしょうね!」


 意地になっているわけではないが、しかし信じようとしない日野。


 日野としては、会話自体を終わらせたいだけなのだ。

 興味があったのはさっきの男子を通り抜けるビャクヤ――その現象であって、彼女のことは二番目である。二番目に持つ興味など、切り捨てても構わない程度でしかなく――、結局、侵略などどうでもよく、宇宙人のことなど、同じくどうでもいいわけだ。


 だからこそ、信じた上でどうでもいいと切り捨てたのだが――。


 しかしビャクヤは日野の腕を取り――、


「じゃあ、行きましょう」

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