第7話 ファーストコンタクト
「おーい、入っていいぞー」と、教室の中から先生の声がしたので、
ビャクヤ・ホワイツナイツは廊下から教室へ、境界線を越えて侵入する。
中に入った瞬間、三十人程の視線がビャクヤに集まり――、
彼女はしかし、怯むことなくいつも通りの様子で、担任の先生の隣に歩いて行く。
慣れたものだった。
これくらいの目立ちは当たり前。
視線を集めることなど、彼女にとっては呼吸をすることと同義である――。
「それじゃあ――」
「――ビャク……あ、いえ、えっと――、
初めまして。
先生からの「じゃあ自己紹介して」という指示を飛ばして、ビャクヤは――否、白姫白夜は、クラス全員に自分の存在を脳に刷り込ませるように、インパクトを強く、そう自己紹介した。
とは言っても、ただ立って名前を言っただけに過ぎない――、軽く髪の毛を、片手で舞わせただけで、それだけなのだが、しかしそれだけの行動がクラスの男子全員を釘づけにした。
ただ訂正すれば、一人だけ視線を違うところに向けている生徒がいたが――、
まあそれはたまたまだろう、と思ってビャクヤは気にしなかった。
(このわたしの全身を見て、興味を示さない人がいるとは思えないしね――)
女性が聞いたら問答無用で悪意と敵意と殺意を集めそうなセリフを、思考前面に押し出しながら、ビャクヤは見せつけるように笑顔を振りまいた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!」
という、馬鹿みたいな男子の歓喜の声。
望んだ結果で、ビャクヤとしてもこれは当たり前で、文句などはあるはずがないのだが――。
しかし、
(……うわあ、好意がばんばんきてる。うざいうざい。分かんないかなー、あんたらじゃ、わたしに合わないし、釣り合うわけがないのに――そんなことも分からないのかなー、ほんとに)
自分をねっとりと見るような視線に、若干、引きながらも、しかしここはアイドル的な立ち位置に立つためにがまんするとして――ここは感情を捨てることにした。
とりあえずは、自己紹介もしたし、これ以上前にいる必要はないはず――、
先生の指示を待つが、しかし先生は欠伸をしたまま、指示を出してはこなかった。
出す気配がない。
――寝てる?
「……先生?」
「んあ……? いや、寝てないよ?」
「そのセリフが出るってことは、寝てたんじゃないんですか?」
ビャクヤの言葉に、「う……」と返す言葉が見つからなかった先生は、最終的に、
「まあ、それはいいじゃないか。そうだな――そういうことで、今日からお前らと一緒に過ごすことになる、白姫白夜だ。みんな仲良くしろよー」
特に女子だ――と、力強く先生は言う。
「男子はなにもしなくても群がるから心配はないんだが――女子の方。
お前らは白姫に嫉妬しそうだからな――綺麗だからって、自分の好きな男の子が白姫に夢中だからって、白姫のことをいじめるなよー。闇討ちとかもするなよー」
そんなことするか。
そう言った女生徒がいたが、ビャクヤはその言葉が本当だとは思えなかった。
隠し切れていない殺意――とまではいかないが、
いじめてやろうという意思は見え見えだった。
これは警戒を強める必要があるかもしれない、と一瞬思ったが、
けれどすぐに取り消しにかかる。
相手は地球人。
人間。
なんの力も持っていない非力な宇宙人である。
(ビャクヤからすれば地球人は宇宙人なのだ)
ここに来るまでに、地球人を観察してみたが、やはりビャクヤが力を使う程の危険さを持っている地球人には、遂に出会うことはなかった。
しかし観察したと言っても一日だけなので、ただの偶然とも言えるが――、だがそれでも、しっかりと観察はしたつもりである。
事前知識だってある。
ビャクヤはこの星を――地球を、侵略しに来たのだから。
侵略と言うと悪いイメージがあるが――、ビャクヤがしようとしている侵略というのは、地球を自分達の手中に収め、改造していくということではなく、手中に収め、それだけ。
