第27話 告白

 繰り返した茅野の言葉に被せるように、日野が言う。

 そして茅野の隣に座る日野は――、そのままだった。

 じっと座って、話すことはなく――けれど隣に座ってくれているということは、茅野のことをきちんと見てくれているということだろう。


 ここにいてくれている。

 どこか遠くに行ってしまうのではないか、と不安だった茅野の心は、それで救われた。


 だから茅野は言った。

 まだ乗っていない、遊園地にくれば必ず乗ると言ってもいい、あの、メインとも言える乗り物――園内の中心部に設置されていて、最も目立ち、目を引き、注目される、あの乗り物の名を。


「――観覧車、乗ろうか」


 体調が悪いのなんて吹き飛んだ。

 体調なんてそんなことよりも――、

 もっと大事なことが、分かってしまったから。


 ――ここしかない。

 勝負所は、ここしかない。


 ―― ――


「――あれ? あの二人、ここにくるの?」


 ビャクヤは観覧車の支柱に座りながら、近づいてくる日野と茅野に気づき、そう呟いた。

 日野たちからは当然、ビャクヤのことなど見えていないだろう――、これは別に、ビャクヤ自身が持つ力のせいなどではなく、視力的に、人間の限界として、この距離でビャクヤをビャクヤとして認識はできないだろうということだ。


 なので二人が近づいてきたところで、焦ることも慌てることもないのだけれど――、しかし観覧車に乗った場合、二人はここまで上がってくるのだ。

 この支柱を、縦にぐるりと一周してくる。


 そうなれば、中心部分にいるビャクヤ――、

 どの角度からでも見えてしまう場所に彼女がいることは、明らかにまずい状況だった。


 さすがにばれる。

 いくらビャクヤだろうと、ここでなにもしないで座っているだけでは、相手が人間だろうと、日野だろうと、茅野だろうと――きっとばれてしまうだろう。


 あまり目立つことはしたくなかったが――、

 遠方から、よく見れば視認できてしまうような、危険を伴う離脱をするしか、今のところ打開策はなさそうだったけれど……。


 だが、


「……いや、死角はあるわよね……」


 ビャクヤの脳が回り出す。


 ビャクヤは、支柱から真横に伸びている柱の上を歩いていき――これ以上、進めば落下してしまう場所まできたところで、彼女は。


 彼女は――飛び降りた。


 衝撃を殺す――まったく、着地点など揺らさない。


 着地したことなど気付かれないような――違和感を抱かせない、勘付かれもしないような、隠密性に特化した完璧な着地だった。


 しかし、今更なことだけれど、気になることがある――ビャクヤが着地したのは、一つの、観覧車のカゴである。そこに乗ることができたのは、成功――、乗ったことにも気づかれていなかったので、これまた成功なのだが、けれどここまでの行動を、他のカゴから見られている可能性も、充分にあったのだ――。


 しかし、その心配は無用だったようだ。


 観覧車を利用しているのは一組だけで、他は誰も使っていなかった。

 つまり、着地点のカゴにいる一組だけにばれていなければ、他の誰かにばれている、ということはないわけだ。飛び降りたのだって、少しの距離でしかなく、遠方から見られていたとしても『見間違い』と処理されてもいいような、些細な目立ち方だっただろう。


 今回は運が良かったけれど、こんな都合の良いことが、次回も続くとは限らない。


 そんな反省を心の手前に大事にしまっておき、ビャクヤは耳を澄ませる。


 上昇していくカゴの真上で――ビャクヤは。


「…………なに?」


 と、鋭く――、目つきが変わった。


 ―― ――


 観覧車に乗った日野と茅野に、やはり会話はなく――ただ、景色を見ているだけだった。

 観覧車に乗ってすることと言えば、それくらいのものなので、二人の行動に間違いは決してないのだけれど――だが、こうして二人なのだから他にもできること……、するべきことはあるのではないか、と思う茅野だった。


 勝負所――そう思って乗った観覧車。


 しかしいざ乗ってみて――まず気づいた。


 ――無理。

 なにもできない。


 こうしていることで、もう精一杯。


 対面してしまう位置なので、前方にいる日野の顔を全然、見れない。だから景色に逃げている――それに頭の中にあった、観覧車の中でしようと思っていたことを思い出してしまったのも、会話もできずに景色に逃げている理由になるだろう。


 今、なにかを話しても――きっと声が震えている。


 話すにしても今ではない――もっと、もっと心が落ち着いてからでいいのではないか。


 思っていたが――しかし、


「――で、どうしたの?」

 と、景色から視線を茅野に向けて、日野が言った。


 なんで今なのだろう――今だけは話しかけてほしくなかった。


 いつもは願って願って、決して叶わない願いなのに――なぜ、今なのだろうか。


「……どうしたのって、どういう、こと……?」


 振り向き、茅野は言葉を返す――。


 言葉が震えていたのかどうかは、自身では分からなかった。


 日野の方にリアクションがないから、自分以外から情報を入手できなかった。まあ、リアクションがないのだったら、もしも震えていたとしても、日野にとっては聞くまでもないことだった、のかもしれない――。

 心に留めてくれていれば、嬉しいけれど……。


 ともかく、いつものことだった。


 しかしそれでも気にしてしまうのは――仕方のないことだ。


 茅野は――そういう人格を持っているのだから。


「……まあ、どうして、ぼくを遊園地に誘ったのか、ってことだけど――」


「…………それは、」


 ――から、次の言葉が出ない茅野。


 黙るところではない――、

 どうして日野のことを遊園地に誘ったのか、その理由を言えばいいのだから。


 目的を言うとすれば、日野に気持ちを伝える――言ってしまえば、『告白』なのだけれど、しかし、それを馬鹿正直に言わなくても、別に良いのだ。


 だからテキトーに、理由などつけられるのだが、

 茅野はテキトーに作り上げた理由を、言えなかった。


 言ってはいけないと思った。

 ここで告白をしなかったら――、


 それこそ、もう自分には言う資格がないのではないかと思ったから。


 ――それに、これは日野がくれた、最大のチャンスなのではないか――。


 確かに、言いやすい雰囲気ではあるが――、


「…………それ、は――」


 また同じ言葉を繰り返して、会話が途切れることを防ぐ。


 そうしながら考えをまとめる――自分の気持ちを言葉に変換させていく。


 そして――整った。


 言える。


 あとは口を開くだけ――声を響かせるだけ。

 日野の顔を見て――目を見て。


 そして、再確認。

 やっぱり、好きだ――私は朝凪日野くんのことが、好きなんだ。


 ずっと想っていた。ずっと見ていた――ずっと。


 これからもずっと見ていたい――ともに、居たいから……だから。


 でも。

 彼女は。


 澪原茅野は。


「それ、は――」


 それから続く言葉は――、


「……聞きたいことがあって。

 ……日野くん――、白姫さんが宇宙人って、どういうこと?」


 続く言葉はまったく、全然――、告白なんかではなかった。

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