第2話 裏切りの二人組
部屋から出て、大人二人が横になっても歩ける程である幅の通路を進む二人――。
迷路のように入り組んでいるのだが、フロックスはどの道がどの部屋に繋がっているのか、全て把握していた(この場所で仕事をしているのだから当然だとは思うが、キヌオはこの施設の道など覚えてはいなかった)。
できるだけ振動は与えないようにキヌオを運んでいるが――そこまで親切に優しくキヌオに気を遣っているような時間も、あまりない。
背後から、追ってくる気配――確実にそれがあるとは言えないが、なんだか、なんだか誰かが追ってきているような、そんな気配がする。
ばれるかもしれないという緊張感が――フロックスに嫌な想像をさせる。
大丈夫――大丈夫。
そう言い聞かせて、最短ルートで目的地に辿り着いた二人。
小型の二人乗りの宇宙船――、目の前にどんと構えて置かれている。
「着いたぞ」
「……おう」
フロックスはキヌオを離し――後ろを確認。
誰もいない――追われてはいない。
しかし安心はできない。姿を現さないで潜んでいるのかもしれないのだ。
だがそうなると、なぜ潜んでいるのかと疑問が残るが、フロックスはそんな思考を打ち消した。なにを企んでいようが相手になにかをされる前に宇宙船で飛び立ってしまえばいい――。
フロックスが視線を宇宙船に向ける――そしてキヌオに向ける。
「キヌオ――乗ったか!?」
「おう――起動したぞ!」
先に乗り込んだキヌオが声を張り上げて言った。
フロックスもその声に安心し、宇宙船に乗り込む。
乗り込んだ瞬間――、思わず鼻を塞いだ。匂いの元凶は――キヌオだ。
しかしフロックスはそこでなにも聞かなかった――腹が痛いと死にそうだったキヌオがいきなり元気になった。それが示す意味は――つまりは、そういうことだろう。
詰まっていたなにかがきれいさっぱりと出て――出し切った。
すっきりした、ということだろう。
「――さあ、出発だぜ、キヌオ!」
「匂いに触れて! 親友なんだから気を遣うのはなしにしようぜ!?」
「じゃあ、キヌオがそう言うなら――……お前、クソ漏らしてんじゃねえよッ!」
「すまん! がまんできなかった!」
半分泣きながら叫び、キヌオが宇宙船を操作した。
轟音と共に――動き出す宇宙船。
宇宙船が発進する――視界が、施設内から外の景色に変わる。
暗い――夜の中。
夜空に光る星の一つ一つを見つめていると――どんどんと大きくなっていく。
星が自分達に迫っているのか――違う。自分達が星に近づいている。
別に初めての体験ではないけれど、しかし毎回、感動してしまう離陸。
天へ向かう飛翔――フロックスとキヌオは無事に惑星ナイツから飛び出すことができた。
この星の軍隊を裏切ることになってしまった――それはつまり、この星を裏切ってしまったことになるのだが、二人には後悔などなかった。
あのままあの星で生き続けることこそが、後悔になると思えたのだから。
「――うしっ、なんとか出ることができたな……」
ふーっ、と息を吐き、手に入れることができたガラス容器を見つめるフロックス。
「これがあればこっちのもんだ――。
これさえ奪っちまえば、オレ達の故郷が壊されることもねえからな」
へへっ、と笑って雑に投げたガラスの容器――キヌオが慌てて受け取った。
「危ねえよ! ここで割れて中のガスがまき散らされたら死ぬのはおれらだぞ!?」
「ああ、悪い悪い。なんだかそんなことはもうどうでもいいって思えてきちまったからなー」
目的は達成した――これで自分達の故郷は救われる。
しかし惑星ナイツを裏切ってしまったことは変わらない事実――裏切ったことはすぐにばれてしまうだろう。そして裏切り者を野放しにしておくパラディナイツではない。
追われて、そして殺されるだろう。
なら、ここで死んだところで変わらないのではないか――。
「なに言ってんだよ」
――するとキヌオが腕を頭の後ろに回して(ハンドルは離している――オートモードで宇宙船は飛行しているのだろう)、言う。
「これからだろ、おれらはよ。ここで死ぬなんてごめんだ。パラディナイツがいないどこか遠くの星にでも行こうぜ。そうだな――暴食惑星にでも行きたいなあ」
「また太るぞ」
「いいんだよ。デブはお前にない個性だ」
それもそうか――そう頷いてフロックスは目を瞑った。
このまま眠ればいい――そうすればきっとどこか遠い星に辿り着いているはずだ。
「――っ!? おい、フロックス――これ……」
すると、キヌオが震えた声を出した。
手に持って、見つめている物は、ガラスの容器――中には『ムクロ』が入っている。
『ムクロ』とは毒ガスのことである。
ガラス容器は手の平からはみ出してしまう程に大きいものであるが、中にあるガスは多くはなく――少ないと言える。少量だった。
しかしこのムクロ――星に降り立ち一か所に撒いただけで、その星の全てを覆うようにして広がり、住人や植物、動物、全てを殺す。
殺戮兵器と言えるこのムクロが開発されてから、実際に使えるかどうか確信を得るためのテストをおこなうことになった。
そしてその場所に選ばれたのが、フロックス、キヌオの故郷である星だった。
それを知って、二人はこの星とはもう一緒に生きていくことはできないと思ったのだ。別に、自分の故郷なのでやめてください、と言ったわけではない。