それ以上のことは特になにもしない。
地球人、全てを束ねる王を探し出し――彼との交渉を成立させること。
仲良くしましょう。
ビャクヤの侵略とはそういうことだ。
ただ、仲良くなる上で、下につけという意味を持っているのだが。
ビャクヤの星――ナイツは、敵を作りたくないだけなのだ。
味方を増やし、同時に、敵になるかもしれない可能性を潰しておく。
しかし地球人という、力のない者が集まる星を敵に回したところで、ナイツが負けるはずないと思うのだが――だがそこは、考えがあってのことだろう。
ビャクヤには分からない、深い考えだ。
侵略作戦を出した自分の父親を信じ、真っ直ぐ命令に従うビャクヤ。
到着する時は、不運な事故――宇宙船に搭載されているAIのせいだが――でちょっとした騒ぎを起こしながら着陸したこの大地。
怪しまれないようにその騒ぎは沈静化をさせた、つもりだが――それだけが心配であったが、悩んでも仕方ないので、後は時間が解決することに任せることにした。
心配要素をとりあえず消化し、それからまず、侵略するにあたって、生活に溶け込むべきだと考えたビャクヤは、学校に通うことにした。
自分の姿――年齢に合う、ということで、高校を選択。
色々な面倒ごと(書類や身分証明)は、ビャクヤの力や支給されたアイテムでなんとかして――こうして今、高校の一クラスに侵入できたわけだった。
予定では、子供から侵略していき、
そして大人へ――、最終的に地球全体を侵略していくという作戦だ。
作戦の一歩目として、このクラスの生徒を侵略してやろうと意気込んだビャクヤは、しかし難易度の低さに驚き、そして拍子抜けしてしまった。
男子はほぼ侵略できている――、女子は難しそうではあるが、ゲームオーバーがないゲームをしているようなもので、時間がかかっても、いずれはクリアできるものである。
ビャクヤが敵視されていることの理由ははっきりしているので、それを失くし、好まれる要素を足していけばいいだけ――。それだけで女子にも溶け込めることだろう。
ほら、簡単。
こうも楽に侵略できる。
ビャクヤのプランは完璧だった。
(……気になることと言えば、名前がちょっと安易過ぎたかなってところだけど――)
そんな、どうでもいいようなことを考えていると、
「じゃあ白姫の席は空いているとこ――そうだな、
朝凪の隣でいいんじゃないか? 空いてるし」
テキトーに言った先生の言葉に、一人の男子生徒が、
「朝凪の隣じゃだめっすよ。あいつ、なにも話しませんし――、
学校生活に不安ばかりの白姫さんにアドバイスできませんでしょ」と異議を申し立てる。
聞いた先生は、テキトーに言ったことだが、意地になっているようで、
「そんなの、お前らが白姫の席にいって、話しかけてアドバイスをすればいいことだろう。
空いている席はそこしかないんだから文句を言わないの。
――って勝手に決めたけど、白姫は別に目とか悪くないよな? 一番後ろの席なんだが――」
「全然大丈夫ですよ」
そう言って、ビャクヤは指示された自分の席へ向かった。
まだ『白姫』という地球人として暮らすための名前に違和感を持ち、言われてすぐに反応することができていないが、それでも返事を忘れるところからは脱している。
自分は白姫、自分は白姫――と、
脳に原始的な方法でインプットさせた努力が結果として出ていた。
努力は嫌いじゃない。
結果は出てくれる。
それが評価されるとは限らないけれど――。
ビャクヤは席と席の間を通り抜け、
白髪をクラスメイトに見せつけながら――自分の席に辿り着いた。
そう言えば、さっきから自分に意識を向けていない生徒が一人いた。
彼だ。
自分の席の隣に座っている、彼だ。
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