第16話 分かりやすい侵略の仕方

「……どこに?」

「どこでもいい。信じてくれるまでたっぷりと話してあげるわ」


 そして思い切り引っ張った。


 がたん、と日野の足が机にぶつかっしまい、机は激しく揺さぶられ――、

 そして上にあった、開かれていたお弁当が、その揺れによって移動し、落下。


 中身は地面に着地し――、ぶちまけられた。


 日野の昼食は、綺麗に全て無くなった。


「…………」

「…………」

 沈黙が、重い。


 母親が作ってくれたお弁当は、一口も食べることができずに世界から存在を消した。


 地面にはあるけれど、さすがに食べる気にはなれない――。

 食べ物を大事にする前にまず――自分を大切に。


 そして日野は――、

「…………」と、落ち着いた様子でビャクヤの拘束を振りほどき、お弁当の箱だけを拾う。

 二段あった弁当箱を重ねて一つにし、蓋をした。

 そのままカバンに入れて一段落。罪悪感からか、なにも言わないビャクヤのことはひとまず置いておいて――、再度、地面に落ちているおかずなどを拾う気にはなれず、日野は、机を枕代わりにして、顔を伏せる。


 このまま眠る――。


 ちょうど、静かで良い環境だ。


 意識が落ちかけたその瞬間――、日野は暗闇の中、視界の移動を感じた。

 さっきと同じ感覚――椅子から地面へ、倒される感覚。

 しかし今回は押されたのではなく、これは――引かれた。


 目を開ければそこはもう、既に教室ではなかった。

 廊下――そして階段を上がっていく。


 首根っこを掴まれ、引きずられている。


 その状況で日野は――、しかし抵抗をせずに、再び目を瞑る。

 どこに行くのかは知らないけれど――知ろうとも思わないけれど、ひとまずは。


 ぼーっと、していよう。


 ―― ――


 そして、現在。

 屋上の真ん中付近で、座りながらお弁当を食べているビャクヤ――そして日野。


 日野の方にお弁当はなく、ただ座っているだけだ――ビャクヤの方からおかずを提供されたが、日野はその厚意を断った。

 その時、言い方に問題があったのかもしれない――、日野は「お前のだから嫌」と言った。これは確かに、特定の人物に向けて言っているように聞こえてしまう――、

 しまっていてもおかしくはないだろう。


 しかし日野は、ビャクヤだから嫌なのではなく――誰だろうと嫌なのだ。

 さすがに家族だった場合は受け取るが――家族以外からは絶対に受け取らない。


 そういう人格。

 そういう個性。


 直そうと思ってもなかなか直せないようなもの――昔からの癖のようなものだ。


 直後にビャクヤは、

「……いい感じに侵略させないようにしているじゃないの」と言っていたが、日野の方に侵略を阻止しようとしておこなった行動としての自覚はない。

 なので偶然――勝手にビャクヤが勘違いしていただけで、

 日野がビャクヤの言う『侵略』に意識を向けているわけではない。


 盛り上がっているのはビャクヤ一人。

 日野は侵略の意味も、よく分かっていないのだ。


 だからこそビャクヤが言った、宇宙人――それに引っ掛かる。


 そして侵略――侵略とは、イメージ通りの『そういうこと』だと言うのだろうか。


 こうして――話は本題に突入する。


 日野の――、

「お前は宇宙人、ってことでいいのか?」という一言によって。


 ―― ――


「そうよ、宇宙人。

 柔軟惑星ナイツから地球を侵略しにきた――ビャクヤ・ホワイツナイツよ」


 さっきよりも設定が細かくなっている――と考えていると、疑っているように聞こえてしまいそうだ。日野は細かいことは気にせず、単純に気になったことを聞く。


「侵略って――この星を?」


 そうだとは思うがしかし、ビャクヤは日野に向かって、「侵略してやる」と言い放ってきた。

 あの言葉が冗談とは思えない――とは言え、日野を侵略しながら地球侵略もできないわけではないのだから、同時進行の可能性もあるが。


「そうよ――最終的には。

 けど、今はあんたを……あんたを侵略することだけしか見えてないから!」


 そうらしかった。

 いいのか、それで。


 思わなくてもいい心配をしてしまう。


 だがビャクヤは『最終的には』――と言っていた。

 つまりこの星を侵略することを、『今』はしないだけで、後々にするということだろう。

 日野にとってはどうでもいいが――、

 けれど母親や父親にとってはよろしくない事態である。


 面倒なことになった。

 本当に面倒だ。


「侵略って、結局、なにをするってことなの?」


「……えっと、わたしがする侵略っていうのは、別に危害を加えるわけじゃなくて……、

 平和的な解決? まあ――そういうことよ」


「星一つを懸けたことなのに、意外とふわふわしてるんだなあ……」


 危害を加えるわけではない――。


 それを馬鹿正直に信じるのもどうかと思うけれど――目の前の少女は、嘘を吐けるタイプには思えない。いや、嘘は吐けるだろう。クラスの男子たちに、『完璧で可愛いくて、良い転校生』を演じているのだから、嘘自体は吐けるし、人を欺くことも慣れていそうなものだ――、

 だがしかし、だとしても日野の目は騙せない。


 人を見ることに慣れているわけではない。

 見破ることに慣れているわけでもない。


 なんとなく。


 自分勝手に生きてきた――自然体で生きてきた日野にとって。


 相手の自然と不自然くらいならば、なんとなくで分かるのだ。


 そしてビャクヤの今の言葉は――自然だった。

 言いたいことをただ言っただけのように思えた。そう感じたということは、そうなのだろう。

 危害を加えないという発言は、本当のことなのだろう。


 ならば――、今は、信じることにしておいた。

 それに、ビャクヤは都合良く自分に付きまとってくれている。


 邪魔で仕方なく、すぐにでも引き離したいところだが――放ってもおけない。

 地球のためではなく――自分のためでもなく。


 どうでもいい、とは切り捨てられないものの一つくらいは、

 彼の中にもきちんとあるのだった。


「ぼくを侵略するってのは?」

「まずはあんたを、わたしに惚れさせるわ」


「やめておいた方がいいよ。――それって、ぼくを侵略してから地球を侵略しようってことなんでしょ? お前の場合。……だとすると、地球侵略を開始するのは、ぼくが死んでから――そうだね、長生きするとはとても思えないから、あと五十年くらいかかると思うよ」


「……絶対に惚れない自信があるのね。でも――それ以上に気になったのはあんた、自分で六十代までしか生きられないと思っていることね」


 日野は、

「これでも長く設定したつもりだけど」と言った。


 これで長く――。なら、元々の設定は一体いくつなのか……五十代、だろうか。


「ぼくが生きているのは、家族がいるから――こんなぼくでも生きていられるのは、家族がいるからなんだよ。家族を悲しませたくないから、生きているだけなんだよ。

 ひたすら作業的に生きているだけなんだよ――。

 だから家族が死ねば、ぼくは生きる意味を失くす。つまりは、死ぬってこと」


「自殺……ってこと?」

「――さあ? その時になってみないとね」


 とは言ったが、恐らくはそうするのだろう――自分でも分かる。


 きっと、自殺するのだろうなあ、と。


 すると目の前では、ビャクヤが本気で引いていた。


 宇宙人にまで引かれているのは、なかなか体験できないことである。


 人生の中でも上位に入るくらいの、珍しい体験をした――保存版だ。



「えっと――じゃあ、気を取り直して、」


「なにを始めるつもり? もうお前が宇宙人だってことも、

 侵略をしにきたってことも信じたんだから、なにも話すことはないと思うけど」

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