侵略のビャクヤ:n周目の侵略潰し
渡貫とゐち
Episode0
第1話 目的の【ムクロ】
「……おい、これじゃねえのか?」
「ほんとか? どれだ?」
暗い部屋の中――、ひそひそ声が小さいながらも部屋に響く。
密着していても聞き取りにくいだろうこの声でも部屋に響くのは――この部屋には彼ら以外、誰もいないからだろう。
ばれないよう、見つからないように部屋に忍び込み、人には言えないようなことをしているのだから、この部屋に人がいたら困るというものだ。
彼らは誰もいないことを確認した上で、
しかしさらに警戒をしながら、目的のものを探していた。
「たぶん……これだ――」
そう言って、フロックス・ダイナマイツは、透明なガラスの容器を手に取った。
「――これが、あいつらが使おうとしていた『ムクロ』だ」
フロックスから生えている狐の尻尾が、目的のものを発見したという喜びで、左右に揺れていた。そして同じく、狐の耳がぴょこぴょことお辞儀をするように動いている――。
「じゃあ、これを奪って逃げれば――」
「……ああ、故郷を救える」
フロックスの言葉に、「よっしゃぁぁぁああ!」とガッツポーズを取った――もう一人。
キヌオ・グリンナイツ。
丸く、太鼓のような体型――、狸の尻尾がドスンドスンと地面を叩いている。
その音が(そして喜びの声が)誰かを呼んでしまうサインになってしまうのではないか、と危惧したフロックスは、すぐさまキヌオの頭を叩く。
「いてえ!? ――なにすんだッ!」
「お前はオレ達が隠れて行動していること忘れてるだろ!? 大声を出すな大きな音を出すな――これでばれたらどうすんだ。
せっかく目的の物を見つけたんだ――あとは宇宙船で脱出するだけだろうが!」
言われてはっとし、キヌオは――「う……分かったよ」
口を両手で塞いで大声を出さないことに徹することにした。
さすがにそこまで徹底しなくてもいいが……とフロックスは思ったが、大声を出されるのは本当に迷惑なので、このままにしておいた。
放置しておいた方が展開は良い方に転ぶだろう。
フロックス・ダイナマイツ――、キヌオ・グリンナイツ。
彼らは柔軟惑星ナイツ――、
戦争担当・サクヤ・ホワイツナイツをリーダーとする部隊――パラディナイツ。
その下部組織である科学班に所属していた。
人間成分が強い、獣人型である宇宙人――。
人間ベースであり、ところどころで獣が入っている――。
大きな特徴として尻尾や耳がそうだろう。
それらの毛は当然、獣同様にふさふさであるが、他の部位――獣としてではない部位である手や足、顔については、人間のようなつるつるの肌であった。
毛があったとしても薄らと――、
尻尾や耳と同じ毛色で、間近で見ないと視覚できないようなものである。
人間である体に、一族の特徴である部位がくっついただけで、見た目的には完全な人間と言ってもいいかもしれないが――やはり尻尾と耳がくっついただけ、というのを、『だけ』と言えるわけではなかった。人間と言うには完全に違う――そして能力。
能力がある――それはつまり、人間ではなく、宇宙人。
人間とは、ただの一つも能力がなく、非力な者を指す――、
そういう意味では彼らは、人間には決してなれない存在であるだろう。
そして――化かす能力。
彼らは自分が記憶している物に変身することができる。大きさや匂いなどの詳細なデータを把握していなければいけないという条件もあるが――、
彼ら科学者にとって、分析と記憶は得意分野だった。
誰かを欺く時――最強とも言えるその力。
これがあるからこそ、今回のこの計画を企んだと言っても過言ではないだろう。
「……よし、そろそろ――」
フロックスがキヌオにそう声をかけた、その時。
「――誰かいるのか?」
部屋の扉が開くと同時に、そんな声が聞こえてきた。
入って来たのは科学班――ではない。
科学班ならば必ず羽織っていなければならない白衣――、彼はそれを着ていなかった。
今に限って言えば、フロックスもキヌオも白衣は着ておらず、黒く、ぴたっとしているボディスーツを着ているが――。
もしも入って来たのが科学班であったところで結果は変わらず、二人は持っている能力を使って近くに大量にある薬品容器――、ガラスの容器に姿を変えてやり過ごすだろう。
物に変化しても、動けば当然、動いて見えてしまう――音を立てればそれで終わりという緊張感の中でもしかし、フロックスは動揺して、動いてしまった。がたっ、と音を立ててしまった。
「――ん? なんだ?」
視線を、化けているフロックスに向ける――人物。
パラディナイツ部隊兵――隊長。
フロックスやキヌオでは絶対に話すことができない――目の前に立つことすらできないほど上にいる人物である。そんな人物がなぜここにいるのか――?
