第19話 ビャクヤと茅野 その2
「い、いや、聞いてません、けど――」
その言葉を貫こうとしたのだろうけれど、
ビャクヤの睨みつけるような視線で限界がきたのか、
「――ご、ごめんなさいっ、聞いてました! でも、聞いてましたけど、その……、
正確になんて言っているかは、その……」
「つまり、声は聞いていたけれど、話は聞いていないと」
「……はい」
同い年なのにもかかわらず敬語で話してくる茅野にむずむずしてしまうビャクヤ――、
ビャクヤは、「もっと柔らかく話していいんだよ?」と話しやすいように自身も柔らかく言ったのだが、茅野はますます「――いいですいいです! これが私なんです!」と言って、敬語が固定されてしまった。
これが彼女の性格で、人格ならば――がまんして受け入れるけど……、
これが彼女だと思うことで、このままいく――。
どうせ、この上下関係が決まってしまっているような状況でビャクヤがなにを言ったところで、茅野はきっと、どんどん退いていってしまう。
最終的には手の届かないところにまで――。
そうなっては距離を詰める関係になる前に、今の段階に戻るまでも困難になりそうだった。
だからここは、このままいくことにしよう――いずれ慣れる。
だって、今ももう慣れてきているし。
「――そう。聞いてなかったのなら、助かったけど……。
一応、個人情報だから――あまり聞かれて嬉しいものじゃないし」
「そ、そうですよね」
茅野は微笑むビャクヤに合わせて、まったく同じに近いよう――微笑んだ。
明らかに無理をしているのはビャクヤでも分かった。
それにしても澪原茅野――、彼女はビャクヤに敵意を持つどころか、怯えを持っている。普通、女子ならば自分よりも可愛い子がいれば――そして男子に人気があってちやほやされていれば、妬みでもなんでも、少なくとも敵意が生じるはずなのだが、彼女にはそれがなかった。
もちろんビャクヤの勝手な思い込み(それと不確定な事前知識)で、存在している女の子が全員、そんな思考回路を持っているわけもなく、茅野のような少女もいるとは思うけれど――、
それでも少数だろう。
それに、茅野はそれだけではなかった――怯えているだけではなく。
憧れ――のようなものも、抱いている。
ビャクヤを見つめる両の瞳の奥――怯えという前衛に隠れて憧れが後衛に潜んでいる。
いつ詰め寄ってくるかは分かったものではないような――そんな力を感じる。
澪原茅野――静かだけれど、しかしパワーを持っている少女だった。
そんな彼女は、お弁当を食べる気などまったくなく、箸さえも手に持つことなく。
こうして向かい合ったのだから話題がないというのは失礼だ――と言ったような気遣いで生まれたような話題ではなく、彼女が心の底から思い、思い続け、それを聞くためだけに、こうして向かい合っていると言ってもいいような話題を、振ってきた。
「あの――」
茅野は言う。
「――日野くん、のことです」
日野という言葉にびくりと肩を震わせるビャクヤ。
反応してしまったことを茅野に気づかれないように冷静さを保つが――対応としては遅いので、誤魔化して切れているかは分からない。
たぶん、絶望的かもしれないが――だが、茅野は俯きがちだったので、なんとか、気づかれてはいないようだった。
日野への――その想い。
茅野が抱いているものとは違うが、それでも――想う気持ち。
そして茅野はビャクヤの返答を待たない。
「――白姫さんは、どうしてああもがつがつ、日野くんに踏み込んでいけるんですか?
どうして、ああもアタック、できるんですか?」
「…………?」
――アタック?
ビャクヤの頭の中は、はてなばかりだった。
茅野の質問の意味がよく分からなかった――だが今日一日、思い返してみれば、ビャクヤは日野に向けて、色々としてきたはずだ。
茅野は教室にはいなかった――、そしてビャクヤの注意からはずれていた。
教室での様子を外から見られていた可能性もあるし、それにさっきまで、屋上のさらに上から見られていたわけである。
日野への侵略が――アタックと取られていてもおかしいことではない。
アタックというのが攻撃的な意味ではないということは、茅野の性格を考えればすぐに分かる――男子ならともかく、女子が言うアタックは、別の意味だろう。
そう、茅野が言う質問の全文をよく聞けば、導き出せることではある。
(……ああ、誘惑――ってわけね)
ビャクヤはそう解を出す。
茅野とは少し違うけれど、最終的な願望としては同じと言えるようなものだ。
なんにせよ、日野に近づきたい――今に満足せず、もっと。さらに深く、深く。
ビャクヤも茅野も、気持ちは同じ――。
(この子もあいつのことが……。
ふーん、なるほどねえ。あいつ、意外にモテるんだねえ――)
のんびりとそう考えるビャクヤ――、ビャクヤは茅野を見て、日野に好意を持っている彼女のことを見て、『も』と言った。
そこには、日野に好意を持っているのが『もう一人』存在していることになるのだが――思っている候補の中には、自分など入れていなかった。
所詮はその程度。
ビャクヤは、確かに日野を自分に惚れさせたいと思っている――侵略したいと思っている。
だが――それだけだ。
地球侵略までの道の一つでしかなく、イベントでしかなく、過程でしかない。
プライドのため。
自分のため。
だからこそ本気であっても、本気ではない。
ビャクヤは茅野からの質問に――、
「うーんと、がつがついくって言っても、普通にしているだけなんだけど……。ほら、あいつって、こっちからいかないとなにもしないじゃない? だから必然的にがつがついっちゃうというか、がつがついかなきゃ始まらないというか――、
それが澪原さんには凄いことのように映ったのかもしれないよ?」
「でも――凄いことですよ」
言って、茅野は目を伏せる。
さっきまでの勢いがなくなっていた。
ビャクヤの言葉が――、
特になにもしていないという言葉が、茅野を突き刺したのかもしれない。
できる奴は最初からできる。
できない奴は最初からできない――そう聞こえたのかもしれない。
もちろん、ビャクヤはそんな意味で言ったのではない。
茅野には悪いが、わりとテキトーな返答だった。
しかし答えようがないのも事実だった――ビャクヤにとっては、日野と話す時は素なのだ。偽りなく、演技なく、自分自身を晒しているようなもので、『どうして』、『どうやって』と聞かれても、なんて答えていいのか分からない。
答えなんてあるのだろうか――。
あるけれど固定ではないだろう。
茅野の質問に答えるとしたらやはり――日野のことを。
想っている――からなのだろう。
「凄いことなんです――日野くんと、話せることは、凄いことなんです……」
「そんな――だって、話すことくらいできるでしょ」
冗談でしょ、と言うように、笑いながら、
「会話なんて言葉のキャッチボールじゃないの。誰だってできるわよ、そんな――」
「――でも!」
遮られた言葉――、その次の言葉は、ビャクヤは言えず。
そして言おうとも思わなかった。
茅野の声が、力強かったから。
これを遮ることは、ビャクヤでもしたくないと思ったのだ。
「私は、何年もかかった。会話と言えることができるようになるまで、何年もかかった。でも、白姫さんは――出会ったその日に話すことができていた。
……会話は、キャッチボールだって、白姫さんは言いました。その通りです。
その通りだから――日野くんと会話できることが、まず凄いんです」
そう。
「日野くんは、見ていないんですよ――誰のことも」
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