第24話 二人目の侵略者?

 結局、最後までビャクヤは姿を現すことなく時間が過ぎて――放課後。


 一人で帰路を歩いていた日野は、後ろから声をかけてくる少女に気づき、振り向いた。

 昨日と同じような光景だ――しかし日野は、その光景を懐かしく感じていた。


「――遊園地……明日、朝の十時で、いいかな?」


 茅野が小さな声で言う。

 怯えている――というよりは、不安で一杯一杯と言ったような様子だった。

 ただ予定を決めるだけなのだが――。


 そんな茅野のことなど、日野は大して気にも留めずに。


「うん――忘れないように努力するよ」

 

 言って、会話を終わらせた。

 背を向けた日野――、「これ」という声と同時に、手が掴まれた。

 誰かなど考える必要はなく、日野の手を掴んだのは茅野だった。

 彼女は、力なくだらんと下がっている――そして開かれている日野の手に、ノートの切れ端を握らせた。


「――私の、電話番号だから。聞きたいことがあったら、電話して」


 顔を伏せ、それ以上を語らない茅野は――限界ギリギリの様子だった。

 日野でも分かる――指でつつけば崩れてしまいそうな、溶けてしまいそうな――。


 茅野は切れ端を渡してすぐに、日野の向かう場所とは真逆に走り出した。

 茅野も日野と同じ方角に家があるのだが――しかし、まあいいか、と思い、日野は。


「……遊園地ってどこなんだろう? あと、時間は聞いたけど、待ち合わせ場所は?」


 確認してみれば――穴が多過ぎだ。

 誘ったのだからそれくらいはきちんとこなしてほしいものだったが――けれどそれのおかげで、今ここで渡された電話番号が活躍することになる。

 貰ったものが無駄にならないのは悪いことではない――嫌なことではない。それとも電話をさせるために渡したのか――、しかし茅野にそこまでの頭があるとは思えない。

 バカという意味ではなく、そんな駆け引きができるとは……。


 そこまで計画しているとは思えなかった。

 貰った切れ端をポケットにしまう。


 夕方でも夜でも――、茅野には一度、連絡した方が良さそうだった。


 ―― ――


 こうして地球では、変化が少しずつ、起こり始めている――。

 地球という大きな規模ではなく――、


 地球の中にある小さな人間の、小さな規模の――些細な変化。

 人間関係の変化――。


 停滞したままだった関係に動きが見え――、

 その動きのきっかけを作ったのは、地球人ではなかった。


 少女――地球外からやってきた、一人の侵略者。

 きっかけを作った――たったそれだけのことであるが、それでも中心地点に居座ってしまっていることになる。今のところ、その変化の重要なところに食い込んではいないものの――、そのまま絡まずに終わることなど、想像できないだろう。