言えば他の星に変えてくれるかもしれない――しかし結局、それも故郷が壊されなかっただけで、他の星が一つ滅ぶということには変わりはない。
ただのテストのために――星を一つ滅ぼす。
ムクロの威力は分かる――実際に作ったのはフロックス、キヌオなのだから分かる。
それでも実際に見ないと分からない上層部――そんな奴らの下にいたくはない。
裏切った方が――そして追われる方が、まだマシである。
同じ空気を吸うことよりも。
同じ空間で存在し続けることよりも。
――全然、マシだ。
「……なんだよ。せっかく眠ろうしたのによ――」
フロックスがムクロを見ようとしたその時――宇宙船が、激しく揺れた。
同時に、船内が赤く染まる。
「――っ、なんだ!? これ――異常事態発生のサインじゃねえか!」
警告音――耳がおかしくなりそうな音量だった。
そして船内を染めている赤い光も段々と濃くなっているような気もする。
嫌な想像だ――胸騒ぎがする。
そしてその予感が――再び攻撃として牙を剥く。
「キヌオ、オートからマニュアルに――」
立ち上がり、船内を移動しようとしたフロックスが、宇宙船が受けた衝撃によって大きく転倒した。着地場所はハンドル――、衝撃でボタンのいくつかが破壊されてしまった。
「――がッ!」
転倒の衝撃に耐えることができず、肺に溜まった空気を全て吐き出した。
「フロックス! まずい、操作が利かない!」
キヌオのそんな声はフロックスには届いていなかった。
一体なんなんだ――そんなことは考えなくとも分かった。
パラディナイツが――追いかけて来た。
宇宙船を襲った衝撃は恐らくはミサイルによるものだろう――現在で二発。一発で落とさないようだが――焦らしているのだろうか。
もしかして遊んでいる――新兵器の試し撃ちでもしているのかもしれない。
「なめ、やがって――」
「話すなフロックス――お前、血が出てるんだぞ!?」
フロックスは、気づいた。自分の口から出ている――赤い血に。
周りが赤いから気づかなかった。
異常事態を示す赤い光よりも、濃い、赤。
けれどフロックスは気にせず、キヌオの胸倉を掴んで引き寄せた。
「ムクロだ――あいつらに、ムクロを喰らわせれば――」
「いや、無理だよ、フロックス――」
キヌオが目を伏せる。そしてムクロを見る。
「それはできないよ――だってこれは、ムクロじゃない。
おれ達は間違えて持って来ちまってたんだ――」
ガラス容器――底の部分。
そこに書かれてあった名称はムクロではなく――『フォロウ』。
それは殺戮兵器ではまったくない――ただの感覚操作の薬でしかない。
結局――故郷も守れず、こうして追手に追いつかれ。
そしてこの状況――結果はなにもなく、ただの無駄な行動。無駄死に。
笑いものだ――こんなもの。
「……嘘、だろ?」
フロックスの声は、声として出たのか――ただの音だけだったかもしれない。
言語として、機能していなかったかもしれない。
「オレ達は、なんのために――」
キヌオも、なにも言えない。
そんな時でも衝撃は止まず――ミサイルは三発目。
――エンジンがやられた。
宇宙船の生命力がどんどんと削られていく。
宇宙船の破壊はされていない――しかしこれ以上、パラディナイツがなにもしなくとも、二人を乗せた宇宙船は飛行能力を失い、宇宙を漂うことだろう。
一生。
宇宙の一欠片となるように。
その未来が見えたのか――パラディナイツの戦闘機からこれ以上、ミサイルが飛んでくることはなかった。
――そのまま去ってくれ。
そう思うが、なかなか、相手の威圧感は消えなかった。
フロックスも、キヌオも、もう諦めていた――しかし。
宇宙船が、最後に一度だけ、力を取り戻した。
操作パネル、ボタンが光り輝く――、
まるで諦めるなとでも、言いたそうに。
「フロックス……」
「なんだ?」
「……全てのエネルギーを使って、飛ぶぞ」
「デメリットは?」
「進めばそれまで。それ以上、おれ達はなにもできない。勢い任せのギャンブルだ」
「はっ、そりゃいい――最後に散るとしても、格好良い絵ができそうなもんだ」
フロックスとキヌオは笑い――そして宇宙船に搭載されていたAIも、密かに笑い。
そしてキヌオはボタンを力強く押した。
後方に備えられたジェットが、威力『強』となり、噴射される。
景色が勢いよく流れていく。
星の一つ一つがまるで流れ星のように動いている――、
いや、自分達が動いているのだ。速く、速く、光の速度で。
パラディナイツの戦闘機だろうと追いつけないだろう。
こっちは全てを懸けた捨て身の博打だ――、
あちら側にそれくらいの覚悟なければ追いつくことはできないはずである。
――技術の差は、まったくと言っていいほどないのだから。
そして――。
「……は、あ、はあ……はあ」
フロックスもキヌオもなにも言えず、ただ息を整える。
逃げ切れた。
逃げ切れたけど――逃げ切れたということは、まだ追われるということだ。
「……へっ、きやがれ、パラディナイツ――何度でも逃げ延びてやる」
フロックスが、後方を見つめて呟いた。
そう――目的はまだ達成していない。
故郷の危険は、未だ晒されたままなのだから。
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