第39話 十三年

 そして、先ほど導き出した茅野に追いつけるルート――回り込み版。

 的確に、正確に、ぴったりに――、

 茅野の前に飛び出したキヌオは、迫る茅野を抱き、受け止める。


 運動神経があまり良くないキヌオは、全速力で走ったためか、息が荒い。

 そして茅野を抱きかかえているキヌオの姿は、変態行為というか変態そのものに見えてしまうほどに危ない光景であったが――、幸いにも周りに人はいなかったので、誤解されることはなかったようだ。


 いつまでも抱きかかえているのはおかしい――。


 両手で、茅野の左右の肩を掴んで、距離を取ったキヌオは――そこで。


「なんだ――これ」


 ぼこぼこと、ぶつぶつと――膨れ上がっている茅野の皮膚を見た。


 そしてその膨らみが――少しずつ、動いていた。

 ここから出してと言わんばかりに暴れ、皮膚を限界まで傷つけている。

 このままでは皮膚は切れ、中にいるだろう『なにか』が出てきてしまうだろう――。


 しかしそれが分かったところで――キヌオにできることと言えば、これと言ってない。

 茅野に声をかけて起こすことしかできなかった。


「おい、起きろ。起きて――起きてくださいお願いしますっっ!」


 キヌオの、皮膚に向けて抱いている恐怖――それによって出てくる情けない声。

 その必死な声でもしかし――茅野が目を覚ますことはなかった。


 やがて――茅野の皮膚が破られる。


「――これ、は――」


 キヌオの視界は一瞬で――真っ黒に染まる。


 ―― ――


「十三年前、オレともう一人――、父親に化けているキヌオって奴がいるんだが……、とにかくそいつと二人で、オレたちは宇宙船を奪い、ナイツから逃げ出した。

 その時、同時にナイツも裏切ったってわけだ。……理由っつうのはあれだな――、まあ単純にあいつらのやり方に嫌気が差した、みたいな感じだ」


 手短に済ますため、あまり口を挟まないでおこうと思っていたビャクヤだったが――けれどまだそこまでしか聞いていなかったが、質問をすることにがまんができなかった。


「……なんだよ、質問かよ――」

「質問って言うか、まあそうなんだけど……」


 ビャクヤは目を瞑って、記憶の中を巡ってみる。

 確か、その事件は、知っている。

 事件の年は、自分だって生まれている――、正確に当時のことを思い出せるわけではないが、それでも、知っているのだ。

 リアルタイムで見ていたわけではないが、

 最近ではない昔に、報告書として読んだことがある。


「……『フォロウ』を、奪って逃げたのよね――なんで?」


「――分かってはいたが、そういうのも語り継がれているんだな……、いいけどよ」


 まるで伝説やおとぎ話のように残っているな――とでも言いたそうなフロックスだが。


 しかし語り継がれているというのは、それは今になっても――、十三年も経っている今でもまだ、捜査が続いているからこその、情報提供というくくりになっているだけだった。


 昔のこととして、情報は飛び交っていない――。


 今、最新の情報としてまだ、情報として生きているということなのだ。


 フロックス、キヌオを探すパラディナイツは、今になってもまだ――奪われた『フォロウ』がなぜ奪われたのか、捜査していても、理由に辿り着けていない始末である。


 そこに最大のヒントが隠されているのではないか――そう着目しているらしいが。


 ビャクヤはたぶんだが、分かっている――フォロウは恐らくなにも関係していない。

 これは予測であるが、なにか違う薬品とでも――間違えたのではないか。


「……それは勘か? それとも、そういう予感でもあるのかよ」


「……勘だけど」

「そうか――なら、良い勘をしてやがる」 


 フロックスは、あまり言いたくないんだが――と前置きをして。


「まず――『ムクロ』って薬品を知っているか?」


「それは――聞いたことは、ある。今ではもう使われていないって話だけれど――、あれって、ようは毒ガスでしょ? ――え? まさか、それとフォロウを間違えたってこと?」


 信じられない、とでも言いたそうなビャクヤの表情――。


 フロックスの顔は、少しイラッとしているように見える。


「そういうことだよ。オレたちはムクロと間違えて、フォロウを持ってきちまったんだ」


 パラディナイツを、ナイツを裏切り――逃げて。


 最大級の危険を賭けたというのに、結果は――目的は達成されなかった。


「……話は逸れるが、聞きたいことがある――オレたちがムクロを盗もうとしたのは、ムクロによって、オレたちの故郷が滅ぼされようとしていたからだ。

 それを阻止しようと、ムクロを奪ったわけで――、そこで聞きたいんだが、オレたちの故郷……『ウッド』は、まだあるのか?」


「…………」

 考えるビャクヤは、ウッドが存在しているかどうか、知識を、記憶から取り出そうとして考えているのではなく――そうではなく、どう伝えたものかで悩んでいた。


 それはつまり――、


 答えは――、


「……正直に言うけれど――もうないよ、その星」

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