第17話 無防備な侵略者

 うぐ、と言葉を詰まらせるビャクヤ。

 もしかして、信じる信じない関係なく、ただ話したいだけなのではないか――。


 本当に侵略者なのだろうか――そう思ってしまう。


 あまりにも、無防備ではないか。

 本気さが感じられない。


 侵略する側としては困ったものだが、侵略される側としてはラッキーなことだ。


 侵略される前に武力でどうにかできるのではないか――相手は宇宙人だが、女の子である。しかしそう思って油断していると、足をすくわれる。力が無さそうな細く白い腕でも、その手に持ち、戦う道具は、人を別次元に送ることができるペンである。


 人そのものではなく技術の差――科学的な差で勝ち目がない。


 だがまあ――、今のところ日野がビャクヤに侵略されなければ、それまでなら、地球は無事である。焦ることもないだろう――ビャクヤの心変わりがなければ、の話だけれど。


 そして未だに次の言葉が出ないビャクヤ――、隙だらけの懐に、日野が手を伸ばした。そしてポケット――さっき、目ざとく見ていた、ビャクヤの持っていたペンの行方。

 素早くポケットの中からペンを取り出した日野は、そのペンを眺める。


 太陽の光がペンの銀色に反射していた――眩しくて、片目を瞑る。


「――あ!」と、抜き取られたペンに気づいたビャクヤが声を出し、日野に向かって手を伸ばす。しかしその手を、日野はひょいっと避け、ペン先をビャクヤに向けた。


「動けば、お前も飛ばすぞ――別次元に」


 その言葉にビャクヤは、

「っ、」と反射的に手を顔の前まで上げて身を守った。


 それが意味することは――。


 日野はビャクヤの反応で、一つの引っ掛かりを取ることができた。


 つまり――、


「なるほどね。お前が持っていたから、お前ら宇宙人にしか使えない『アイテム』だと思っていたけれど、そういうわけでもないのか――」


 日野に使えないのならば、ペンを突きつけられたところで――、脅しの言葉を言われたところで、ビャクヤは平然としていることができるはずである。

 だが彼女は怯え、そして身を守ろうとした。

 別次元に送るのだから、手を上げて守ったところで、意味がないのではないか――ということはひとまず置いておいて、だ。


 日野でも使える――地球人でも使える。


 なるほど――これは良い情報なのではないか。


「――返して、よっ!」


 日野は別に、油断していたわけではないけれど、あっさりとビャクヤにペンを奪い取られてしまった。直接的に聞くのではなく、反応で答えを導き出したかっただけで、今、答えは出たのだ――このペンにもう用はない。


 ペンを掴んでいた手――今は空を掴んでいる。

 その手を一度、開き、再びなにも掴まずに閉じた。


 ビャクヤは奪い取ったペンを大事そうに――事実、大事に胸のところでぎゅっと握っている。


「――いきなり怖いことをしないでよ。びっくりするじゃないのっ」


 ビャクヤの文句。そこで日野は、


「――それ、なんて名前なの?」

「――は?」

 唐突な会話の変動についていけなかったのか、間抜けな声を出すビャクヤ。


 日野は繰り返す。

「名前」

「…………」


 もしかして、どの対象物のことなのか分かっていないのではないか――と補足をつけようかと悩んでいた日野の心配は、杞憂に終わる。

 ビャクヤは握っているペンを胸からはずして、日野に見えるように出してきた。


「これのことでしょ……? でも、なんで名前なんて。名前がどうかしたの?」


「なんとなく――」

 そんな言葉すらも、日野はなんとなくで言っていた。

「ただ『ペン』って言われているだけなのは、可哀そうだと思うからね――。名前があるのならば、その名前で呼んであげるのが、やっぱりいいんじゃないかなって」


「あんた、そんなキャラじゃないでしょ――まあ、いいけど」


 確かに――そんなキャラではない。可哀そうとか、ただの『物』に感情を向けることなど日野はしない――そもそも、日野は人間に感情を向けていることすら、ないと言えるのだから。


 ならば――なぜなのか。


 そのペンの名前が気になるなんて――。


 日野らしくないと言えば――そう言える。


 日野らしくない――もしかしたら、日野ではない? 


