第38話 日野が壊れた理由
「そう言ってんのよ。別に責める気はないし――どうしようとも思っていない。
ただ――分からないから。自分では推測できないし、あいつに聞いてもきっと答えは分からないから。だから知りたかっただけなのよ――」
日野が『ああなって』しまった――原因を、過程を、知りたかった。
あの異常性は一体なんなのか――見れば見るほど、ぞくりとするあの様子は。
一体、どういう過程で培われてきたものなのか――。
「――それを、オレがなんで言わなくちゃいけないんだ?」
「言ってくれたら――そうね。
あんた今、『パラディナイツ』に自分が追われているって、知ってる?」
「――ま、まあ」
「……なんか、知らなかったぽいんだけど――まあ、いいけど」
ビャクヤは目の前の、気が抜けている逃亡者を呆れ顔で見つめながら――、
「日野のことを教えてくれるのならば、
あんたが化けていたってこと、ばらさないでおいてあげる」
「……別に、オレはお前を簡単に殺せるんだが――」
「それだと足がつくと思うわよ――姉さ……いや、サクヤ・ホワイツナイツにすぐにばれると思うわ。あの人も、わたしに似て感覚が敏感だからね。ここでわたしを殺し、証拠を隠滅させたところで結局、エネルギーの残り香はここに残ってしまう。
ということは? つまり? あんたは逃げられないってわけ。でも――」
「……お前が言う案は――そうだな、確かにそっちの方が確実だな」
それを聞いてビャクヤは、フロックスに笑顔を向ける。
それから契約成立とでも言いたそうに――手を差し出した。
「わたしはあんたに興味がないもの――ただ日野のことを知ることができれば、それでいい。そしてあんたは、目立つ行動を避けたい……、この地球で、ずっと、一生、永遠に暮らしていきたいだけなんでしょ? なら――良い条件だと思うけど」
「ああ、そうかもな――」
フロックスは頷く。納得はしている。この提案に、イカサマなんてなにもなく、ただ単純にお互いにメリットが多い――利害の一致。だが――、
「でもな、オレにだって言いたいことと、言いたくないことがあるんだよ。トラウマってやつかな――お前側からしたら、知ったことじゃねえかもしれねえけどな、オレにはよ、言いたくない理由ってもんがあるんだよ!」
フロックスの怒鳴り声に――ビャクヤは。
「それは――日野に向けて、罪の意識を抱いてしまうようなことなの?」
「…………」
「図星なのね」
ビャクヤの言葉に、フロックスはなにも言えず――もう、それが答えになっていた。
「ああ――そうだよ、図星だ図星。詳細はまだ言うと決めてねえから、言わねえけどな――日野が『ああなっちまった』のは、オレのせいなんだよ」
逆ギレするように、フロックスはそう言った。
イラついているのは、ビャクヤに向けてではない――それは、自分に向けて。
昔の自分の失敗を今でも引きずっていて、何度も思い出し、そして苛立っている。
フロックスの中にそれほど――重く圧し掛かっているのだ。
それを引き出すのは、確かに酷なことであるだろう――でも、それでもビャクヤは。
「教えてください――」
土下座をするほど――知りたかった。
知っておくべきだと思った。
「お、おい――お前……」
フロックスは、さすがに戸惑う。
自分の化かす能力を見破れる者はそうそういない。いたとしたら相当の実力者――、惑星の中でも上位にくるような位置にいる、種族くらいなものだと思っていた。
だからこそ、目の前の少女も、少女であるが、見破れるということは上位の者で、実力者だと思っていたが――しかしビャクヤは今、土下座をしている。
たった一人の少年の過去の話を聞くために――土下座をする。
その行動で――フロックスはビャクヤに向けていた警戒を、解いた。
屈んで、土下座するビャクヤを覗き込み――、
「分かったよ、言うっつうの」
ビャクヤは顔を上げて、フロックスを見上げる。
「――あ、ありがとう!」
「――とは言っても、長々と話す気はねえよ。
要点だけをまとめて話すが――それについて文句を言うんじゃねえぞ?」
―― ――
日野の父親に化けている――キヌオ・グリンナイツは。
家から飛び出してしまった茅野を追いかけ、走っていた。
しかし茅野の方が足が速く――、
体力に自信がまったくないキヌオは、全然、追いつけなかった。
ぜえはあ、と息を切らしているキヌオは、どんどんと離されていく距離を冷静に考えて、そろそろヤバいことに、今更になってから気づく。
このまま、この三十メートルも離れているまま、曲がり角を二回も曲がられてしまえば、きっと、茅野のことを見失ってしまうだろう……。
それだけは避けなければならない。
茅野のことなど――、地球人のことなど、
どうでもいいと思えるほど、キヌオは地球に無関心というわけではないのだ。
それはフロックスも同じで――自分たちはもう、地球に染まっている。
もうこれでも『十三年』も地球に住んでいるのだ――染まっていてもおかしくはない。
(……買い物とかで色々、外に出歩いているからなあ――地形は覚えているんだよな!)
キヌオは逃げる茅野を『追いかける』という目的は見失わずに――道を変えた。
キヌオの頭の中には、ここら辺、一帯の地図が出来上がっている。
そして自分の位置と茅野の位置を駒として置き――、
自分が今いる場所から茅野の位置までの最短ルートを、回り込める形で、導き出す。
導き出したルートが――線が。
キヌオには現実の道に見えている。
それは特殊能力でもなんでもないただの想像力――妄想力。
「へへっ――こういう時、オタクとして生きてきた経験が活きるよなあ!」
いつの間にか――キヌオの姿は父親の姿ではなく、人型の、狸の姿になっていた。
自分自身の姿――この姿になるのも、実に十三年ぶりと言える。
地球にきてからはずっと、父親の姿でしかいなかった。日野にばれてしまうという危険を考慮して、たとえ彼に絶対に見られていないと判断した場所でも、姿を解くことがなかったからこその――十三年だ。
いまの
キヌオは、自分の力なのにもかかわらず、変化は苦手だった――、とは言っても常に集中していないと変化が解けてしまう程度の苦手であるが(それはたとえば、変化をしていることを忘れて他のことに集中してしまう時や、気が抜けてぼーっとしてしまう時だ)。
つまり茅野を追っているから――。
それに集中してしまっているから、変化が解けてしまったということだ。
変化を自身の能力としている種族としては珍しく、変化を苦手としているキヌオだったが――しかし十三年ぶりに解けたのは本当だ。
それはつまり、今まで、十三年間、キヌオは、ずっと変化に集中していたということ。
父親としての仕事中も、日野を育てている時も――どんな時でも。
変化の集中をしていたということだ――、
それは、精神に相当な負荷を与えていることだろう。
だが――それでもキヌオは、十三年間、変化を解くことはなかった。
それは――日野の、ため。
日野の両親に化けている――それをばれないようにするため。
日野に、負荷をかけたくないために――傷を作らせないために。
しかし、そうして育ててきた日野は、歪んでしまった――原因は分かりやすいほどに一つしかなく、初手から崩れていたのだということを忘れてはならない。
自分たちのせいで――日野は、壊れた。
だったら――これ以上、壊さないように守るのが、キヌオの役目。
そして日野が、あの壊れてしまった日野が連れてきた――友達。
彼女をここで逃がさないのも――キヌオの役目である。
「――本物じゃねえ父さんだけど、おれ、頑張るぞ、日野!」
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