第26話 未だ傍観者
「――いた、見つけた」
そして、そんな二人を遠方から見つめているのは、ビャクヤ――、
園内の中心部に設置されている、観覧車の支柱――。
不安定な足場に立ち、全体を見渡して二人を探そうとしていたら、一瞬で見つけられた。
あの二人は見つけやすい――、
クラスでは消えるようなほどに存在感が薄い二人であるが、今この場では、圧倒的な存在感を放っていた。
それは、ビャクヤが二人を普通だとは思っていない――思えていないのだからなのだが。
とりあえず、二人を見つけるという目的をすぐ達成できたことに喜ぶが、すぐさま第二の目的達成のために動かなくてはならない。
とは言っても、監視することしかできることと言えばないのだが――、
危機を感じたのは確かだ。
茅野に自由にやらせてはいけないのは、そうなのだが……。
茅野は日野を誘惑し、自分のものにしようとしている――分かってはいるが、しかし。
「……でも、邪魔をするなんてこと……」
けれど、それはさすがにおとなげない……。
平等ではない、のではないか――?
茅野はきちんと、ビャクヤに宣戦布告をした――ビャクヤとは気持ちが違うけれど、しかし茅野は日野を手に入れようとしている。それはビャクヤも同じで、日野を手に入れようとしている――侵略として、それ以上の意味はなく。
だからこうして様子は見ているけれど、これ以上、行動できないのは確かだった。
見ていることしかできない――それに文句はない。けれど、胸が、痛い――……。
ズキズキと。
だから手で押さえる――、
「やっぱり、腹痛が色々と悪影響なのかな……」
『――本当にそうでしょうか?』
その声にビャクヤはびくりとして、体を後ろに反らし、支柱から落ちてしまいそうになった。
すぐに手足をばたつかせて体を起こすビャクヤは、声の主をすぐさま特定する――、
「って――ニコ!?」
『ええ、ニコです――あのニコです』
どのニコだ――と思ったが、複数存在しているニコだ。
その言葉も案外、おかしいとは言えない言葉だった。
声の主は分かった――、しかし今度は姿が視認できない。まあ、元々、実体がない存在なので姿が見えなくとも仕方がないのだけれど――、それでも声はある。
声――データは確かに、ここに存在しているので、ようは声を出している媒体があるはずなのだが――。
「…………」
ビャクヤはポケットを探り――見つける。
取り出したのは『スマホ』だ――もちろん地球製ではなく、宇宙製——ナイツ製のものだ。
ナイツ製ではあるけれど、使い方などは地球製とあまり変わらない。
地球のスマホと同じものだ。
ビャクヤが画面をタッチすると、画面に映ったのはニコ――、
彼女はニッコリと笑顔で――、
『まさかこんなことをしていたとは――思いもしませんでしたよ、ビャクヤ』
ビャクヤは全てを見られていたことに、恥ずかしい気持ちが生まれる。
そしてそれ以上に、怒りもあった。
「……さっき、見送ってくれたよね? 無理しないでください――とか言って、自分はここで帰りを待っている、初々しい奥さんのような対応をしてたよね?
なのに普通、ここまで追ってくる? わたしって、そこまで信用がないのかなあ……?」
『信用はしてますし、信頼もしてますよ――だからこれは単に、気になったからで、面白そうだったからで。ワタクシの予想は当たって、ほんと、面白い展開になってきましたねっ!』
今までのビャクヤと日野、茅野のやり取りなど見ていないニコであるが――今日が始まり、これまでのビャクヤの様子で、なんとなくの三人の関係を理解したニコは、本人は気づいていない『ビャクヤ自身』の気持ちに気づいて、にやにやと微笑む。
その顔が不愉快だった。
まるで、自分はなんでも知っている、とでも言いたげなその表情。
ニコは現実、そう言っているようなものだったが――、
『あの二人を見ているだけで――いいのですか、ビャクヤは』
「……いいのよ、別に。今日はあの子のターンなんだから」
宣言された以上――相手のしていることは、抜け駆けではない。
ここはしっかりと見ているべき――、
それに、本来ならばビャクヤは、ここにいるべき者ではないのだから。
『そんなことを言っていると、ビャクヤはなにもできずに、負けてしまいますよ?』
「負けるって――なにに?」
ビャクヤだって、そうは言っても、分かっている――。
これは侵略勝負――今のところ、茅野に先手を打たれたまま、ビャクヤの劣勢だ。
このままのんびりと待っていることも、できそうにはないのだけれど――。
しかしここはプライドが前に出て、
「……大丈夫よ。あの子に朝凪くんが侵略されても、
わたしはそれを上書きするように侵略できる自信があるから」
と、ビャクヤ。
そういうことではないのだけれど――ニコはそう言いたげな表情だった。
一度でも日野が『相手に取られる』ことを自分自身で許してしまっている時点で、ビャクヤはまだ、茅野が足をつけているステージにまで到達できていない。
それを自覚していない今のままでは、ビャクヤに勝ち目はないだろう。
だが――それを自覚した時。
ビャクヤの上手く回る歯車が、どれほどの力を生み出すのかは、予想ができなかった。
―― ――
そして――茅野と日野は。
ジェットコースターの出口のすぐ傍――、ベンチに座っていた。
茅野が乗ろうと言って乗ったのだが、誘った茅野の方が気分を悪くしていた。ジェットコースターに乗るのは初めてではない。日野を遊園地に誘ったのも、過去に遊園地に行ったことがあり、ジェットコースターに乗ったことがあり――、だから知っている場所ならば安心して行けると思って選んだのだが――。
しかし過去とは違う点として、今日は日野がいる。彼がいるということが、精神を安定させてくれないのは、茅野自身、充分に分かっていたはずだけれど――、
そこは舞い上がっていたのか、考えついていなかったのだろう。
ジェットコースターに乗っている時も、それ以外でも、茅野は日野ばかりを見ていて。
慣れていないのにもかかわらず、二人きりでいる中、会話を途切れさせないために必死にたくさんの話題を振って。
茅野にかかる精神的負担は、軽くはない。嬉しいような、でも苦しいような――、正負の感情が渦巻く中、茅野はやはり体調を崩した。
とどめがジェットコースターだったからだろう。
ゆったりとしたアトラクションならば、普通に楽しむことができたのだが――けれどジェットコースターという高速の乗り物に堪えることはできなかったらしい……。
ベンチに座って――空気を吸う。
いつもよりも深く、深く。
すると――、
「……はい、これ」
日野が、茅野のために買ってきた飲み物を渡す。
茅野がお願いしたわけではない――なのでこれは、日野の、独断だ。
そう――彼の自発的な行動だった。
「……ありがと」と茅野はお礼を言って、
隙間なく続けるように、「ごめんね……」と言う。
せっかく誘ったのに――そして、こうして一緒にこれて、楽しんでいたはずなのに。
無理をして、体調管理をきちんとできていなくて――今、水を差してしまった。
日野の表情は常時、変わらなかったけれど、それでも心の底では楽しんでいたはずである。
もしも楽しくなかったら、彼はきちんと言うはずだ。
彼は空っぽで、なにも持っていない――、他人を突き放したところで彼にとってはなんてことはなく、ダメージはゼロなのだ。その後の、相手側へのフォローなど必要ない彼にとって、言いたいことを言って悪印象を持たれることに、恐怖はない。
だから、日野はきちんと言うのだ――。
しかしそれがない今、茅野が計画したこのデートに、不満はないということだ。
けれど、そうして楽しんでいた日野に――今、水を差してしまった。
――流れを、切ってしまった。
「……ごめんね」
「――別に、構わないよ」
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