第6話 転校生は起爆剤と共に
意識から目覚めたのはちょうど十分後――、
とんとん、と肩を叩かれて意識を覚醒させた日野が見たものは、茅野の顔である。
彼女は、
「起きて――日野くん、先生、来てるよ?」と呟いていたらしい。
その言葉の繰り返し――、その途中で日野が起きたことで、その言葉は驚きと共に崩れ、最後まで発声されることはなかった。
「えと、その、先生――」
「うん。分かってる。……どうも」
茅野に起こされたのか、それとも自力で起きたのかは分からなかったが、目覚めた時の状況で言えば、前者なのだろうと思い――とりあえずはお礼を言っておいた。
直接言ったお礼の言葉は、『お礼の言葉』と取られているのか分からなかったが、
「えへへ、どういたしまして」
と茅野が言っていることから、どうやら伝わってはいたらしい。
日野は目を二、三回、擦ってから体を起こす。
黒板の前には女教師が立っていた――担任の先生だ。
彼女は、「おっす、おはようさん」と手を軽く挙げて、そうあいさつをした。
自分達に近い精神年齢をしていそうだなと思えるような人格の先生だ――、
この学校の中では話しやすい部類に入る先生であり、人気も高い。
「そんじゃま、今日も一日、頑張れよ――と言って、いつもならすぐに終わらせるんだが、今日はちょいと用事があってな……。すぐに終わらせることができないんだよな」
溜息を吐きながら、手を額に当てて残念そうに言う。
「ちっ――やりたいことがあったのに」
そのやりたいことが学校関係で、仕事関係のことならば特に問題はないのだが、この先生――職員室で普通にゲームをするタイプである。
日野は協調性がないということでよく担任に呼び出されるのだが――その時、いつもいつもこの先生は携帯ゲーム機を片手間に、両手で操作している。
ゲームに集中しながら生徒を叱るという器用なことをしている先生なので、自分の異常性が薄まって見え、精神的にはかなり助かっているのだが――しかし心配でもある。
この先生は大丈夫なのだろうか――と。
これで給料を貰っていいのか――と。
テキトーさを固めて練って、
人型に作り変えたら彼女になるのではないか――そんなことを考える。
「なんだかどこかで馬鹿にされたような気もするけど――うん、先生は気にしないよ」
とは言うが、
握られた拳がぎりりと音を鳴らしているので、言葉と感情が統一されていなかった。
だがそこは大人――そして教師。
自制心で自我を保つことに成功していた。
ついでに冷静さも取り戻し、
やるべき仕事を一つ一つ、丁寧に実行していく。
「つーわけで今日は転校生を紹介するなー。喜べお前ら、超美人だぞー!」
その言葉に男子は、
「うぉおおおおおおおおおっ!」と歓喜の声を上げ(ただし日野は除外する)、
女子は「どんな子だろー?」と表向きの感情を見せている者がいたり、
小さく聞こえない程度に、「ちっ」と舌打ちをしている者もいた――。
茅野は、
「…………」と無言で震えているだけだった。
現段階、このクラスでなにもできていないのに――さらに一人が増えることに不安を感じているのだろう。日野はそんな茅野を後ろから見つめる。
転校生――。
このクラスに仲間が一人増える――、だがこのクラスに仲間と言える者など、友達と言える者など、誰一人としていないのだから、増えたところで、逆に減ったところで、彼にとってはどうでもいいことである。なので興味を失くし、窓の外――景色を見ることにした。
いつもいつも見て――見飽きた風景だが、しかし、何度も見てしまう。
ぼーっとするにはちょうど良い――そして、そうしていると微かに聞こえてくる音。
扉が開かれる音――転校生が教室に入ってきた音だろう。
それから先――日野の耳はどんな音も拾うことがなかった。
外界との関係を遮断――自分の世界に入り、閉じこもる。
いつも通りだった。
――いつも通り。
変化などいらない。
求めていない。
世界はただ回れ。
無難に回れ。
―― ――
「――これからよろしくね、朝凪くん」
とんっ、と。
肩に手を置かれたことで、閉じこもっていた自分の世界から強制的に現実世界へと戻された日野は――そんな声を聞いた。
現実逃避をやめたことによって、聞き取るはずのない声を聞き取ってしまったのだろう。
無視してもよかったが、考え、悩む前に反射的に声が出ていた。
ここから先は任せよう――。
全てを反射的な本能に任せるとしよう――思い、日野は全身の力を抜いた。
「……よろしく」
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