Episode3

第25話 スノー・ランドへ

『大丈夫ですか、ビャクヤ様ー? 昨日からずっとトイレと部屋を行ったり来たりしていますけど――あと、伝えろと言われていたので伝えますが、今日は土曜日ですよ?』


 と、扉の向こうから。

 軽い調子で、そんな声が聞こえてくる。


「わか、分かってる……」

 そして声に反応して、ビャクヤは扉を開けた。


 トイレから部屋へ。がくがくと震える両足――両手は腹を押さえている。

 一昨日に食べたパスタのせいだとは思うが、まだ確信はなかった。けれど、それだろう、と決定させてもいいのではないかと思うくらい、思い当たるものはそれしかなかった。

 ニコに聞いても原因は分からないと言うし……。

 それはニコが嘘をついていなければ、の話だったが。


 それにしても――やってしまった。


 一昨日から腹痛だったので、学校に行けるわけもなく、一日だが、休んでしまった。


 そう――、転校してから翌日なのだ。

 クラスメイトたちからは、このクラスが嫌でこなかったのではないか、と誤解をされてしまう。……とは言え、誤解というわけでもなく、あのクラスの男子たちのことは、ビャクヤからすれば鬱陶しいし、嫌であるし――良いことはなにもないのだけれど。


 それでも侵略をするためには、仲良くなっておく必要がある――嫌なイメージを抱かれていたくはない。女子たちへの好感度も上げておかないといけないし――、しかしなんだこれ、侵略と言うよりは、攻略をしているような気分だった。


 まあ、あまり変わらないかと思い――それよりも重要なのは、今日。


 澪原茅野――彼女と朝凪日野……、遊園地に行く日である。


 土日、とある休みの日――土曜だとビャクヤが分かったのには理由があり、


 ここで、宇宙アイテムの活躍である。

 あらゆるものの情報を読み取るアイテム――、もっと重要なところで使うべきものだとは思うけれど、それを使って探し出したのは、遊園地に行く日付と、遊園地の場所である。

 この読み取りに不備はない――出された解答は正答であるだろう。


「…………行く」

 ビャクヤは腹痛に苦しみながらも、それでも外出するために動く。


 当然、それを止めるのはニコだ――。


『学校にも行けなかったのに、どこに行くのですか?』


「はずせない用事よ――学校よりも大切なこと」

 そう――地球侵略よりも大事なこと。


 地球侵略よりもまず先に、日野を侵略すると宣言した。宣言したのだから、やり遂げなくては格好悪い状況だ――。しかし今、その宣言した侵略が、できないかもしれない状況に陥っている。それはまずい――、このままあの子に、澪腹茅野に、自由にやらせてはいけない。


 そう本能的に分かったビャクヤは、ここで腹痛に負けることなどできなかった。


 茅野の、あの時の――、「日野は渡さない」という言葉。


 あの時の彼女の表情は、本気だった。

 脅したところで決して止まらない、覚悟を見た。


「……大丈夫、薬は持っているから――」


『腹痛と共に色々なところにも影響は出てますよね――はあ……いいですよ、分かりましたよ。

 行けばいいじゃないですか、行・け・ば』


 拗ねたように言うニコに、ビャクヤは、「ごめんなさい……」と珍しく謝った。


『――ワタクシは心配なのですよ。

 これでもビャクヤ様を守るために存在している者ですからね』


「様はいらない――ビャクヤ」

『これは失礼。じゃあ――ビャクヤ』


 ニコは、無理して笑顔を作り――、


『無理だけはしないでください』


 これだけは約束してくださいね――と、ニコは言う。


 ビャクヤはそれに頷き、宇宙船から外に出る。

 山の中、調査員の気配がないことを確認して、ビャクヤは跳躍した――。

 ここから目的地までは恐らく、


「二歩ね」


 そして言葉通り、ビャクヤは目的地である遊園地まで、二歩で辿り着く。


 ―― ――


『スノー・ランド』――、というのが、日野と茅野が行く、遊園地の名前である。

 全体の大きなテーマは、名前の通りにやはり『雪国』――そしてアトラクションのほとんどが雪に関係している。

 イベントも同じく、雪――雪だらけ、雪三昧。

 冬ではない今は、完全に季節外れのテーマと言える。

 なので休みの日にもかかわらず、客は少なかった。


 まあ、それでも一つのアトラクションに乗るために、少しは並ばなくてはいけないくらいには集客に成功しているのだが――、

 それでも遊園地側からすれば、冬に開園している時とは客の数が雲泥の差なのだろう。


 わざわざ今の季節、この遊園地には行かない――だからこそ、今は空いている。


 そしてそこを狙って、空いている時を狙ってきている客が――今日の客のメインだ。


 日野と茅野もそうであった――元々、人混みを得意としていない二人は、人気の遊園地に行ったところで、半日もせずに人混みにやられてしまうだろう。

 しかしここ、『スノー・ランド』ならば人が少ない――少し並ぶだけでアトラクションに乗れるのならば、人気の遊園地よりも断然、ここの方が良い。


 そうした意図を含み、ここの遊園地に設定した茅野――。


 茅野と日野は遊園地の、入口ゲートの前で待ち合わせをしていたようで、既に『スノー・ランド』の中に入っていた。今は少し距離はあるが、並んで歩いているところだった。


 会話はなく――茅野がなにかを言おうとして、けれど言えない状況が続いている。


 日野は視線だけを動かし、周りを観察――いつも通りの日野だった。


 茅野と――つまりは女子と二人きりで遊園地にきていることに、なにも感じていない様子……。これは、考えればすぐにデートなのではないかと思うものだが――、日野は気づいていなさそうだった。


 いや、どうだろう……、

 気づいていながらも、どうとも思っていない――日野ならば。


 日野ならば――そうだったところで、驚くこともないだろう。

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