 始まりは、終わりまで共に進む。

 見届ける――だけならばいいが、そのまま共に変化してしまうかもしれない。


 変化する――良い方に向かうか、悪い方に向かうか――。

 ――それは誰にも分からない。


 変化はドラマとなる――ドラマに乗っかってくるのは、イベントだ。


 そしてそのイベントとは、良いことではないだろう――いや、そうとも言い切れないが正確に言えば、それだけではないということ。

 良いことはある――もちろん。それと同じように悪いことも起こる。


 ドラマとはそういうもので、イベントとはそういうものだ。


 真っ直ぐな道などつまらない――山だけあってもつまらない。

 谷がなければ人は成長しない――変化などは起こらない。


 地球に向かってくるイベントは、

 今まさに変化しようとしている三人に降り注ごうとしている――のではなかった。


 それとは別の――まったく別のところへのイベント。



 ――二人の逃亡者を追って宇宙船に乗り込み、地球を目指している少女がいた。


『……明日の十時には地球に着くと思われますよ――サクヤ様』


 そう言ったのは空間に映し出されている、サクヤと呼ばれた少女よりも少し背が小さい、もう一人の少女。彼女に実体はなく――、彼女は映像でしかなかった。

 しかし見せる感情は人のそれだった。人間よりも人間らしいかもしれない――、それがたまに不気味であるとサクヤは思うのだが――。


 妹は仲良くしていたけれど――それはそれで才能だ。

 自分よりも劣る妹の――数少ない、自分よりも上をいく才能。


「ええ、分かったわ――それと、少し眠ってもいいかしら?」


『構いませんよ。時間になったら起こします』

「大丈夫よ。自分で起きるから」


 目覚ましなど必要ない――機械よりも自分の感覚の方が正確で、信頼できる。 

 そして目を瞑る前に――サクヤは自分の、三つ編みになっている銀髪を解く。


 銀が舞う――まとめられていない分、暴れる髪が鬱陶しかった。

 ばっさりと切ってしまいたいと思うけれど――、

「…………」それをする決断は、まだ下せなかった。


 昔、言われた、「似合ってるね」――。

 その言葉が忘れられなかったから。


 三つ編みだから、おとなしそうなイメージを持たれそうではあるが――そして事実、そんなイメージを持つ者はたくさんいる。

 しかしサクヤを見て、本質を見て、誰も彼もが彼女のイメージの違いに、驚くだろう。


 ――ギャップ。

 決して良い方には転がらないギャップである。


 根っからの戦闘タイプ。

 仕事に生きる少女。使えない者は切り捨てるその非情の心。


 そんな彼女に三つ編みは似合わない――そう思われているがしかし、全員ではなかった。

 認めてくれている人はいる――こんな自分でも、こんな髪型でも、似合っていると言ってくれる人はいる。


 そういう少数派の意見も重要としている――という考えの象徴として、切れないでいるこの長い髪の毛……まあ、それは建前であるが。


 ただ単純に嬉しかっただけで。

 その言ってくれた子を、ガッカリさせたくないだけなのだった。


 大きな口を開けてあくびをし――サクヤは。


「――じゃあ、電気を消すわね。あなたもゆっくりしていていいわよ――十四号」


『十六号で……――いや、なんでもないです』


 十四号――否、十六号。


 ビャクヤのところにいるニコと――同一の彼女は。

 眠るサクヤの姿を見つめながら、あくびをした。


 眠る必要はないけれど、これでも人間よりも人間らしい感情を持っている――。

 あくびをした人を見て、つられてあくびをしてしまのは、自然なことだった。



『相当疲れていたというわけですか――サクヤ様』


 ずっと、見ていた――サクヤが熱心に仕事をしているところを、ニコは見ていた。

 休んでも誰も文句を言わないのに――しかし自分に厳しいのか、休むことはせずに、自分を追い詰めるかのようにして、サクヤは仕事に取り組んでいた。


 そこまでさせる原動力は――やはり『パラディナイツ』のリーダーだからだろう。


 期待されているからだろう――父親から、王から。失敗は、ミスは、できないのだ。

 その期待というプレッシャーが今までの長い期間、サクヤを苦しめていた。


 そしてこれからもずっと――苦しみ続けることだろう。


 だから今は――休める時は存分に休んでおいた方がいい。個人的なことを言っても、聞いてはくれても行動に起こしてはくれないサクヤに、ニコができることはこうして休んでいるところを邪魔しないことだった。そして誰にも邪魔させないことであった。


 できることはしておきたい――。


 ニコはデータ上を移動し、今回のサクヤの任務――その詳細を見た。



 ――『フロックス・ダイナマイツ』、『キヌオ・グリンナイツ』の【捕縛】。



 狐と狸の宇宙人――、自分以外の誰かを『化かす』ことを特技とする二人の男である。彼らは今から十三年前、パラディナイツ――、その下部組織である科学班に所属していた。

 彼らの持つ技術は馬鹿にできるものではなく、周りからの評価が高かったのだが――。


 しかし彼らはある薬品を奪って逃走し――ナイツを、パラディナイツを裏切った。


 薬品棚から無くなっていたのは、『フォロウ』という薬品だ。

 一体、それを奪ってなにをするのかは未だに不明である――。

 フォロウを使ってなにかできるとは思えない。

 しかしそれでも奪ったことに変わりはなく、逃げたことに、裏切ったことに変わりはない。


 十三年もの間、指名手配をし――彼らを探し回っていたパラディナイツだが――。

 彼らはその間、ずっと逃げ続けていた。


 化ける能力――欺く能力。

 その能力の恐怖を、パラディナイツは痛感する。


 彼らが本気で逃げに徹すれば、見つけることなどできないだろう。視覚では当然、不可能――気配やその宇宙人独特のオーラ、そういうものを見抜く感覚が敏感な宇宙人でも、彼らの欺きを破ることはできない。


 そうして、見つけることはできないと思われていた二人だが――。


 しかし数日前、二人が十三年前に使っていただろうと思われる宇宙船の残骸――小さな欠片が発見された。その欠片に僅かに残っていたデータ。

 ニコが分析してみれば――そこにあったのはニコよりも古い、三世代前のAIであった。


 当然、三世代前のニコは機能していない。話すことなどできず、映像が表示されることも叶わない。しかし残っているのはデータであり、記憶であり――記録である。


 船に乗っていた時の彼らの様子――そして彼らの目的地。

 彼女はしっかりと見ていたのだ。


 そんな彼女の記憶を見たニコは――二人の今の居場所を知る。

 ――地球。


 ナイツに、自分たちにとって最も脅威にはならないと思われ、なめられている星。

 事実、地球は宇宙戦争に参戦できるほどの力はない――望んでもいないだろう。


 ナイツと争うことはしない星――だから存在感がなく、パラディナイツも無意識に捜査範囲から外してしまったのだろう。それに、ナイツから地球は遠く、軽々といけるわけではない。できることならばいかない方が時間の無駄ではない、と言ったレベルだ。


 だからこそ二人も――地球に向かったのかもしれなかった。


 ――いや、


『(……彼女の記憶にあった様子を見ると、どうやら直線上にあった星に辿り着いたってだけでしょうね――。地球だったのはたまたま――ってわけですか)』


 けれど、そのたまたまが、二人をここまで生かしていることになる――。

 地球でなかったら今頃、彼らの化かす能力があろうとも、見つかっていただろう。


 そして今頃――生きているかどうかも怪しいものだった。


『(サクヤ様はこの任務を優先するでしょうね……、十三号は、三日でビャクヤ様が地球を侵略できていないから、サクヤ様は地球にやってきたと言っているけれど――それは違う。

 まったく違うわけではないけれど、やっぱり、どちらかと言えばビャクヤ様と会うことは、ついでになるんじゃないからしね――)』


 そしてニコは――十六号は、ふふっと笑いながら。


『そう自分に言い聞かせているサクヤ様は、可愛くて、レア度マックスでしたけれど』

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