第37話 剥かれるバケノカワ

 その返事に、ビャクヤは耳を疑った。

 自分の耳を――自分の見ているこの世界を。


 この少年の――存在を。


「……女の子が、勇気を振り絞って言った告白を、

『そんなことよりも――』なんて言葉で――、切り替えた?」


 告白の返事として――断るのではなく。


 日野はただ――会話を切り替えた……、

 それよりも悪質な、切り捨てをおこなった。


『そんなこと』と言い切ってしまえるほど、日野にとってその話題は、どうでもよかったのだ――茅野はそれを感じてしまった。

 見て、聞いて、分かってしまった。

 茅野だって、日野の性格は当然のように知っていたし、どんな返事がきても堪えられるようにと覚悟もしていたのだが――、そんな覚悟さえ踏みにじるほどに、日野の言葉は、絶対零度以上に、冷たかった。


 そこに人間らしい温かさは感じられなかった。

 本当に人間かと思ってしまうほど――ロボットなのではないかと思ってしまうほどに。


 茅野の覚悟は簡単に打ち砕かれ――彼女はこの部屋から、世界から、逃げ出した。


 そんな状況である今のことを伝えても尚――日野は。

 未だ部屋の中で座ったまま――動くことがなかった。


「…………っ、この!」


 ビャクヤは日野の目を覚まさせるために、手を振り上げ、彼にビンタをしようとしたが――しかし振り上げた手は、空中で止まったまま、静止した。

 そしてやがて、ゆっくりと下りていく。

 その手は日野に触れることがないまま――、


「……もういい、もう知らないわよ、バカ」


 ビャクヤは――日野に背を向け、部屋を出る。

 もうダメだ。彼は――日野は、終わっている。

 なにを言っても、なにをしても――変われない。


 一定にあのまま――終わってもまだ、終わりに向かい続けることだろう。


 でも――どうして、あんな人格に?


「――っ、もう、いいのよ、あいつのことなんてっ!」


 言葉に出して気持ちを確かめてみるけれど、すぐにその思いが嘘だと自分自身で分かってしまう。日野は変われない――絶対に変われない。

 分かっているのだから彼への気持ちも同時に冷めているはずなのに。


「どうして――どうしてこうもあいつのことが気になるの!?」


 ビャクヤの優しさは――日野が変われないのと同じように、変わっていないのだ。


 そして、もう一度、思う――どうして、あんな人格に?


 そこには絶対に、理由があるはずだ――。


 最初からあんな人格だったなんてことは、あり得ない。


「って、それよりもまず、茅野を追いかけないと――」


 やることが山積みだ――だから優先順位を、早急に決めなくてはならない。


 まずは――茅野。

 彼女の精神状態を考えれば、最優先だった。


 ビャクヤは階段を下りて一階へ。茅野はきっとこの家にいられなくて、外に出たのだろう。ならば絶対に、日野の両親には会っているはずなのだ。

 それか、見られているはずなのだ――。

 だから両親の元へ向かったビャクヤは、そこで、一人がいないことに気づく。


 父親の姿がなかった――リビングにいたのは、母親の方だった。


「ん? どうかしたの? ――って、まあ、そりゃここにくるわよね」


「茅野は――どうなりました?」

「お父さんが追いかけているわ――だから心配しないで」


 母親は微笑んで、ビャクヤを安心させようとしてくれている――けれど。


「……そんなこと、無理ですよ――心配、しますよ……だって――」


 しかし――ビャクヤは安心なんてできなかった。

 それもそうだ――心配しないで、なんて言葉を……なぜ信用できる?


 確かに相手は日野の母親で――信頼できる相手だ。

 信頼できる相手だが、それは――相手が本物だったら、の話で――、



「――いつまで、被っているの? 

 そろそろ剥がした方がいいんじゃない? 化けの皮」


 

 ビャクヤがそう言ったと同時に――母親の動きが、加速する。


 速過ぎてビャクヤでは反応できなかった――、それよりも前の段階でまず、認識ができなかった。気づけば目の前に、母親の姿はなく、

 いつの間にか、自分の首元には、小さな刃が押し付けられている。


 少しでも力を入れられたら、とんっ――という音と共に、首が落とされる。

 死に間近――、


 ビャクヤは一歩も動けず、ただ意識だけを後ろに向かせることしかできない――。

 後ろにいる母親――否。


 狐の宇宙人――、



「――いつから気づいていた? オレの化かしは、絶対にばれないはずなんだが――」


「……違和感は最初から――気づいたのは、ついさっき。

 わたしの感覚は鋭いから――狐の化かし能力くらい、気づけるわよ」


 簡単にそう言ってのけるビャクヤだが――そんなことができる者など、数えるくらいしかいないだろう。『化かし能力くらい』、なんて低い評価をされるような力ではないのだ――、

 フロックスの、狐の化かしというものは。


 まともに戦う力がないからこそ、身に着けたその力――。

 戦闘タイプではないからこそ――強力な技となる、欺く力なのだというのに。


 戦闘タイプであるビャクヤは、いとも容易く見破った。


 その事実は、ビャクヤを早急に始末しないといけないという思考に、フロックスを動かした。


 フロックスは、力を入れればすぐに首を落とせる位置にあるその手に――力を入れる。


 しかし――音が、声が、フロックスの動きを止める。


「――待って!」


「……なんだよ――さすがに死ぬのが恐いか? この状況でお前は、命乞いか?」


「そうよ――命乞い」


 ビャクヤは否定をしなかった。絶対絶命のこの状況――、言葉一つを間違えれば命がないこの状況で、ビャクヤはそれでも、私事を優先させた。


「命乞いは命乞いでも、それは少しの間だけでいい――、

 わたしはただ、聞きたいことがあっただけなのよ」


「聞きたいこと――」

「そうよ。朝凪日野――あんたら、あいつに、なにをしたの?」


 日野の母親に化けていた――フロックス。

 化けたということはその人物になりきるということだ――。


 日野の親に化けたということは、その役目を全うしなければいけないというわけで――日野のあの、性格……人格。それが生まれ持ってきたものではないのだとしたら――、これまでの成長過程に影響があるのだとすれば、フロックスがなにかをした可能性が高い。


 というよりは――可能性はそれしかないと言える。


 家族以外で人間性が変わるほどの影響を与えるものなど――ないだろう。


 あったとしても――数は少ない。


 そしてその質問に――フロックスが答える。


「……おいおい、まるで日野の異常性が、オレたちのせいみたいじゃねえか」

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