第3話 空からの来訪者

『――とまあ、そんな話があったのですけれど。眠くなりましたか? お姫様』


「いや、全然眠くならないんだけど――ていうか、その話の続きは? ねえ!?」


『あらあら。意外にもお気に召したようですね――』


 宇宙空間を飛行中の宇宙船――、船内に二人の会話が響く。


 しかし船内に二人はおらず、一人しかいない。

 正確に言えば、一人と一機――。


 宇宙人とAIである。


『先の話があればしたいのですけれど、生憎と――』

「この続きはない、と?」


『まあ、そういうことになりますね。ワタクシの――いえ、ワタクシ達の記憶は共有されておりまして、どの時代のどの場所でも、記憶していればその時の記憶を引き出せる便利機能が備わっていますけれど――どう足掻いても覆せないこと、というものもありまして』


「記憶していないものは引き出せない――まあ、そうよね。そりゃあ、そうよね――」


『お分かりですか? 

 お分かり頂けたら、いつものようなわがままは言わないでくださいね』


「ちょ、いつものって――そんな記憶まで引き出して見てるのかあんたは!」


 実体などないとは分かっていながらも、しかし空間に映し出されている少女の映像をぽこぽこと叩き、結果、拳が空を切っている――白髪の少女。


 腰まで伸びている白髪が体の動きに合わせて激しく舞う――踊り、舞う。


 きらきらとした粒子が飛んでいるような錯覚を感じてしまう程――神秘的。


 そんな少女の優しい殴打を透かせながら――いたたた、と痛がる振りをしているのは、白髪の少女と同じ背丈、同じ長さの黒髪を持つ【AI】だ。


『引き出していると言うよりは、自然と頭に流れ込んでくる感じなので――、

 悪意はないんですよ、ビャクヤ様』


「……本当?」

『…………ええ、まあ』


「なに!? その今の間は、なに!?」


 がるる、と野生の獣(獲物を見つけた時)のように腰を落とし、体を構えるビャクヤ。


 それを見て、はっはっは、と笑うAI。


 機械のわりに人間っぽく笑う彼女を見て冷静になったのか――ビャクヤは構えを崩して自然体になる。宇宙船内の運転席ではないプライベートな椅子に座り、全身をリラックスさせた。


 天井を見つめて――溜息を一つ。


『申し訳ありません。眠れないところを眠らせてあげるのがワタクシの仕事でしたのに』


「いや、別にいいよ。あと、もう少しで辿り着けるしね――」


『ビャクヤ様の部屋専用・AI――【二号】の記憶からエピソードを引っ張り出してきて、ビャクヤ様の小さい頃の話でもした方がいいのでしょうか?』


「やめてね。わたしの知らないことも知ってそうだから、怖いのよあんたらAIは」


 知ってますよ、そりゃあもちろん――と言い切るAIの言葉に嫌な汗をかく。


 まあしかし、主従関係で言えばビャクヤの方が上なので、こちらが嫌と言えばAIも命令に従い、無理に言ってくることはないのだが――。


 だが、たまに主人を越えてくることがある――高性能だからこその現象なのかもしれない。

 それは科学の進歩として嬉しいと思えることではあるが、反対に、嫌でもある。このまま高性能になり――なり過ぎて、自分達を越えてくるのではないか。

 主従関係が逆転されるのではないか――そんなことを考えてしまう。


「まあ――ないか」

 そう気楽に捨てた思考だったけれど、遠い未来の話ではないのかもしれない。

「うちの科学班なら――やりそうな気もするんだよねえ」


 このAIを作ったのは科学班――パラディナイツの下部組織。


 ビャクヤもパラディナイツの隊長を任される身だ――下の者の実力は把握している。


 把握しているからこそ――背中に迫る刃を敏感に感じてしまう。 


 いつか――いつか刺されるのではないか。

 飲み込まれ――喰われるのではないか。


 信じられる者がいない――姉も父親も味方になどなってくれないし。


 救いと言えば、母親は自分の味方でいてくれることだろうか。


 このAIも、数百、数千と存在しているが、それはスペアがたくさんあるだけで、結局は一つの人格なのだ。こうしてこの宇宙船にいたり、ビャクヤの部屋にいたり――、色々なところに存在しているAIである。そして記憶の共有――。

 だから大量に存在していても、結局は一人の存在と言えるわけだ。


 彼女は自分の味方だと思う。後ろから刃を持って近づいているけれど、しかし彼女は刺すことはしないだろうとビャクヤ自身、信じているからだ。


 信用はしている。


 信頼だって。


『どうかしましたか?』

「いや……」

 ビャクヤは首を傾げるAIをじっと見つめる。


「えと――そろそろ、名前が欲しくないの、あんた」

『名前、ですか?』


 AIはきょとんとしてから、機能が停止したかのようにフリーズした。

 しかし異常に焦るよりも早く、AIは復帰し、心配する隙がなかった。


 彼女は記憶統合のネットワークに潜り、記憶を漁っていたらしい。


 記憶の中――、エピソードではなく、ビャクヤの言った言葉の意味を探していた。


 名前――。


 その意味。


『名前――ですか。ですけど既に番号が振られているので、区別は可能かと思われますが――ああ、そうですか。そう言えばビャクヤ様は、名前のない人形に名前をつけて、寂しく遊んでいらしてますね。それと同じということなのですか?』