疑問があるが深く考えようとはしなかった。
ただの見回りか――しかしここは科学班の領地だ。
見回りは科学班がするはずだが――、
それについて、フロックスの脳内はまったく働くことはなかった。
早く出て行ってくれ――ただそれだけを願い、脳内で繰り返す。
「ふむ……まあ、誰もいないか……」
よし。そう声が出そうになったが、なんとか堪えたフロックス――。
あと少し――隊長が部屋から出るまでの数秒、がまんすればいい。
その数秒が、恐ろしく長く感じる。
息が詰まりそうで、緊張感で死んでしまうかと本気で危険を感じたその時――。
静かな部屋で、間抜けな音が聞こえた。
気が抜けるような音――、
屁の音だ。
いつもよく聞く音――、
親友であり、相棒であるキヌオから毎日一回は必ず聞く音。
そう言えば今日は一度も聞いていなかった。
現在、夜中の十二時を回って、皆が寝静まった頃を狙ってここに忍び込んでいるわけであるから、まだ今日が始まって一時間も経っていないのだ。
だから可能性として、もちろんあることは分かっていたが――まさか今だとは。
フロックスでもさすがに読めていなかった――対策なんてなにもしていなかった。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、緊張感が吹き飛んだ――恐怖なんて欠片もない。
逆に良かったのかもしれない――フロックスの中で、鎖が切れた。
「な――っ、今の音はなん――」
「キヌオ――やっちまうぞ!
ここまできたらいけるところまでいってやるっつうのっ!」
「おうよ――相棒!」
二人の声が重なり――変化の能力が同時に解かれる。
自分、本来の姿になった二人――。
まだ若く、十七歳である二人にとって、今日この日が人生での分岐点になることだろう。
今までで一番の勇気を出し――今まで一番、自分勝手にやれて。
一番、輝いていた時かもしれなかった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
フロックス、キヌオ――そして宙に身を投げた二人を見上げる隊長。
不意を突かれた――さすがに戦闘のプロと言っても、一瞬の油断が致命的となった。
フロックスの肘――キヌオの膝。
それらが隊長の顔面と股間に激突する。
隊長は背中からばたんと倒れてそのまま気絶――泡を吹いて白目になっていた。
動かない――、しーん、という静寂の後。
「――よっしゃあ!」
ばちんっ、という手の平と手の平がぶつかり合う音が響く。
「――って、喜んでいる場合じゃねえ! こんな静かな場所で戦ったら――音は、嫌でも響いちまう! 誰かに気づかれる前に――さっさと宇宙船に乗って逃げるぞ!」
フロックスは気絶している隊長を跨いで移動――扉からそっと顔を出して外を窺う。
右、左――誰もいないことを確認。それと同時に気配も確認する。
もしも増援が来れば――、
やり過ごすことは可能であるが、ここから脱出することが難しくなるだろう。
――この軍事施設から発つことは難しくなるだろう。
「……最高難易度だっつうの」
目的の物を見つけ、手に入れた――この場に自分達の求めている物はもうない。
ならばここにいるのは危険である――なにも敵を殲滅したいわけではないのだ。
できれば隊長を倒したくはなかった――異常のサインを残したくはなかったが――。
「――あれは仕方ねえ」
フロックスはそう言って、問題を問題として理解しなかった。
「つうかなにやってんだよお前は! 早く行かなくちゃならないってのに!!」
「……ぐ、う」
視線の先――膝立ちで苦しむキヌオの姿がそこにあった。
彼は隊長を跨げずに、部屋の奥でダメージを必死に抑えようとしていた。
「……まずいな、こりゃ」
「どうしたんだよ!?」
フロックスは駆け寄り、キヌオの背中をさする。
これに意味があるのかは分からなかったが、なにかしたかった。
意味が一パーセントしかなかろうと、それでもしたかったのである。
「どこか痛めたのか? 見せてみろ」
「ぐ、う――……腹が、いてえ」
「…………」
冷たい視線でキヌオを見るフロックスは――理解した。
「それ、いつものやつか?」
「ああ――だから言ったんだよ、おれは一日のはじまりは腹の調子が悪いって」
そんなことは言っていなかったと思うが――、もしかして、今まで一緒に過ごしているのだから分かれよ、と、そういうことなのだろうか。
もちろん知ってはいたけれど――腹の調子が悪いのは朝だと思っていたのだが。
まさか本当に一日が始まった時――十二時を回った今も当てはまるとは思わなかった。
「ぐ、う」と、蹲るキヌオ――だがフロックスは彼の首を掴み、引きずって進む。
屁というサインは出していた――キヌオの表情からして、嘘だとは思えない。
本当だと思うが、しかし、それでも今はそんなことなど後回しだ――がまんしてくれと言うしかない。この際だから漏らしても構わない。命とプライド、どちらが大事か――というわけだ。
「鬼かお前は! 腹が痛いつってんのにににににに!」
「うるさい揺らすぞデブ」
誰がデブだ! と叫んだキヌオは、その衝撃で尻の穴が緩んだのか、慌てて抑える。
「静かに、引きずってくれ……」
「努力する」
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