 いや、だが正真正銘、本物の日野である。

 見た目で確認すれば、完全に日野であるし、言動だって確実に日野であると言える。外見的なこと――、視覚的なことで見れば、日野をよく知らない者だとしても、初対面でなければ今の日野は日野であると認識するだろう。


 だからこそ――視覚的には分からないことである。

 内面的に、日野は――変化してきている。


 ビャクヤという少女――宇宙人の登場によって。


「『デリート・S』……一応、名前を言えば、これが名前だけどね」


 物騒な名前だな――日野はそのペンの名称を聞いて、まずそう思った。

 起こせる現象の的をはずしているわけではない――。


 現実――日野がいるこの次元から生徒は『消去』されているのだから。


 まあ、突っ込んで言えば、『移動』であるが『消去』と取る者もいる。


 たまたま、開発者はそう思ったのだろう。


「――ちなみにデリート・Sの『S』はスモール……、

 小規模の効果範囲って意味と、スティックって意味があって、」


「やっぱり棒なんじゃん」

「そこはもういいでしょ!」


 説明途中なのを遮られたからなのか、それとも返す言葉がなかったから力づくでそう押さえつけてきたのかは判断できないが――ビャクヤは日野の指摘を塗り潰す。


「そこはもういいの……えっと、でも、これ以上、説明することもないか――」


 ビャクヤの言う通り、名前以外に知りたいことと言っても、日野の中には存在していなかった。銀色のペン――『デリート・S』は、設定した対象物を別次元に飛ばせる。

 それは小規模であるが、地球基準で考えれば充分に脅威となる。


 そんなアイテムが他にもあるのだろうか――と、日野の疑問に、ビャクヤが答える。


「そりゃあるし、持ってるけど……それをわざわざ丁寧に教えると思う? 

 自分の手の内は、そう簡単には晒さないものなのよ」


 とは言うが、ビャクヤの場合――積極的に晒している気もするが。


 しかし、ビャクヤのことを説明しろと言われても、日野は説明できないだろう。


 情報を出していながらも、それはアイテムのことや地球にきた目的であって、ビャクヤ自身についてはあまり話してはいなかった。

 そういうところはきちんと線引きしているのか――ビャクヤへの評価をあらためる日野。


 そして、一通りの話を聞き終わったので、日野が立ち上がる。


「――え、ちょ、ちょっとっ!」

 と、ビャクヤが日野の手を掴み、彼の歩みを止める。


 なに? ――と言葉で言わず、視線で訴える日野。


 ビャクヤには充分、それで伝わっていたらしく、


「なに? ――じゃないわよっ。なにを勝手に帰ろうとしているのよ! いま教室にいったって、誰もいないわよ――そう、別次元よ。長い時間、飛ばせるわけじゃないから、休み時間が終わるまでには元に戻るとは思うけど……」


「うん、充分。誰もいないからこそ――教室に戻るわけだしね」


 戻ってそして――ゆっくりしたかった。


 今日は人に関わり過ぎている――主にビャクヤであるが。


 彼女、ただ一人であるが。


 休み時間はあと少しであるが、それでも眠りたかった、というのが本音である。


 いつもならば騒がしい教室も、別次元に生徒が飛ばされている今ならば、静かである――机で寝ることにこだわりがあるわけではないが、学校にいる時は常に座っている席で眠れる、というのは、これはこれで、他の場所で眠るよりも快適なのだ。


 だからこそ――、


 日野は無理やり進む。

 ビャクヤの手は、自然と離れていた。


「――それじゃあ頑張って、侵略」


 日野はそう言って、屋上から校舎の中へ、入っていった。

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