第18話 ビャクヤと茅野 その1

 屋上から去る日野を見つめながら、ビャクヤは思う。

 最後の――日野の言葉。


「頑張って――侵略」

 その『侵略』という言葉は、一体、どっちだったのだろうか――。


 地球について? 

 それとも日野を侵略することについて? 


 日野を侵略することに日野自身が『頑張って』と応援するとは思えないけれど――、

 しかし、それは普通の人にしか適応できないことである。


 普通ではない日野――。

 宇宙人であるビャクヤから見ても未知に思える相手。


 日野ならば応援してもおかしくはない――自分のことでも他人事で。

 自分がもう――他人も同然になっている。


 だから今の「頑張って」という言葉が、どっちのことなのか分からなかったビャクヤだが――自分勝手に『日野についての侵略』のこと、ということにしておいた。


 侵略相手に頑張ってと言われるこの感覚は、初めて味わうものだ――。

 新鮮だった。


 おかしな話だが――嬉しかった。

 そう言われたことが。


 頑張ってと――そう言われたことが。


 そして、置いて行かれたことに心が傷つき――日野を追いかけたい衝動に駆られる。


 広げた弁当を食べ切らずにしまい――雑に持ちながら立ち上がった。

 日野を追いかけるようにして走り、屋上の出口に向かうビャクヤはそこで――止まった。


 屋上と校舎――。

 境界線を踏んだところで止まり、半歩ほど、下がる。


 上を見上げた。


 そこには空しかなく、ビャクヤの興味を引くものなどなにもないはずなのだが――。


 しかしビャクヤは、「そこでなにしてるの?」……そう聞いた。


 息を潜めて見つからないようにすることに徹していた彼女に――そう声をかけた。


 さっきまで気づかなかった――それは最も警戒するべき彼、日野がいたからである。

 日野がいることによって意識が全て彼に向かい、一瞬でも離せず、気が抜けない。しかし彼がいなくなった場合――いつもなら周囲に向いているはずの意識が、復活することになる。


 日野という対象を失った警戒は――周囲へと分散される。

 そしてその警戒に引っ掛かった――、屋上のさらに上、校舎から飛び出した小屋のようになっている場所の、上にいる、人の気配。

 害になるような意思はないのだから、ここで放っておいても良かったが、しかし――さっきの会話を聞かれている可能性がある。


 宇宙人――侵略という言葉。


 聞かれて、良いと思えるような事柄ではない。


 ビャクヤは侵略者だ。

 日野にはあんな態度だが、他の人間に対しても同じ、というわけではない。


 きっと容赦をしない――ビャクヤはそんな気持ちだった。


 相手の気配だけで、ろくに情報がない今は、相手が顔を出した瞬間に首を取ってもいいくらいの気持ちだった。実際にやるかどうかは置いておいても、気持ち的にはそれくらいのものであり――それくらいの覚悟であったと言えるだろう。


 だからこそ――出て来た顔を見て、動けなかった。


 言葉が詰まるのもそうだが――体もつっかえる。

 微かに動いただけで、そこから先に動けない。


「えっと……あの、」


 出て来た顔は見知った顔で――今はその認識を別のところに飛ばしていると思っている相手だった。思えば一時間目の段階からいなかった――最初からと言ってもいいだろう、その時からいなかったからこそ、ビャクヤの注意の網から、抜け出てしまっていたのだろう。


 彼女は――澪原茅野は。


 顔だけ出したまま、「……こ、こんにちは……」


 戸惑いと不安――、緊張が重なった微笑みを見せながら、そう言った。


 ―― ――


 澪原茅野のことは気になっていた――なぜなら日野に最も近い存在であるからだ。

 日野の前の席というだけあって、彼の一番の理解者なのかもしれない――、しかし彼女でも日野の全てを理解しているわけではなく、一部分でさえも、完全に理解しているとは言い難いけれど……、だからこその『かもしれない』だ。


 日野に最も近い存在――似ている存在。


 そのせいか――彼女もクラスメイトの全員から良くは思われていない。日野ほど嫌われているわけではないけれど、細かく分類すればそう判断できるわけで、大きく分類したとすれば嫌われているという部分に収まる彼女ではあるのだが。


 そんな彼女は今――ビャクヤの目の前に座っていた。

 お弁当を広げている。


 昼休みはあと少し――あと少しだけれど、話す時間くらいはあるだろう。

 ビャクヤはまず、



「――さっきの話、聞いてた?」

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