「毒がきつ過ぎじゃないかしら――まあ、そんなところだけど。

 というか、ほんと、昔の記憶を漁ってくるわねあんたはっ」


『まあ、二日前のことですが』

「二号を出せ。話がある」


 睨みつけたビャクヤの怒りを受け流し、


『二号は今いませーん』


 人を馬鹿にしたようなトーンで言うAI――十七号。


 だが、ビャクヤは本当にこの宇宙船にいるAIが十七号なのか確信がなかった――記憶の中を必死に探してやっと見つけ出してきた名であったのだが――。


 彼女に確認を取り、実際に番号を聞いた方がいいのだが、けれど聞いたところで覚えられない自信がある。ならば自分達と同じような名前があればいいのではないか――、

 そう思い、提案してみたのだ。


 どうせ一つの人格。

 どこでも使える名前一つで充分だ。


 番号など名前ではない。


 それは道具につける目印のようなもの。


 ビャクヤは彼女のことを――ただの物とは思えなかった。


「二号は、まあ家に帰った時にでも叱ればいいわね――人のプライベートを暴くなって」


『だから流れてくるんですよ。ビャクヤ様についての情報は、ですね。こうしてビャクヤ様を任されている身ですから――情報はあって当たり前ですから。無駄ですよ、無駄無駄』


「じゃあ知っててもいい! ただわたしの前で言わないで。にやにやもしないで!」


 まったく……、と数十年分の疲れがどっと出たかのように、肩が下がるビャクヤ。


 そこで、会話をしたことによって忘れていたことを思い出し、軌道修正。


「――で、名前だよ。わたしが不便だからあんたの名前を決めさせてもらうけど――、

 なにかお望みはあるの? 十七号」


『十三号です』

 さらりと不正解を指摘されて、きまずくなった。

 だがAIは気にしてなさそうな様子だった――それもそうである。


 AIがたったそれだけのことで気分を害するとは思えない。人に近いとは言え、それでもAI――機械なのだから。


『そうですね――名前、ですか。

 ビャクヤ様がつけてくれたのならばなんでも嬉しいですよ』


 笑顔で丸投げした十三号。


「……わたしから提案したんだし、文句はないけど……」


 だが、となると考えなければいけなくなった。

 まったくの考えなしというわけでもないのだが、なんだか、こうしてゼロから自分一人で作り出した案を話すというのは、相手がたとえAIだとしても気恥ずかしいものがある。


 いくつか浮かんだ案――そのうち半分以上をボツにした。 


 たぶん笑われる――それだけは絶対の確信を持って言えた。


『ビャクヤ様――』

「なーに?」


こくびゃくてん、とかは嫌ですよ?』

「ぶっ!? ――な、わたしの創作キャラクターの名前をなぜ知ってるの!?」


『そこまでは知らなかったです。いえ、気にしないで続けてください』


「目を逸らさないで。傷つくから引かないで」


 ビャクヤから距離を取って遠ざかる十三号――。


 追いたい気持ちが思考を支配しかけたが、追いかけ追いついたところで、掴めないことをすぐに理解したビャクヤは、悔しいがここは見逃すことにした。


 さっきの半分捨てた案の中には、黒白天という名前もあったけれど――。


 もしかして自分の脳までも、AI達と繋がっているのではないか――そんな恐ろしいことを想像してしまった。


「……ないよね?」

『なにがですか?』

 するといつの間にか目の前にいた十三号。


 顔と顔が近い。触れ合いそう――というか既に触れているが、予想通り突き抜けた。


「うわあっ!?」と驚き、一歩後退するビャクヤ。


 その驚きの声が面白かったのか、十三号はくすくすと笑う。

 もうビャクヤから距離を取ることを諦めたのか――というよりは飽きたのだろう。

 原因としてはビャクヤが追いかけなかった――というのが有力候補だとは思うが。


 確かに、追いかけられないのに逃げるのは――虚しくなる。


 一人だということを痛感することになる――気持ちが空っぽになり、寂しくなる。


 十三号にもそういう感情はあるのか――。


 彼女のくすくす笑いにつられて、ビャクヤも同じように笑った。


『――で、決まりましたか?』

「そうだね――じゃあ、『ニコ』ってのはどう?」


『ニコ……ちなみに、どうしてですか?』

「うん、と――いつもニコニコしてるから?」


『ワタクシ……そんなにしょっちゅうニコニコしていますか?』


「うん。昔から、ずっと変わらず、ニコニコしてる。わたしを楽しませようとしてくれている――それ、安心するんだよね。こう見えてもわたしはあなたに感謝してるんだからさ――だからさ、これからもよろしくね、ニコ」


 そう言って手を差し出したビャクヤ――、

 触れることはできない、とは分かっているけれど、でも。

 分かっていながらもビャクヤは差し出した。


 ビャクヤはもう、ニコのことをAIとは思っていない。

 友達として――家族として。


 触れられなくともそう思っていることだろう。


『はい、よろしくお願いしますね――ビャクヤ様』

「――ビャクヤでいいよ。ニコ」


『そう、ですか――少し恥ずかしいですけど、よろしくお願いします。ビャクヤ』


 よろしい――。

 言ってからビャクヤは、触れることができない、差し出されたニコの手を掴む。


 感触はない。質量はない。けれど触れている気がした。


 そしてニコが唐突に言う。


『そう言えばですけど――あと十秒ほどで地球の地面に着地しますよ?』



 時間が止まった気がした。

 音が無くなった気がした。


 気を失ったかと思った。


「――も、もっと早く言いなさいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 十秒後――轟音が響き渡る。



 そしてビャクヤが地球に辿り着いた翌日――。


 山に突き刺さった宇宙船が、ニュースや新聞に取り上げられた。

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